第■1話 いつかまたその時に
「はぁ……はっ…はっ……」
真夜中に目が覚めた秋音は、寝汗によって張り付いた服に気持ち悪さを感じながらも、ただ両手で顔を覆う。
感じていたのは恐怖と焦燥感。そして現実かと錯覚するほどの、夢の内容。
ゲームとはいえ幼い秋音は怖い夢のように感じていた。
実際、地名も建物も名前も家族も――――あのゲームの中では創作物だとしても。
秋音はそれを本物だと錯覚し、でも……と、ただ鏡夜が昨日言っていた言葉を思い出す。
両手で頬を叩いて、今は夢を見ているわけじゃないんだと考えて。
「……これは夢よ。あんなの絶対に起きるわけない」
知恵熱でも出たかのように、頭が熱く重く感じている。
しかしそれは悪夢を見たせいだと秋音は考え、首を横に振って気をしっかりと引き締めた。
「明日はちゃんと……学校に行かなきゃ……」
ただそれだけのために、彼女は無理やり眠ろうと布団の中へ入っていく。
・・・
幸運にも、あの悪夢は見なかった。
気持ちよく目が覚めたとは言えないが――――それでも昨日よりは体調が良かった秋音は学校へと向かっていた。
「おはよう鏡夜ッ――――ってちょっと、あなたその怪我どうしたの!?」
頬と鼻に絆創膏を貼り、目には若干の隈が出来た鏡夜は昨日の秋音より酷い状態だった。
秋音は彼の身体を服の上から確認するが、他にも怪我はあるようで痛みに耐えている顔をしていると分かった。
「おはよう秋音。気にするな……それにもう解決したことだ」
「解決って……」
「ただの話し合いだよ」
鏡夜はただ、にっこりと笑っていじめっ子たちを見る。
彼らはビクリと怯えて悲鳴を上げ――――鏡夜たちから離れていった。
「……脅しって何したの?」
「自分たちが何をしたのか、その罪はどうやって晴らすのか。犯罪者とは、どのようにできるのか。まあそういう話をした後――――最後にわざと煽って、先生たちがいる前で殴られただけだよ」
「それだけであんな怯える?」
「怯えたのは……まあ、その後帰り道に襲われて、それでいろいろあって……」
口ごもる鏡夜に秋音は首を傾けた。
何を隠しているんだろうかと口を開こうとするが――――。
「後で話すよ。お前なら信じてくれるだろうから」
「え、ええ……」
戸惑い気味に鏡夜の声に頷いたあと、先生が教室へとやってきて自然と席へ座った。
鏡夜からそれを手渡されたのは放課後の事だった。
元は薄紫色に輝いていたかもしれない――――濁った手鏡。
それは何かを映し出す役割を放棄している程度には赤黒い汚れをしていた。
その手鏡に救われたのだと鏡夜は言ったのだ。
「…………えっ?」
「だから秋音が言ったんだろう。逃げることは別に負けじゃないって」
「い、言ったけど……えと、それで何でこれに繋がるの?」
「逃げた先があのフユノ神社だった。でもあいつらしつこくて……それで、建物の奥に行って――――見つけたんだ」
「な、にを?」
「人じゃないものを。フユノ神様を」
――――お前だって言っていただろう? と彼は言う。
「で、でもあれは夢の中の話だよ。鏡夜だって信じていなかったでしょう?」
「実際に見て感じなければ分からないこともあるだろう。俺はそれを見た。あの人は神様だと言っていた。だから俺はそれを信じる」
あっけないように言う。
でもそれが真実なんだと――――親友である秋音だから言うのだと。
秋音はただ、絶句していた。
彼女は何も知らない。それに会ったという鏡夜しか知らない。
頭がおかしくなったのかと、叫びたい気持ちになった。
馬鹿じゃないのかと、自分が何を言っているのか分かっているのかと。
自分が休んでしまったから。あの時を境に狂ったのかと――――。
(別人みたいになったのは、元凶がいるからよね……)
秋音はそんな鏡夜を見て、決意を固めた。
親友を正常に戻せるのは自分だけなのだからと……。
だからその元凶に会ったらとっちめてやろうと思っていたのだ。
神様なんて現実にいるわけないと。あの夢だってそうだと。
「ねえ、奥にいたのは神様だけ?」
「いや、大鏡もあったよ……ああ、今日一緒に行こう。たぶんその手鏡をあの神様は渡してくれるだろうから」
「…………そう」
「ほら行こう。早く」
ランドセルを背負ったまま歩き出す。
しかしいつもとは違った雰囲気のまま。
いつもなら秋音が楽しそうに笑いながら話し続けているというのに、この日は鏡夜が良く喋っていた。
「……着いたぞ。ここの先にいるんだ」
「……えっ……いや、いや待ってよ……なに、これっ?」
「何って部屋だろ?」
「いや違うってば! こんなの今まで来た時にはなかったのに……」
建物の奥には、今まで見つけることはあり得ない――――見たことのない部屋が広がっていた。
正面は鏡夜や秋音をすっぽりと映し出せるほどの大きな鏡があり、その部屋だけがボロボロの一室ではなく新品同様の和風広間となっていた。
「ほら秋音、これを持ってみろ。それを大鏡と鏡合わせにしろ。……なにか見えるか?」
戸惑いながらも言われた通りにする。
そうして何かが一瞬光ったように感じた。
眩しく感じて目を閉じて――――そうして見えたのは、黒髪の女性だった。
《初めまして、秋音ちゃん》
優しそうな声。
とても綺麗な容姿をしているが――――にっこりと笑っているのに目が笑っていない。
人ではなかった。
鏡夜が騙した悪戯じゃない。本物だと感じた。
でもそれは危険なものだと、無意識ながらに感じていた。
自然と体が震えていた。
泣きそうになった。気絶しても許されるんじゃないかと思えるぐらいには、圧を感じた。
それを鏡夜は何も感じていないのか、ただニコニコとその神様とやらに向かって話しかけている。
秋音はただ誰にも助けを求められない状況にごくりと息を呑んでいた。
だからだろう。
不気味に思えたそれに無意識に秋音は思ったのだ。
(冬野白兎じゃない。フユノ神じゃない。……だれ?)
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