142・黒竜人族の皇子
学園長の部屋を出た私達は、とりあえず何かを食べようと食堂の方に足を向けようとした……んだけれど――
「おい、聞いてんのか? 他国の生徒があまりでかい顔して歩いたんじゃねぇって言ってんだよ!」
いきなり絡んでくる馬鹿がいるんだから困ったものだ。見たところ魔人族なんだろうけれど、実力は大した事はない。
相手との力量差もわからない馬鹿というものは本当に厄介なもので、こうも気が大きいと尚更だ。
「黙りなさい。貴方こそ、この御方がどのような方か心得ているのですか!?」
「んなもん知るかよ。エンドラル学園ってのは選ばれたエリートが入る事を許されてる場所なんだよ! 他の雑魚い学園の奴らなんて、一々気に止める訳ねぇだろうが!」
周囲に目を向けると、またか……とうんざりしている様子で、目の前の男が何かといちゃもんをつけるのは日常茶飯事らしい。大方、一年か二年でそこそこ実力があるんだろう。そのせいで気を大きくしている馬鹿そのもの。
「大体弱っちい女が――」
「女が……なんだって?」
私がため息を吐いたのが許せなかったのか、また大声で喚き散らそうとしていた男の肩を軽く叩いて、一人の生徒が姿を見せる。
黒い髪に黒く見える目と深紅色の目のオッドアイ。そういえば、黒竜人族の始祖のフレイアールも同じ色のオッドアイだったらしい。
「ア、アルフ……」
「おいおい、良くないな。アルフ『さん』だろう? 決闘で決まった約束を破るなよ」
馴れ馴れしく肩を叩きながら男の前に出た彼――アルフは、私の方ににこりと笑みを浮かべて、男の方に向き直る。
「わかっているかい? 君がどんな愚かしい事をしているか」
「……俺はただ、生意気に堂々と道を歩いてるそいつらが許せなかっただけだ。だってそうだろ? 余所者なら余所者らしく、こそこ――」
「また、決闘でぼろぼろに打ち負かしてあげようか? 今度はもっと厳しい条件をつけて、さ」
言葉を口にしようとするのをグッと飲み込んで一歩後退った男は、アルフの威圧にすっかり怯えているようだった。こうなったらもうあの男に成す術はない。
「エリートなんて言ってる時点で、君の程度が知れる。本当の実力者であるならば、自らの力を誇示しない方が身のためだよ? さもないと……あの時みたいに足を掬われる結果になるんだからね」
「わ……わかったよ」
未練がましい視線をこっちに向けてきたけれど……結局男はそのまますごすごと引き下がっていった。
それを見届けたアルフは、私に向き直って跪いてくる。その唐突な行動に周囲の生徒達も驚いた表情でこっちを見てきた。
「初めまして、エールティア殿下。僕はアルフ・ジェンドと申します。黒竜人族が治める帝国ドラゴレフの皇子です」
「これはどうも。私はティリアースの王族として名を連ねるエールティア・リシュファスと申します」
「ふふっ、かの『再来』のご尊顔を拝する事が出来るとは、なんと光栄な事でしょう」
「『再来』?」
聞いた事のない言葉だけど、どういうことなんだろう?
「はい。セントラルでも聖黒族の事を知っている者は、貴女様の事を『初代魔王様の再来』と呼んでおります。誰よりも偉大なあの御方の血を最も強く受け継ぐ者として」
「へ、へぇ……」
顔を引きつるのを感じる。目立っているのは自覚していたけれど、まさかそこまでの事になっているなんて思ってもみなかった。
「……普通の話し方で構いません。私は王族とはいえ、私は公爵の娘。貴方は皇子なのですから」
「でしたら貴女も……君も普通の話し方にしてくれ。その方が僕も嬉しい」
「……わかった」
少しの間だけ逡巡した後、ため息交じりにアルフの提案を受け入れる事にした。
彼は多分何を言っても引かないだろうし、面倒な話し方をされるくらいならこれでいい。
「ははっ、今日は本当に良い日だ。かの有名な姫君にも会えたし、それに――」
私との会話に満足したように頷いたアルフは、そのまま流れるようにレイアの方を見た。
それに流されるように彼女の方を見ると……そこには普段見られない程に敵意を剥き出しにしていたレイアの姿があった。
「レイア?」
「……ない。……ったい、…………い」
「レイア!」
「……! あ、うん! ど、どうしたの?」
いきなりモードが切り替わったようなレイアは、さっきの敵意剥き出し様子とは打って変わっておどおどとし出した。
唐突な雰囲気の変化に、雪風も戸惑うほどの豹変ぶりだけれど……何がどうしたんだろう?
「……どうやら君を守る竜はいるみたいだね。ま、その程度じゃ、守られるのが関の山だろうけどね」
レイアは苦虫を噛み潰したような顔でアルフを睨んでいたけれど、それについては私も何も言えない。
どんなに言い繕っても、彼女が守られる側なのは否定できなかったからだ。
その上、彼はレイア以上……いや、
だけど……この流れはちょっとまずいかもしれない。私が言うのもアレなんだけれど、決闘なんて事になるのは冗談じゃない。どうにかしてこの悪い空気を流さないといけない。
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