84・人質奪還大作戦③
「エールティア様。あの男、捕まえなくてよかったのですか?」
面接が終わった私達は、作戦を変更して昼頃に来るらしいナッド伯爵を待つ事にした。
きっかけはあのランジェスに――
「貴女でしたら、伯爵様もお気に召すでしょう。聖黒族に近い女をいつも見繕ってますからね。後は貴女次第です。気に入られれば、落ちぶれる前の……いいえ、それ以上の生活が約束されるでしょう」
――なんて言われたからだ。
そこまではっきり言われてようやくわかった。
ランジェスは私が伯爵の心を射止められるか、じっくりと眺めていたのだろう。
……そう考えると、勝手に値札を付けられた気分になって腹立たしい。けれど、それ以上に後ろで色々馬鹿やってる奴の頭を抑えるチャンスになった。これをモノにしない手はない。
「ジュールの方はなんとかグルセットの奥さん――ルーナを助けてちょうだい」
「わかりました」
話し合いが終わったと同時に、扉が開いた。
「そっちのガキ! こっちに来い!」
明らかに私の事を呼んだ男に一発ぶん殴ってやりたい気持ちになってしまう。この世界に生まれてこの方、このような暴言を吐かれた事はない。昔の私であれば、確実に血祭りに上げていた。
「あの男……」
ジュールがブチ切れかかっているのがわかったから、すぐに立ち上がって男の方に歩み寄った。
おかげで冷静になる事は出来たからいいけど。
「はやく来い」
ぶっきらぼうに言葉を投げかけた男に大人しくついて行く。
二階から三階に移って、そのまま更に奥へと進む。進むごとに警備が厳重になっていくのは、それだけ要人が利用しているからだろう。
「入れ」
一番奥の立派な部屋の前に立たされた私は、ふと疑問に思った。私は別に服を替えた訳じゃない。普通、こういう時は豪華な……というか、伯爵に渡すのに相応しい服装というものがあるんじゃないだろうか?
まあ、余計な事を言って(私が)苛つくような場面は避けたい。さっさと中に入って、真っ昼間から欲情してる性獣の顔を拝みに行くとしよう。
部屋の中に入ると、待ち受けていたのは魔人族の男。すらっとして背丈が高い。顔もかなり良くて、普通なら間違いなくモテてるだろうなぁ……って思うのが私の感想。
「来たか。待ちくたびれたぞ」
私の身体を舐めるように見つめるそれは、かなり気持ち悪い。正直、今すぐぶっ飛ばしてあげたいくらいだ。手で『近くに寄れ』と指示してきたから、ゆっくりとそっちの方に近寄っていく。
「ほほう、見れば見るほど……。その顔。あの港町の
「戦黒姫?」
「ああ。最近噂になっている聖黒族の少女だ。なんとも容姿端麗で素晴らしい姿をしている少女だよ。君の名を聞こう」
「……」
「どうした? 恥ずかしがらずに教えておくれ」
最初は馬鹿な芝居に付き合ってあげようと思ったけれど、こんな男の臭い芝居に付き合ってられない。どうせ……『ナイトメア・トーチャー』で全て聞き出せば済む。それが駄目なら他の拷問を試せばいい。
「エールティア」
「……何?」
「エールティア・リシュファスでございます。ナッド伯爵。父はラディン。母はアルシェラ。夏休みに雪桜花に遊びに行き、出雲大将軍の息子である雪雨様と一戦交えました」
「……はは、何を馬鹿な事を」
「確認を取ってもよろしいのですよ? 私の手紙と貴方の手紙……どちらが父に届くか……試してみてもよろしいのですよ」
口をぱくぱくさせて冷静さを失ったナッド伯爵だったけど、すぐに気を取り直した様子で余裕を見せてきた。
「……貴殿が本物であろうと偽物であろうと、こんなところで色嬢をやっているとわかれば、父上がさぞかし悲しむだろうな。本国の王族達も黙ってはいまい。だが――」
少しだけ間を置いて、舌なめずりして私の事を目で舐めつくしてくる。
「そちらの誠意次第では、黙秘しても良いと私は思っている」
さあ、どうする? みたいな表情で私を見てるけど、この男は何もわかっていない。
「ここにいるのは貴方と私。外には護衛が数人」
「……何が言いたい?」
「こういう事、よ」
ナッド伯爵は私に警戒しているけれど、その程度で防げるような物じゃない。
「『ウイークマインド』」
イメージするのは心が弱っていく者の様子。精神が腐っていき、あらゆる精神的免疫力が低下していく魔導。そのまま流れるように『ナイトメア・トーチャー』を発動させて、悪夢に囚われた一匹の羊の完成だ。
「貴方が出来るのは私に情報を吐く事。ただそれだけ」
さて、後は『サイレントキューブ』でこの部屋で起こっている事が誰にも聞こえないようにしたら準備は完了。とりあえず私が不利にならない程度の情報を引き出しておこう。ついでにお父様に少しでも有用な情報を手に入れておかないとね。後始末は全て任せるんだから、これくらいはしないと。
「これでよし。後はジュール次第だけれど……」
雪雨との一件で彼女も成長しただろうし、なんとかルーナを救助してくれるだろう。
……なんだか、少し不安になってきた。
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