第■■話 あなたは彼を欲しているけれど


 それは、秋から冬へと変わる季節。

 うすら寒くなり冷たい風が町中へ吹き込むため木々が揺れ動き、赤色の葉っぱの絨毯が地面を覆い隠した、そんなある日のこと。


 半袖から長袖へと切り替えた人々で溢れた夕日丘町――――そのとある公園へ、彼女は待ち合わせのために向かっていた。



「……あれ」



 公園へと着いた先で彼女が見つけたのは、小学校に通う同級生の少年がいじめっ子たちに暴力を受けている光景だった。

 身体の大きなクラスメイト五人が少年を足蹴りにして彼の靴を投げ飛ばし、からかって遊んでいるというもの。


 それを見た彼女は、手に持っていたサッカーボールをいじめっ子の一人に向かって投げた。

 勢いよく投げられたボールはそのまま真っ直ぐ命中し、頭へと直撃する。



「ごふぁっ!」



 ボールに当たったいじめっ子が頭を両手で押さえて痛みに悶える。

 その声に反射的に振り返った四人が、彼女を見て嫌そうな顔をした。


 彼女は――――ぶつかった反動でころころと転がっていったボールを拾い上げ、その怒れる肩を震わせながらも彼らへと一歩一歩近づいていったのだ。



「こらー! あなた達私の親友に何やってるのよ!!」



「うげっ、紅葉だ」


「げぇーあいつボール持ってやがる! 卑怯だぞ!!」


「あなたたちに言われたくないわよ! それに喧嘩売ってくるってんなら覚悟しなさい。私のボールが火を噴くわよ!」



 彼女の遠距離からの的中率はなかなかのもの。

 そしていつもいじめを撃退しにやってくるため身をもって知っているいじめっ子たちは悲鳴を上げた。



「くそっ、逃げるぞ!」


「覚えてろよ紅葉ィ!!!」


「うわあああんっ! まってよー!」



「全くあいつらは……」



 泣きそうな顔をした子供と、悔しそうな表情を隠さず逃げる子供。

 やんちゃ坊主の負け犬の遠吠えに対し呆れたように溜息をつきながらも片手は腰に当て、片手はボールを手に地面に座りこんだ彼を見た。



「それで、手を貸した方がいいかしら?」


「……別にいらない。俺一人で立てる」


「あのね。こういう時は意地張らなくていいのよ。素直じゃないわねえ」


「じゃあ聞くなよ」



 地面に転んだ時についたであろう土汚れを落としつつ、紅葉は少年を見た。

 長ズボンの下は擦り傷でも出来ているらしく、ぎこちない動きで立ち上がった。そしてその鼻からは血が垂れており、その綺麗な顔を台無しにしていたのだ。



「……そういうそっけない態度止めたらどうなの?」


「馬鹿に対して馬鹿と言って何が悪い。一人に対し複数で喧嘩を売っている時点で雑魚は雑魚だろ」


「それで喧嘩に負けてたらあなたの方が格好悪いわよ。愛想よくして流れに身を任せてもいいんじゃないの? このままだとあいつら調子に乗るわよ?」


「心配はいらない。暴力沙汰の記録はしてあるし、カメラにも撮った。あともう少し経ったら奴らを脅してやるつもりだ」


「……あなたね」



 引いた目で少年を見た紅葉に対し、彼はそっけない態度をとりながらも口を開いた。



「それで秋音、今日は何をして遊ぶんだ?」


「鏡夜がやりたいことで良いわよ」




 幼い紅葉秋音は、少年である神無月鏡夜に向かって笑いかけた。





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