212・暴走竜『レイア』
結局シェイン先輩から大した話を聞けず、私の悩みはいよいよ止められなくなってしまった。
「エールティア、最近どうした?」
昼休みの廊下で、ばったり会ったベルーザ先生が深刻そうな表情でこんな事を聞いてくるくらいには、今の私は不味いのだろう。
……わかってる。自分でも、このままじゃいけないって。でも、どうしても考えてしまう。頭の中にもやもやが立ち込めて、あの時間を思い出させてしまう。
出来れば、他の人に聞きたい。なんでこんなにも悩んでるんだろう? ……なんで、こんなに気に掛けているんだろう?
「……いいえ。少々疲れてまして」
「あまり無茶をするな。体調が悪いなら、帰って寝た方がいい」
「……ふふっ、先生も心配してくれるんですね」
「当たり前だ。それが僕の仕事だからな。今の君みたいな生徒に無理をさせたら、何のために教師をやってるんだと思うよ」
こういう時だけやたらと優しさが沁みる。アイリア先生にも同じことを言われたから、なおさらだ。だけど――
「ありがとうございます。でも、仮病を使って休むわけにもいきませんので」
ぺこりと頭を下げて、さっさと歩き出す。これ以上、この場に留まって尋ねられたくなかった。半ば駆け足気味で歩いて特待生クラスに向かおうと階段を上がると、そこには――
「ティアちゃん……」
「レイア?」
立ちはだかるように階段の上な方で腕を組んで私を見下ろしていた。
なんでか、凄く怖い顔をして睨んでいる。それが怖く感じる。
威圧感が溢れていて、思わず一歩後ろに引いた。
「ど、どうしたの? そんな怖い顔をして……」
「話は全部シェイン先輩から聞いたよ。知らない子とキスしたって」
……やっぱり、あの先輩に言ったのは間違いだった。最初は優しげな瞳で、結構好印象だったんだけど、今では私の怨敵のようなものだと思うようになった。
こんな怖い顔してるレイアなんて初めて見た。いつもとは全く違うオーラすら見えそうなくらいだ。
「ティアちゃん、本当に……知らない子とキスしちゃったの?」
「レ、レイア、ちょっと落ち着いて……」
詰め寄ってくるレイアを必死に宥めようとするんだけど、逆効果だったみたいで、余計に目が血走って見えた。
「……レイア。確かに私はしちゃったけど――」
「やっぱり……私もまだしたことないのに!」
思った以上に理不尽な理由で怒られていた。というか、私が先を越したから怒られるというのはおかしいと思うんだけど……。
「えっと……でも、私も全然知らない子だから……」
「だから! それが問題なの!」
大きな声を上げて私に詰め寄ってくるレイアは、余計に酷い目つきになっている。どう考えてもおかしい。流石の私でもそれくらい気付く。
「……レイア?」
「なんで? なんで私じゃないの? 私は……こんななのに……!」
「レイア。落ち着いて」
「私は落ち着いてるよ!」
どう考えても取り乱してると思うんだけれど、それをどう伝えればいいのか……多分、今の私では何をしても悪影響になりそうだ。
「……私、ティアちゃんに決闘を申し込む」
「……え?」
「決闘する! いい!?」
「え、う……うん」
なんでそうなったのかわからないけれど、物凄い勢いで詰め寄ってきたから、思わず『良い』と返事をしてしまった。
「……私、絶対に負けない。今度こそ! 貴女を……貴方をこの手に掴み取る!!」
それだけ言って、レイアはさっさとどこかに行ってしまった。残ったのは呆然とした私だけ。
あんまりの急展開過ぎて、話に全くついていけないけれど……なんでこうなったんだろう?
――212.5・暴走竜『レイア』(レイアside)――
エールティアに宣戦布告したレイアは、一人憤った足音を響かせる。他人がいたなら、決して関わり合いになりたくないだろうくらいだ。
シェインから話を聞いた翌日から、レイアの心の奥底からどうしようもなくドロドロとした真っ黒な泥が溢れ出していた。それが熱を持って、彼女の体を内側から焼いて、身がよじれるほどだ。
――ずっと好きだった。大切だった。愛おしくてたまらなかった。それなのに……。
(私が最初だったのに。あの日、私が好きになったのに……! なんで? どうして?)
頭の中を支配するのは憎悪。情愛。渇望。
どうしようもなく手に入れたくて。求めて止まなくて。狂おしい程届かない。
何度も、何度でも、その人は近づいては遠くなる。そのまま離れていなくなる。せっかく、巡り会えたのに。運命なのにと叫び、訴えたくなる気持ちを抑えて、レイアは歩き続ける。
「ふ、ふふふ。だけど、もう少し。もうちょっとなの……。今度こそ、『あの人』を手に入れる。誰にも邪魔させない。だって……だって、私が……一番あの人を愛してるんだもの」
暗い笑みを浮かべて、幽鬼のようにふらふらと何処かへと去っていく。その瞳は暗く澱み、濁っていた。とても正気だとは思えない彼女の姿を目撃した学生達は、皆口を合わせてこう語った。
『まるで何かに取り憑かれているようだった』
――と。
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