5・ホームルームの時間

「まず、自己紹介から始めようか。改めまして、僕の名前はベルーザ。この学園の教師だ。これから一年、君達の担当教師になるから、よろしく頼む」


 みんなの視線を集めて、頭を下げたのは……金色の髪をしたそれなりに背の高い魔人族の男の人。ベルーザ先生は自分の自己紹介を終えると、左端から一人ずつ自己紹介とさせていく。


 家名持ちもちらほらといるけれど、名前だけの子も多い。さっきの子爵の男の子とは違って、平民の子が自己紹介してても嫌な顔一つしないで聞いてる。

 ただ、リュネーが自己紹介した時だけは驚いた表情の子が多かったかな。でも仕方ないよね。


 獣人族のような姿の猫人族なんてまずいない。大きな二足歩行の猫……っていうのが最大の特徴な種族だからね。だから、リュネーみたいな子を見る人も初めてなんじゃないかな。


「えと、よろしく」


 自分がどんな視線を向けられているのか知ったリュネーは、恥ずかしそうに椅子に座ってしまった。

 なんとも和やかな雰囲気の中、今度は私の自己紹介に移る。


「はじめまして、エールティア・リシュファスよ。よろしくね」


 出来るだけ気さくにしてみたのだけれど、やっぱりみんなは驚きでざわついてた。中には呆れが混じった視線も感じるけど、多分、王族の口調がどうとか〜……って言いたい貴族の子だろう。


 リュネー以上に変に悪目立ちしちゃったけど、こればっかりはどうしようもない。結局私も、少し恥ずかしい思いをしながら席に座って、時間が過ぎるのを待つ事にした。


 ――


「……よし、これでみんなの自己紹介は終わったな。本格的な授業は明日からだ。授業割りは教室の後ろに張り出してるから、後で必ず確認しておくように。寮を使う者は案内するからここに残れ。以上!」


 ベルーザ先生の話が終わったと同時に、席から立って帰る子。そのまま雑談しながら寮に入る子に分かれた。私もそろそろ帰ろうと思って席を立つと、リュネーがちらちらと気にしてるように視線を向けてくれてるのに気付いた。


「どうしたの?」

「あ、あの……いっしょに! 帰らない?」

「……良いけど、リュネーは寮じゃないの?」


 私の疑問に彼女は千切れそうな程ぶんぶんと頭を縦に振ってくれた。……そのままぼろんって取れそうでちょっと怖い。


「別荘があるから、ここに通う時は、そこから……通ってるの」

「ふーん……」


 シルケットは友好国だって聞くけど、ここに別荘を作ってるなんて知らなかった。流石王族の女の子だけはある。


「それじゃあ帰りましょう。私が家まで送ってあげる」


 にこっと笑うと、彼女も嬉しそうに笑い返してくれた。初日で仲良くなれる子なんて出来ないだろうなぁ、と思ってただけに、嬉しい誤算だった。


 学園を出て、日がまだ高い内からの帰り道。私とリュネーはお互いの事について色々話した。


「リュネーは、王女……なのよね? 他に兄妹は?」

「お兄様が一人と妹が一人。お母様が魔人族の女の人だったから、二人とも私みたいな姿をしてるよ」

「それは……」


 想像してみたらすごい事だと思った。猫の耳と尻尾がついた一家なんて想像がつかない。母親が魔人族って事は、父親は間違いなく猫人族になる。傍から見たら、ペットのようにしか見えないと思う。


「私、こんな姿だから……シルケットでもあまり友達がいなくて……その……」


 立ち止まってもじもじしてるリュネーを、私はじっと待つことにした。せっかく彼女が勇気を出そうとしてるのに、わざわざこっちから言うなんて無粋だと思ったしね。


「えっと……とも、だちになってくれれば嬉しいなぁって」

「嬉しい?」

「う、うん。……だめ?」

「ううん。ありがとう。私でよければ友達になりましょう」


 その言葉にリュネーの顔はぱあぁっと花が咲いたように笑ってくれる。尻尾の方もご機嫌そうにしてる。


「でも、私で本当にいいの?」

「うん! 初めて見た時に、思ったの。エールティア王女殿下なら……友達になってくれるかもって」


 両手を胸元で合わせて、嬉しそうに笑って接してくるリュネーの姿は、私にはちょっと……いや、かなり新鮮だった。今までそういう風に接してくれてる子なんていなかったから。

 でも……本当に友達になれるのかな? この子も……裏切ったりしないのかな……。


 ――いっそ、ここで……。


 なんて、昔の事を思い出すとそんな後ろ向きな考えが頭の中によぎる自分が嫌になる。この世界は私が生きていたあの世界とは違う。それはしっかりわかってる。わかってるけど……あの時代の、あの時の出来事が、今の私の足を引っ張ってる。


「あ、あの……エールティア王女殿下?」


 私の様子がおかしいと思ったのか、心配そうに顔を覗き込んでくるリュネーに、なんでもないように顔を振って否定して、取り繕うように笑いかける。


「貴女も王女なんだから、そんな仰々しく呼ばないで。そうね、気軽にティアって……そう呼んでくれたら嬉しいわ」

「え、えっと……ティ、ティ……アちゃん」


 私の笑顔でなんとか誤魔化すことが出来たのか、リュネーは私の名前を呼びながら照れてた。

 そんな可愛らしい彼女の姿を他所に……私の心には黒い影が落ちたままだった。

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