第二十三話 その記憶は偽りで、この記録は正しいもの
化け物がいつ襲ってくるのかは分からない。
けれど、このまま妖精の言いなりになって化け物と対峙するのはどうにも違うと分かる。アカネだって言っていただろう。
だから鏡夜は命をかけて動くことを決めたんだ。
(燕……
情報が正しければだけれど……。
しかしそれは合っているのだろうとは思う。陽葵も彼をちゃんと信用しているようにも見えたし……。
ただハイライトのない死んだような黒目が恐怖に感じるのは何故か。
何かを見定めているような感覚だ。
もしかして、俺のことをじっと観察しているからか?
「あのさ……時間もないから早く行かないと……」
「分かってるよ。だから早く終わらせなきゃね。ほらもうすぐ着くよ」
連れてこられた場所は学校とデパートから近くにある団地。
階段を上り四階へと上がった先にある404号室。
その扉の奥へ向かった燕が扉を開けて俺に入るよう促した。
部屋の中は広すぎず狭すぎず、3人家族として暮らすにはちょうどいい大きさだった。
その中――――燕の自室へと案内されつつ歩く。
そうして部屋に入った瞬間燕はすぐさま行動を開始した。
「……えっと、俺も手伝った方がいいか?」
「いいや。もしかしたら秋音のせいで駄目になる可能性もあるからボク一人で良いよ……」
「そ、そう……」
燕が表情を変えずに、ただ本棚から何かを探している。その手は必死なように見えるが、雰囲気などは冷静さを失っていないようにも見える。
それを後ろから観察しつつ――――周囲に化け物などの異変が起きていないかを確認していた時だった。
「よかった。可能性はあったけれど……無くなってたらどうしようかと……」
そういって取り出したのは、分厚いアルバムと古びたノートだった。小学校時代のノートだろうか?
一年一組という少々歪な文字が書かれているが、ノートの名前記入欄だけは塗りつぶされて読むことが出来なかった。
燕がそのノートをリュックに仕舞い、アルバムをぺらぺらとめくっている。
……もしかして、アルバムの写真を何枚か取り出してノートと同じく持っていくつもりか?
「……なあ、何か見せてくれるんじゃなかったのか?」
「見せるよ。今この瞬間、この世界にいる時点で――――君が鏡夜から離れている状態なら認識できるかもしれないから」
「えっ?」
アルバムから一枚の写真を取り出してきた。
それはやけに赤く――――何か血が滲んでいるようにも見えた。
「何に見える?」
「っ――――」
そこにいたのは、7人の男女だった。
一人が高校生で、残りが小学生の――――仲良く手をつないでそれぞれがポーズを決めている俺たちがいた。
「鏡夜……に、陽葵? それに天もいるし……夏と、俺? あと……」
「そう、ボクがいる。分かるんだね?」
「いや分かるけど……なんで?」
「秋音が見えるんなら――――奴の目は、今は鏡夜に集中しているってことになる」
「……は、ぁ?」
背筋が凍りそうになる。
何か嫌な感覚がする。
燕について来ていた時の、先ほどの恐怖が鮮明に思い起こされる。
あれはきっと、何かを知っている目だったから――――。
「お前は何を知っているんだ」
「知っているというか、忘れないように全部聞いて、書き記しただけだよ」
「聞いたって……誰に?」
ごくりと唾を呑む。
俺を見た燕が初めて表情を変えた。
小さく笑って口を開いたのだ。
「何もかも変わる前の――――全てを覚えていた神無月鏡夜に。それとこうなることを予期したお姉ちゃんに」
それが、真実だった。
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