2文字の予告
目に見える世界だけだった。
音を認識できずに満足な外出も叶わなかった中で、文字に惹かれたのは当然だった。
きっかけを恨んでいた。
交通事故に遭った。
乗用車同士の衝突だった事を良く覚えている。
それでも、音を再び感じる事が出来た時、心がとても躍った。
外の世界には文字以外の概念が存在していた。
殺意が、明確な意思を持った。
文字で彩り、殺害する事が。
自分の世界を壊す事になっても。
世界は、こんなにも美しい。
息を呑み、メールを開く。
そこに書かれてたのは、縦書きで大きな〇と×のみ。
悪戯?
だったらピンポイントにPCPに送って来るなんて考えられない。
カチャ。
ビクッとして振り返る。
「由佳さん?」
ホッとして脱力する。
華音ちゃんで本当に良かった。
あの男の言葉がこびりついて離れてなかったから。
ここは襲わない。
そう言ってたけど、それを信用する筈も無かったから。
「凄い汗ですけど、どうかしたんですか?」
華音ちゃんは、ハンカチであたしの顔を拭ってくれる。
自分でも思った以上の緊張に晒されてたみたいだ。
気を取り直して取り合えず目当ての映像を探す。
被害者を拉致した女子高生の正体。
時間と場所を遡る。
……多分これだ。
画面を拡大し、いつも通りのキャリブレーション……やっぱり。
「皇桜花……ですよね」
制服を着てたって何ら違和感が無い。
だから見つけられなかった。
「夜に声をかけられるように仕向けて、逆に拉致しやすい状況を作ったんですね」
そこから巻き戻し、どこから来たのかを追っても、肝心の皇が最後に出て来たのは駅の出入り口から。
男達も普通のサラリーマンのように、駅や建物から出て来るだけで、まるで捕捉が出来なかった。
まるで軍。
こんなとんでもない連中が日本にいるなんて。
そして殺害予告のメール。
この解読が先だ。
早く帰って来て欲しいと願いながら、翔太と楓さんにメールを出す。
男性新入社員は、突然姿を消してしまう程に精神的に追い込まれてた。
その原因を作った上司を問い詰め、まあ否認してたものの、下手をすれば自殺してもおかしくなかった被害者。
そして何度もそれを行った事実。
社長からの依頼に財閥参入。
この責任を突きつけると、黙って壁を蹴った。
確かに仕事の貢献度は社内では良かった。
けどそれは自分が自由にやらせて貰ってるからだって気付けないのは、俺はどうかと思った。
参入後に加害者の処遇は決まるとは思う。
「首にしてもまた繰り返すわ。だから彼が被害者にさせていた事を彼一人にやって頂くわ。反省したと私が認めるまでずっと」
首になった方がましだと思うのは俺だけだろうか。
……まあ、そのせいでこんな事になってしまった会社の社長も、同じ事を言うだろう。
一仕事を終え、後を楓に頼み、帰路に着く。
スマホの電源を入れると同時に、由佳からのLINE。
由佳:PCPに殺害予告が届いてる。メッセージは○×だけ。暗号だと見て解読中。
それと輓近の魔術師の被害者を拉致したのが皇桜花だって分かった。
インテリビッチとイチャイチャしないで真っ直ぐ帰って来なさい。
翔太:りょ
信用されてないのにショックを受ける。
って言うか言葉に棘がある。
急いでるか焦ってるか。
それに殺害予告が気になる。
しかも○×だけ?
続けて送られてきた画像は、本当にそれだけの文章。
だとしたら、どうやって殺害するかではなく、誰を殺害するのかのメッセージだろうか。
多くの情報が詰まってるとは考えにくい。
いつどこで、何故はさておき、由佳がいるだろうPCPの拠点に急ぐ。
「お帰りなさい翔太さん」
出迎えてくれたのは華音ちゃん。
ただ、由佳は何か様子がおかしい。
いつもなら一言言う位はする筈なのに。
「翔太さん、実は……」
由佳の肩に手を置く。
何故か僅かに震えてる。
振り向いた表情は少しだけ強張っていて、拭いてはいるみたいだけど髪が僅かに濡れてる。
要は汗をかいたって事。
そして体の震え。
……多分だけど、一言確認する。
黒の御使いか久遠にでも会ったのか?
「何で分かったの!?」
「どうして分かったんですか!?」
やっぱりそうか。
理由はさておき、状況から察するに黒の御使いだろう。
「見た事無い男の人だった」
「拳銃を突きつけられたみたいです」
「ちょっと話しただけ。後ここは襲わないって。それだけだったけど」
中には入れてないようで良かった。
でも、何の為に?
……考える必要があるかもしれないけど、目の前の殺人予告が先だろう。
〇と×。
念の為拓さんにも連絡を取ってみると、特別事件は起きてないようだった。
……一体何なんだ?
誰が(誰を)、いつ、どこで、何を、何故、どうやって。
何をは殺人。
何故は動機の部分。
メールの送り主に聞かないと分からないから、暗号にしたって意味が無い。
どうやっては実際に起こった事実を追わないと分からないだろう。
だとしたら誰が、いつ、どこで。
この3つのどれかか、或いは複数か。
或いは犯人にとってみれば、誰がは私がに当てはまる。
誰を、いつ、どこで。
これだろう。
「凄いですね……これだけしか情報が無いのに」
華音ちゃんの言葉に由佳の顔が気持ち悪くなってるけど、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
考えるポイントを絞っただけで、何も分かって無いに等しい。
警官が自転車でパトロールをする時は、大抵1人だ。
それに都心に近付く程、車での侵入が困難なケースも多い為、使われる事もある。
特に都心の場合は飲食店内での小さなトラブルが後を絶たない為、初期の段階で素早く見つける事も重要になって来る。
案の定、路地裏で蹲っている制服姿の女子に気付き、自転車を止め、どうしたのかと声をかける。
女子生徒の声が泣いていてうまく聞き取れないが、現代でも想像したくない犯罪が増えているのは事実なのだ。
落ち着くよう言い、言葉を待つ。
「凄く嬉しいんです」
嬉しい?
聞き返した時には遅かった。
胸に走った激痛。
ナイフによる痛みだが、防弾ベストを貫かれる事を誰が予測できただろうか。
「貴方が死んじゃうからだよ?」
ナイフを素早く抜き、返り血を浴びる事無く。
まるで息をするかのような残虐さ。
警官は力尽きた。
廃墟ビルの屋上にも拘らず、女性は期待に胸を膨らませていた。
LINEでしかやり取りをしてなかった異性と今日初めて会えるから。
日付が変わる前の時間。
ライトアップされた景色に涙が溢れ、日付が変わる。
今日は女性の誕生日だった。
しばし見惚れ、連絡が来る。
目を閉じて貰って良いですか。
その文字に、女性は素直に従う。
そして次の瞬間には女性の背中は押され、女性の肢体は地面の闇へと吸い込まれて行った。
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