136・竜人の国ドラグニカ

 ドラグニカの領空に入った私達は、その圧倒的な光景に心を奪われるようだった。

 空が赤く染まる夕焼け模様の中、広がる雲は少しずつ茜色に染められていっているように見える。


 圧倒的な夕焼けの下。たった一つの島が雲を纏って浮き上がる。夕陽の輝きを受けて佇むその姿は、まるでこの空を統べるような圧倒的な光景に、私は思わず言葉を失った。


「……これほどとは」


 呟くように漏れ出た雪風の言葉に頷く事しか出来なかった私は、いつまでもこの光景を見ていたい。そう思った。

 だけど悲しいかな。ワイバーンは少しずつあの陸の孤島を目指して下降していく。


 今度は昼の青が広がる時にもう一度この光景を見てみたいものだ。そうしたら、夕焼けの赤とは全く違う景色を見る事が出来るだろうから。


 ――


「全員降りたな。疲れているところあれだが、まだ動けるな?」

「おう! 問題なく行けるぜ!」


 相変わらずやたらと元気の良いフォルスに白い眼を向けておいて……はしゃぎ疲れた子も中にはいて、少しだけ嫌そうな顔をしている。


「勘違いするなよ。今からエンドラル学園まで行く。そこの寮でしばらくお世話になる予定だからな。そこまで頑張って歩け、という事だ」


 周囲の不満を感じ取ったのか、先生は見咎めるように言い直した。その瞬間、どこかほっとしたような雰囲気が広がっていった。


「先生、どれくらい歩くことになるんですか?」

「おおよそだが、30分くらいだな」

「えー……そんなにぃ?」

「文句を言うな。そもそもお前はその羽で飛んでいるだけだろう?」

「羽も僕の体の一部なんだから、疲れるんですよ……」


 ベルーザ先生がたしなめるように口にした言葉に、ウォルカはふらふらとしながら抗議の声をあげていた。というか、やっぱり飛んでるだけでも疲れるんだね。


「まあ、もう少しだ。夜までも歩きたくはないだろう?」


 歩く時間に対して不満を抱いていた子達も、その一言で仕方がない……と諦めたようだった。


「いつまでもここでグダグダしていても仕方がない。早く行くぞ」

「はーい……」


「エールティア様、行きましょう」

「ええ。あ、別に『様』付けする必要は……」

「そうはいきません! 僕の未来の主様を呼び捨てにするなど……!」


 そのいやいやと首を振るのと、まるで未来の旦那様とでも言いたげな牛れしそうな声音はやめて欲しい。レイアの方が少しじとっとした目でこっちを見ているのが、妙に心に響く。


「ティアちゃん、結構人たらしだよね」

「え? そんな事ないでしょう」

「自覚ないのかな……」


 リュネーが呆れたような表情でやれやれとしているけれど、そんな誰かをたらしめるようなことはしたことがない。私はただ、思った通りの事を考えて口にしているだけなんだけど……。


「おーい、置いて行くぞー」


 いつの間にかフォルスやベルーザ先生が離れた位置を歩いているのを見て、慌ててその後を追いかける。

 ようやくワイバーン発着場を出ると、そこには色んな種族がごった返している光景が広がっていた。


「うわー……」


 うんざりするような声を上げてる子がいるけれど、それは無理もない。今からこの道を歩くっていうのに、こうも人が多いと余計に疲れるというものだ。


「魔王祭の本会場だからな。以前、ティアリースが会場になった時もかなりの賑わいを見せたものだ」


 妙に懐かしむような空気を纏っているベルーザ先生には悪いけれど、こっちからしてみたらうんざりしそうだ。

 もみくちゃにされるほど多くはないけれど、下手にはぐれたら迷子は必須。それくらいの多さだから、しっかり歩かないと酷い目に遭いそうだ。それが分かっているからこそ、やる気が下がる。


「流石魔王祭。色んな種族が流れるように歩いていますね」

「普段は竜人族の方が多い事を知っている分、こういうのを光景を見るのは新鮮だな。……さて、いつまでもここにいても仕方がない。離れないように気を付けて行くぞ。迷子になっても見つけてやれない可能性が高いから、絶対にはぐれないように」


 そういうことを言うと、はぐれる子が出てきそうな気がするんだけど……それを先生の前で口にする気は、全く起きなかった。

 そんなことに無駄な体力を消費するくらいなら、離れる子が出ないように神経を張り巡らせた方がいくらかマシだ。


 改めて塊のように一つの集団になって歩き出した私達は、少しこの環境にも慣れたおかげで、周囲の人々を気にする余裕も出てきた。


「よく見てみると、学生服を着てる子も多いね」

「みんな俺達みたいに魔王祭を観に来てるんだろ。来年の為にさ」


 フォルスの言う通りだろうけど……それだけでもないだろう。明らかに立ち居振る舞いが違う人物もいる。

 多分、貴族の子息が見物にでも来ているのだろう。自分の私兵に取り込みたいと思っているのかも。


「……あれ? レイアちゃんは?」


 リュネーの言葉に周囲を見回してみると、レイアの姿が何処にも見えなかった。

 ……ベルーザ先生が前フリしたような形になってしまったけど、実際迷子になったなら仕方がない。


「私、探してくる」

「あ、ティアちゃん!」

「みんなは先に行ってて。後で誰かに聞いて追いかけるから」

「おい、ちょっとま――」


 ベルーザ先生が何か言おうとしたけれど、それを振り切るようにレイアを探す為に駆け出した。世話の焼ける事だけれど、起こってしまったことは仕方ない。

 彼女に何か起こらない内に見つけ出さないと。

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