魔術の種明かし(後)

 制服姿の1人の少女が、渋谷の街の人ごみを嬉しそうに歩いて行く。

高校の制服を身に纏う少女の姿は、年齢相応の少し活発な様子が見て取れるが、彼女の実年齢は制服を着る必要が無い年齢だ。

この少女が大量殺人、残虐な犯罪を当たり前のようにこなす危険人物だと一目で分かる人間はいないだろう。

人ごみを歩いて行く少女は歩みを止めず、とある建物に入って行く。

駅にもつながり、様々な店が入った施設だが、サラリーマンがターゲットの店が多いためか、昼にもなれば朝の混雑が嘘のように静まり返る。

そんな場所を制服姿の少女が歩けば、不審がる人も中にはいたかもしれない。

彼女は迷う事無く女子トイレの中へと入って行く。

待ち焦がれていたかのように、もう一人の少女が尊敬の眼差しを向ける。

「エージェント?」

 エージェントと呼ばれた少女、皇桜花はくすくすと笑って応える。



 三上琉亜。

幼い頃に両親を亡くし、親戚の家をたらい回しにされた挙句、数々の暴力を振るわれていたそうだ。

そんな中、彼女はファンタジーの魔法に心酔し、1人その研究をしていた。

周りから見れば所謂異常だったのだろう。

殺害された人物達との共通点は全く無かったが、それぞれの人物が何らかの犯罪に加担している人物達だった。

恐らく殺害する人物は黒の御使いが用意したのだろう。

断罪と称して、自分が心酔した魔術によって次々と殺人を犯していく。

まるで都合の良いスケープゴート。

輓近の魔術師の報告書を反芻しながら、私は翔太君が巻き込まれた建物の写真を眺める。

翔太君達の証言。

巨大な岩が天井から降って来て、それによって天井が壊れた。

俄かには信じ難いが、何度もそう言った現場に出くわしている。

翔太君達の証言と違う部分。

現場にその岩が全く無かった。

更に、現場からは爆弾が使われたと思わしき証拠が幾つも挙がっている。

つまり、何かを岩だとあの瞬間に錯覚してしまった可能性が非常に高い。

そして岩の落下と同時に爆弾が爆発すれば、あの状況が出来上がる事になる。

……。

翔太君達の証言をもう一度思い出す。

岩が降って来る前。

天井の金属の板が開いたと言っていた。

板が開き、岩が降って来るのを確認した。

思えば、何の為にそんなものを使ったのか。

板が必要な理由があった筈。

拉げた金属板は既に警察で押収済み。

腕を組み、目を閉じる。

別のものと岩を勘違いした。

金属板。

爆発。

爆弾は建物の至る所に仕掛けられていた。

それを踏まえ、翔太君達のあの夜の行動を明確にイメージする。

目を開く。

確かな答えが見えて来た。

巨大なレンズ。

それが天井にはめ込まれていたとしたら。

何か小さなものを大きく見せる事は可能。

そしてそんなレンズがはめ込まれていたとしたら。

日中は太陽光も取り入れてしまう。

そうすれば火災に繋がる可能性が非常に高い。

だから金属板を……。

つまり、あの夜翔太君達が爆弾だらけの建物に入った。

辺りは暗く、魔術師と探り合いの会話をしながら仕掛けられた爆弾を探し出すのは不可能だった。

そして機を見て魔術師は天板を開ける。

そこにも恐らく爆弾が仕掛けられていただろうが、それどころではなかった。

天井から巨大な岩が落ちて来るのが見えたから。

夜空も恐らくは歪んで、或いは違和感があったかもしれないが、そんな事に疑問を持つ余裕は無かっただろう。

そして爆発し、レンズを建物ごと、翔太君と被害者を飲み込んでしまえば完了。

……手の込んだ魔術。

種も仕掛けもあった。

だが、痕跡を追うのに必要な証拠が幾つかある。

雷発生装置と巨大レンズ。

この2つを誰に作らせたのか。

何よりどのようにして殺人犯を見つけたのか。

魔術師に、断罪と言う使命を与える。

凄まじい程の過去を背負った人物には打ってつけかもしれない。

善悪に対する考え方が、我々の常識を逸脱している。

そんな人物に、何故黒の御使いは焦点をあてる事が出来たのか。

そして見つける事が出来たのか。

そうだ。

少なくとも、我々よりは犯罪者の方が、犯罪を犯す心理を。

そしてきっかけを。

理解しているのかもしれない。

……。

