141・判断を下す者(フィレッドside)

 エールティアとレイアを雪風が連れて出て行った後。学園長室に設置されている立派な椅子の背もたれに静かに身体を預けているフィレッドの下に、ゴンゴンとノックの音が聞こえてくる。

 必要以上に大きく音が鳴るように作られたドアノッカーによるそれは、一定の間隔を置いて何度か鳴らされて……それをした張本人は静かに入ってくる。


 黒竜人族の特徴の一つである黒髪は、聖黒族に負けないくらいの艶やかさがある。そしてその目は青色だが、燃えるような色合いをしていた。豊満な胸も相まって、フィレッドと違って妙齢の女性と言うのに相応しいその容姿は、男性を魅了して止まないだろう。


 静かにフィレッドに歩み寄ったその女性は、丁寧に頭を下げた。


「おかえり。リュクス」

「フィレッド様。ただいま戻りました」


 その様子に少しだけ満足げに微笑んだフィレッドは、レイアと接する時とは違った真面目な表情になった。それをエールティア達がいるときにすれば、もう少し彼女達の信頼を得ていたかもしれないだろう。元々そういうつもりのなかった彼にとっては無縁の話だろうが。


「それで、レイアの村の件はどうだった?」

「はい。しっかり対処致しました。もう彼らが介入してくることは――」


 リュクスがそこまで説明すると、フィレッドが違うとでも言うかのように首を振った。


「そういう事を聞きたいんじゃないよ。全く、キミは実に焦らし上手だね」

「……申し訳ありません。まさかそんな悪趣味な事を聞いてくるとは思いませんでしたので」


 丁寧な話し方をするリュクスだったが、その内容は皮肉に溢れていた。本来なら目上の者に話すような言葉ではないのだが、フィレッドは慣れているかのように聞き流していた。


「はあ……。あの村の住民への対処は滞りなく完了しました。肉体面でも精神面でも可能な限り痛めつけておきました」

「そうか。あの屑は?」

「ご指示通りエンドラルに転園の手続きを行いました。まもなくこちらの方にやってくるでしょう」

「ふふっ……楽しみだね」

「しかし、よろしかったのでしょうか? 才能のある黒竜人族であるならば――という体はとってもいますが、正直……こちらに引き入れるほどの人材ではなかったと」

「わかっていないね」


 深いため息と共にフィレッドの目には怒りの色が灯る。それは普段誰にも見せないその姿を見ても、リュクスの表情は微動だにしない。


「私はね、黒竜人族は『家族』だと思っているよ。竜の血が流れる者として、偉大なる聖黒族の方々に仕える者として、支え合っていきたいとね。それが……それがあの異端共に汚され、傷つけられたんだよ? 許される事だと思うかい?」


 フィレッドは両手を組んで、苛立ちを抑えるかのようにゆっくりと目を閉じ、一度大きく深呼吸をした。心を落ち着かせ、再び冷静さを取り戻そうとしていた。


 それほどまでに、彼の怒りは深い。


「クリム・ルーフはね、生贄だよ。調子になった天才君道化を見せてあげる事で、この学園のみんなに学んでほしいんだよ。愚か者はどこまでも愚かなのだとね」


 エールティア達の前で、フィレッドはクリムの事を『才能の塊』だと呼んだ。しかし、それは『彼を苛立たせる事』に掛けてだった。

 クリム達の事を黒竜人族の家族として認識していない彼にとって、家族の一人であるレイアを虐げる異端者共の存在など、看過できるわけがなかったのだ。


「……わかりました。その様な考えでしたら、何も不満はありません」


 リュクスは元々加虐的な性格であり、今回の指示をむしろ喜んで実行していた。だからこそ、クリム一人が助かったような構図になった事に不満を感じていたのだ。


 クリムの今後を想像し、少しだけ口角が釣り上がったリュクスは思い出しかのようにそれを引っ込める。


「それと……もう一つご報告があります」

「なんだ?」

「ダークエルフ族を一人。捕獲しました」


 フィレッドはその報告を聞いた瞬間、内心に喜びが駆け巡るのを感じた。レイアを見つけ、エルフ族との違いがほとんど存在しないダークエルフ族を捕らえる事が出来た。それは彼にとって至福以外の何者でもなかった。


「それは……本当だな?」


 自然と緊張した声が紡がれる。これで実は間違いでしたでは済まされない。下手をしたらエルフ族からの抗議があるかも知れないからだ。


「はい。足の裏に紋章を確認しました」


 エルフ族とダークエルフ族はほとんど見分ける事は出来ない。強いて言うのであれば、性格が明らかに違うのだが、それだけではあまりにも不正確だった。

 だからこそ、ダークエルフ族は自分達を示す為の印を体の何処かに刻む事にした。自らが誇りある『本物』のエルフ族であると。


 それが結果として識別を容易にしていた。


「よし、じゃあソレからは可能な限り情報を引き出せ。死なないのであれば、あらゆる方法を使っても構わない」

「かしこまりました」


 満足のいく答えを得たリュクスは、丁寧に頭を下げて部屋から出て行く。残されたのは学園長一人。先程とは比べ物にならない憎しみを宿した瞳が窓から見える遠い空を射抜く。


「薄汚い長耳共め。必ず報いを受けさせてやる。妹と義弟おとうとの仇……例え地の果てまで追いかけてでもね……」


 ぽつりと呟いたそれを聞いた者は誰もおらず、フィレッドはいつも通りの表情に戻っていく。また今日も一日が始まる。

 怒りや憎しみに満ちた表情を生徒達には決して見せない。


 それは彼が自分に定めたルールであり、矜持そのものだからだった。

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