217・黒竜の告白
一度火のついた私は、彼女の心を折るべく、徹底的に攻撃を加えた。ほんの少し彼女を上回れば良い。あと少し……ほんのちょっと。それがどれだけ遠いか。本人に理解させれば、心を折る事は難しくない。
最初はそう、思ってたんだけれど……予想以上にレイアはしぶとい。どれだけ下しても、その炎が収まることを知らない。
まっすぐ……私に向かってくる。
一発で決める事は簡単だ。殺すのは簡単だけれど……それをせずに心だけを折るというのはかなり難しい。
「そろそろ、諦めたらどう? どうやっても勝ち目なんてないでしょうに」
『……言ったでしょ。必ず、貴女を私の物にするって。私の気持ち、全然知らないで……知らない人とあんな……!』
不味いことを口走りそうになったレイアは、力尽きるように膝をついた。
『私は、ティアちゃんに助けてもらった! だけど……それ以上に苦しいよ! 頭の中で、色んな声が聞こえて……私は……! 私はぁ! 殺したいくらい、好きなの!!』
腕を振りかざして、レイアはまっすぐ私の右胸に爪を突き刺した。なんの抵抗もなく刺さったそれを見て、驚きと戸惑いを浮かべている。
『なんの……つもり?』
「ふ、ふふ……おし、えてあげる。あなた、じゃ、かふっ……私を殺せ、ないってね!」
にやりと笑って、手を振りかざす。おかしくなったのなら、精神が不安定なら、安定させればいい。予想通りに驚きと動揺で心が揺れている今なら、この魔導も届くはず!
「【リラク、ション】」
穏やかな光で心の病も清めていくイメージ。精神の平穏を与える魔導だけれど……レイアは苦しむだけで、完全に元に戻る事はなかった。ただ、そのおかげで彼女の刺さっていた爪が抜けて、右胸の方から血が溢れてしまう。
『くあぁぁぁっ……!?』
「ふ、ふふっ……かはっ、【テリオスセラピア】」
イメージとしてはあらゆる傷を完全に癒す魔導。発動すると同時に柔らかな薄緑色の光に包まれて、ほんのりと暖かいものが体中に満ちていくのがわかる。痛みが薄れて、傷が塞がっていくけれど、完全に癒えるには少々時間が掛かるだろう。
問題があるとしたら……傷が癒えた時、私の右胸が丸出しになってしまうことだろうけど……仕方ない。スカートを千切って隠すしかない。
『くっ、うぅぅぅ……わ、私に、何を……!』
「レイア。本当に好きというのなら、もっとまっすぐに……始祖返りの力でじゃない、貴女の本当の気持ちを私に伝えなさい!」
『そんなの……! それが出来たら! 私は!! どんな……どんな想いでここまで来たと!』
多分、もっと言いたいことがあるんだろう。言葉に詰まって八つ当たり気味に爪で薙ぎ払い、思いっきり振り下ろしてくる。
だけどそれは、さっきと違って動揺した大振りで、完全に隙だらけだった。
「なら尚の事、仮初の気持ちじゃなくて、貴女自身の心で向かい合いなさい! 好きってその気持ちを私に否定されるのが怖かったんでしょう!?」
レイアの爪撃をなんなく躱して、懐に飛び込む。彼女の大きな腕を蹴って跳躍して、その勢いを殺さないまま彼女の頭を思いっきり蹴る。頭が揺さぶられたのか、苦しむ様に頭を左右に振っていた。
『だって! 誰だって怖いでしょう!? ティアちゃんがこの想いを受け止めてくれるなんて思えないもの! だったら、貴女の全部を奪って――』
「……誰も、その気持ちに応えないなんて言ってないでしょうに」
『え?』
「【ガイストハイルング】」
あんまりにも自分勝手な事を言っているレイアに思わず呟いてしまった。それを聞いた彼女が驚愕の表情を浮かべている間に、もう一つ魔導を発動させる。
【リラクション】の時よりも明確に。精神の癒しをイメージする。黒く濁ったものを浄化する癒しの風を……レイアを、始祖返りなんかでおかしくなる前の昔の彼女に戻す力を!
『う……あ、あ、あああぁぁぁぁぁっっ!!!』
両手で頭を抱えながら、そのまま地面に倒れ伏して……【祖竜覚醒】で維持していた人の形をしていた竜の姿からいつものレイアの姿に戻った。手の方もお尻の方も、普段の彼女のままだ。
『これは……決着と見て問題ないですか?』
『……うむ。筋肉の鼓動が戦えぬ事を伝えている。戦闘続行不可能と見て間違いないだろう! よって、この決闘――エールティア・リシュファスの勝利とする!』
しーんと静まり返った観客席だったけど、最初にそれを破った実況・解説席にいる二人だった。
それと同時に大きな声が全体に響いてくる。
『中々に濃い内容の決闘でした! レイア選手の竜化に始まり、エールティア選手の慎ましやかな胸を拝見出来た上、熱い告白を見ることも出来ました! ありがとうございます!』
……あの司会者――ヘリッド先輩には後で色々と言っておかないといけない。
決闘が終わって冷静に考えると、大分恥ずかしい事をされたかもしれない。誰もが見てる中での告白だなんて、中々の罰だもの。
自然と顔が熱くなるのがわかるけれど……それはきっと、胸を見られた事に対する羞恥心だと思うようにしておいた。そうしておかないと、レイアと顔を合わせる事が出来なさそうだから。
『如何に傷をつけられようとも、私は決して倒れはしない! 私こそが最強! 誰も並び立つことのない聖黒族なのだから!!』
とりあえず、さっき攻撃を受けたのはこれを証明するためだというかのようにアピールしておく。実際にはレイアの動揺を誘うためだったんだけど、どっちにしろ一緒のようなものだろう。
魔導具で声を拡声させて、唐突にした宣言も観客を喜ばせる材料になって、ようやく一息つける私だった。
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