117・ご機嫌ジュール

 無事に宿を取る事が出来た私達は、荷物を部屋に置いてウルフォルの町を見て回る事にした。


「ジュール、準備は良い?」

「はい! ばっちりです!」


 一人ずつ……にしたら護衛面に差支えが出ると押し切られてしまった私は、ジュールと一緒の相部屋にすることになった。部屋の鍵を掛ける。階段を使って一階に降りると、受付の狼人族の女性が私達に笑顔を向けてくれた。


「お出かけですか?」

「ええ。せっかくだから早く見て回りたいの」

「お食事の方はどうされますか? こちらで召し上がられるのでしたら、夕方の六時までに戻っていただく事になりますが……」

「……そうね。お願いするわ。六時に戻ればいいのね?」


 受付の女性がにこやかに頷いてくれたのを見て、私達は宿から外に……まだほとんど見たことのないウルフォルの町に繰り出した。


「良かったのですか? せっかく知らない国に来たのに……」

「だからよ。もし昼食が美味しくなくても、夕食はそれなりのものが食べられるでしょう? 全部外れを引かないようにする為よ」


 ここで二回とも失敗したら、精神的疲労と傷は計り知れないものになる。それを避けるために、一つは安全を取ろうという作戦だ。


「さ、流石です! 狼人族は味より量を重要視する種族です! 他種族の影響を受けて、味も向上していますが、中には舌に合わない物も存在するとか。それを考えた結果、という訳ですね」


 私は何も言わず、ちょっと得意げに振舞う事にした。

 ……別にそこまで深く考えてた訳じゃないんだけどね。ただ、失敗したくないだけの発言だった。


「とりあえず、まずは歩いて回りましょう。時間はあるけれど、無駄にはしたくないものね」

「はい! あの……」


 こういう時に珍しく、ジュールは何か言いたそうにもじもじとしていた。


「どうしたの?」

「はい、えっと……ティア様と一緒に行きたいところがありまして……。その、駄目でしょうか?」

「この国には貴女の為に来たんだから、行きたいところがあったら遠慮なく言いなさい」

「……はい! ありがとうございます!」


 ジュールは感極まったような表情で私を見つめていた。何をそんなに感激したのか知らないけれど……まあ、喜んでくれるなら何よりだ。


「そ、それでは……アクセサリーを見に行きましょう! 小物とか、露店とか……!」

「はいはい。一つずつ見れる時間はあるから、ゆっくり見て回りましょう」


 嬉しそうにぐいぐい引っ張ってくるジュールに苦笑しながら、私は彼女引っ張られるがままに進むのだった――


 ――


「……疲れた」


 ジュールの行きたいように色んな店に行ったのは良いけれど、まさか何か所も回るとは思ってもみなかった。私が小声なのと、表情に出さなかったのが幸いしたのだろう。彼女は全く気にせず、元気に笑顔を振りまいていた。


「ティア様、次どこ行きますか?」


 ジュールは一通り見て満足したのだろう。私の方に話を振ってきた。ご満悦な表情を浮かべているジュールの気が変わらない内に休める場所に行こう。

 小さな硝子ガラスの置物や、リボンが可愛いヘアバンドなど、色んなものも買っていたし、いい加減買い物からいったん離れたい。


「だったら、少しお腹も空いて来たから、どこか休める場所に行きましょうか。それでいい?」

「はい! わかりました! ……でも、どこにしましょう?」


 元気よく返事したかと思うと、今度は首を傾げてしまった。だけれどその気持ちもわかる。

 基本的に店を冷かしてただけだけど、結構食べ物を売っている店も多かった。


 明らかに私達のサイズじゃない大きさの肉が刺さった串焼きを、美味しそうに食べていた狼人族もいたし、下手をしたら食べきれない量の料理が出てくる羽目になる。


 とりあえず適当に周囲を見回して観察してみるけれど……どこがどういいのかはさっぱりだ。

 宿の人にちょっとだけ聞いておけば良かった……とも思うけれども、もう全てが遅かった。


「あそこにしましょう」


 丁度良く見つけた喫茶店を指さして、ジュールの方を向いて確認を取った。

 そこを選んだのは、丁度テラスになっている部分で、他の種族の人が食事をしているところが目に入ったからだ。

 いくら狼人族の店でも、他種族が食事をしているのだから、こちらに対応したメニューが載っているはずだ。


「ジュールもそれでいいわね?」

「はい。もちろんです!」


 私が選ぶ物だったら、なんでも良いとでも言いたそうな表情に、思わず苦笑いしてしまった。

 昼食の場所が決まった私達は、早速そちらの方に歩いていくと……そこの隣のお店で珍しい物を見つけてしまい、思わず足を止めてしまった。


「ティア様?」


 後ろから私を追いかけてきたジュールの方に目を向けると、不思議そうな顔をしていた。


「いや、こんなところにこんな場所があるなんて、ね」


 武器に防具をはじめとして、指輪やペンダントなんてジャンルが違うものも多く置かれている。知らない人が見たら乱雑に置かれているように見えるだろう。

 だけど、身近に似たような物がある人は簡単にわかる。ここが魔導具を専門的に扱う店だという事を。


 その中でも一際異彩を放っているのが、目玉商品として置かれている道具。なにやら筒のような物のように見えるけれど……あれはなんだろう?

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