第二十八話 覚悟と思考と問答






「……両足が治っているが、何をやったんだ」


「別に。言ったでしょ、私は呪われてるってさ」



 それ以上は何も言いたくないとばかりに海里はそっぽを向いて、ただ身体の泥を落としている。

 周囲からは泥の化け物の音は聞こえない。しばらくは大丈夫だろう。


 聞きたいことがたくさんある。それをきちんと話さないのだとしても――――。



「……あの化け物について教えろ」


「知らないよそんなの」


「泥を射貫いたら薄紫の鏡が割れたのが見えた。そして一瞬だけ男の子が白装束を着ている姿が見えたんだ。あれはすなわち、泥の正体だな? 薄紫色の鏡を貰った人間は、いつかはああなるというのか?」


「…………さあ、幻覚でも見たんじゃない?」



 頑なに海里は説明をしようとしない。

 こいつは知っていて当然だろう。


 なんせ俺が見えたものはすべて本物だった。頭を弄られていたということだとしても……そもそも何故薄紫色の鏡が割れる幻覚を見なくてはならないのか。あの見知らぬ男の子が幻とでもいうのか。

 ――――それに、紅葉秋音の幻聴についても嘘だとは思えない。


 海里は知っていたんだ。

 俺が紅葉の声を聞くということを。俺がきちんと射貫くだろうと信じていた。


 そもそもおかしいことがあり過ぎる。

 記憶を失った理由が神社にあるのだとしたら……。それについても何かを知っているはず。



「どうしても話すつもりはないのか」


「しつこいよ神無月。私に聞いても何も話せないんだってば」



 ならばと――――俺は彼女から背を向けて歩き出した。



「ちょっと何処へ行くつもり? 学校はあっちだよ」


「お前が何も言わないんだったら、俺は一人で動く」


「何言ってんのさ。アンタ運動音痴のくせに……死んじゃうかもしれないんだよ」


「その時はその時だ。でも俺は、このまま校庭へ戻って桜坂の死を無駄にしたくはない。何かを知るまでは絶対に――――」



 俺たちを守ろうとした人がいた。

 その犠牲を無駄にして、何も分からずそのまま帰ることはできない。


 少しだけ立ち止まり、泥の化け物の額を射貫いて地面へと落ちたあの一本の矢を拾い上げる。

 それ以外の矢はどこかへ飛んでなくなってしまったが……。



「化け物を倒せる術は分かった。なるべく使いたくはないが……それでもこのまま逃げているよりは、俺は前へ進むために行く」


「……行くって、何処へ?」



 チラリと後ろを確認すると、海里が焦ったような表情をしていた。

 俺がまた歩き続けることに対して何か不安でもあるのだろうか。俺が死んでほしくない何かの理由でもあるのか。


 魂の起源と言ったが、俺が紅葉の声を聞いた理由はそれか。


 ……どうせ言っても答えてはくれないんだろう。

 呪われているということは、制限されているということ。


 自分の命を犠牲にすることは可能らしいが……それでも奴はこのまま放っておいて大丈夫だと言っていた。

 桜坂のようにやせ我慢じゃないのだとすれば――――。


 何かの拍子に呪いが発動して両足の骨が治ったのか。

 それとも一度はちゃんと死んで……元に戻ったのか。


 桜坂も海里のように元に戻るのか。


 いやだが……もしかしたら、あの泥の化け物を殺したらもとに戻るかもしれないが……。

 でもそれは、俺の考えが正しいなら――――あの化け物達は元人間の可能性が高い。


 それを、この手で殺して取り戻せなかったらどうする。



(くそっ……頭が痛い……)



 考えすぎたか?

 いやそんなわけはない。



「ねえ待ってよ。待てって言ってるでしょ神無月!!」



 俺の腕を引っ張って、海里が引き留めた。



「……なんだ」


「アンタどっかへ行こうとしてるみたいだけど……本当に、何処へ行くつもりなわけ?」


「そんなの、神社に決まっているだろう」


「……だからそれは」


「行かせたくないというのか? 俺が行ったら何が起きるんだ? 話さないなら俺は強行するぞ」



 睨みつけながら言うと、海里は舌打ちをする。

 そうして額に青筋を浮かべて、ギリギリと歯ぎしりを鳴らして。


 行かせたくないと伝わってくるが、それを言おうとはしない。

 それとも――――言えないのだろうか。

 契約とはどの程度干渉できるのだろうか。


 観察している俺の目さえも、彼女の気に障ったようだった。



「ああそう。ああ、そう?」



 だからそれが、正解なんだろう。



「アンタのそういうところ本当に、ほんっとうに大っ嫌いだよ! 勝手にくたばっちまえ!」


「……そう言いながら、何故俺についてくる」


「アンタが下手なことをして面倒くさい事態にならないように見張るんだよ。……別に、助けようだなんて思ってないし……」


「……そうか」



 そっぽを向いて話す彼女の真意は分からない。

 しかしここから先は気を引き締めて行こう。



 何があっても、覚悟を決めなくては――――。





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