良いのだろうか。

私は犯罪者を捕まえる立場の人間。

ある程度知らなければならない。

だが、翔太君が解決した事件の犯人。

彼らから話を聞く事が出来れば……。

異常な殺人を犯そうとしたその心理を。

彼らにはそれぞれの闇がある。


 それでも捕まえる為にやれる事を全てやる。

全てやって上手く行く保証は無いが、全てやらないと失敗する事だけは確実に言える筈。

成功と失敗の中でしか、恐らく人は生きる事が出来ない。


 何故そんな言葉が頭を過ったかは分からない。

何も保証が無い、根拠が無い中にある確かな力の源。



 事件の収束を倉田さんから聞かされ、PCPの拠点に1人戻る。

翔太と楓さんは次の仕事に向かう為、別行動だ。

部屋に帰っても良かったけど、1つだけ気になった事があったから。

あたしと翔太が爆発に巻き込まれた建物で何とか助け出した人が、どうやって拉致されたのかって事。

被害者の証言から、学制服を着た女の子だって事は教えて貰えたけど。

ここに疑問を持ったから。

学生服の女の子。

嫌な予感がした。

もしかしたら、危険過ぎたあの。

女の子にしか見えないような容姿。

忘れる訳が無かった。

皇桜花。

あいつなんじゃないか。

特徴は覚えてなかったらしいけど。

女の子に声を掛けようとしたら、突然大量の催涙スプレーをかけられ、男達に追いかけられスタンガンで気絶させられた。

だったら、きっかけとなったのはその女の子。

大学は休日だから、カードキーでしか中に入れない。

誰もいない階段を上りながら考える。

学生服だったら。

少なくともあたしは映像を見てもそこに焦点を当てて細かく見ようとは思わない。

だったら。

女の映像を細かく分析すれば。

動向を追えるんじゃないだろうか。

PCPの扉の前に来て、鍵を開ける。

「こちらがその施設なんですね」

 ビクッとして振り向くのと拳銃を突きつけられるのは同時だった。

「鮎川由佳さんですね?」

 見た事無い人だった。

年齢はあたしより5、6歳ほど上だろうか。

笑みを絶やさないスーツ姿は、やり手の営業マンを思わせる。


「発砲は致しません。ですので落ち着いて」

「休日に大学施設内へ無断で入るのはまずいんじゃないですか?」

「ご忠告ありがとう。ですが誰も気付きませんよ。大学の生徒、講師全員を把握している人物はいらっしゃいませんから」

「随分と良いものをお持ちなんですね」

「特注品でね。良い目をお持ちのようだ」

「何の用ですか? 何を探してるかは分かりませんけど、ここはただの部室ですよ?」

「流石、度胸も据わっている。元からなのか、エージェントと対峙したからか」

「……黒の御使い、なのね」

「今更隠す必要も無いでしょう。こちらの情報はお伝えしました。そちらからの情報が無いのは非常にアンフェアだと思いませんか?」

「元から知ってた情報を教えたなんて、恩着せがましいわよ」

「殺すのが惜しい位に頭が切れる女性は嫌いではないな」

「生憎、付き合ってる人がいますから、丁重にお断りするわ」

「ふむ……」


 男は納得したように1歩下がり、拳銃を下ろす。

「この部屋に例のシステムがある事が分かっただけでも良しとさせて頂こう」

 踵を返し、男は歩いて去って行く。

「ああ、1つだけ言わせて頂く」

 立ち止まり、振り返る男の眼はとてつもなく冷たかった。

「ここを直接襲う事はありません。ご安心を」

 曲がり角に男が消えると同時に腰を抜かす。

これで良かったかは分からない。

けど、速い心音がそれを否定し続ける。

迂闊だったかもしれない。

何とかドアノブを使って起き上がり、素早く中に入って扉に鍵を掛ける。

荒らされた跡、何かが無くなってる様子は無かった。

けど、PCモニターに新着メールの文字が表示されてた。

落ち着く為の深呼吸。

メールは森田さんとか倉田さんが協力を仰いだ警察の方から、それに依頼のメールが来るから、特に疑問を持つ事は無かった。

けど、メールのタイトルに警戒せざるを得なかった。


 件名:殺害予告

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