魔術の種明かし(前)

 輓近の魔術師が起こした一連の事件は、犯人の自殺で表上は収束した。

勿論黒の御使いによる関わりは伏せられる。

だが後の捜査の可能性を限りなく広げる為に。

殺害方法を実証する必要が生じる。

現状、警察は過去を検証して未来につなげる役割で成立しており、未来を当たり前に予測する組織にはなっていない。

近い将来に翔太君達PCPとの連携がスムーズに取れれば実現もするだろう。

笑う気力も起きない他力本願だ。

だが、不可能な事象を地道に解き明かし、その先を翔太君達は掴んだ。

だから私自身逃げる訳には行かない。

人体が発火した第1の事件。

これは恐らく靴底と道路に仕掛けたリンを摩擦でこすると同時に、その場所にエーテルかアセトンを散布してしまえば。

あの映像を再現する事が出来るだろう。

火を直に放射しなかった理由は恐らく。

被害者に考える時間を与えない為。

魔術師の格好をした少女が目の前に現れて突然被害者に向けて火を放ったとしたら。

火が回る前に逃げられる可能性があるだろう。

だが、凄まじい速さで足元から火が全身を包んだとしたら、まず陥るのはパニック状態だ。

実際に火の手が回る速度と被害者の思考速度に大きなずれが生じる。

そして雷に撃たれたであろう第3の事件。

これは雷の発生装置によって可能になってしまう。

そして今から実証を行う第2の。

被害者が巨大な火の玉によって飲み込まれた悍ましい事件。

ヒントは現場に存在したのだ。

残された灰は全て現場にある雑草と同じものだった。

それなら。

雑草を使えば良い。

昔よくやった首飾りを作る要領で、巨大な円形の首飾りを作る。

時間はかかるが、やってやれない事ではないだろう。

問題はそれをどうやって火の玉に見せたのか。

今から検証する。

私の推測が正しければ。

用意したのは数本のポリエチレン製の糸。

そして小さな円形の首飾り2つ。

この2つを結び、結んだ部分が上に来るようにクロスさせて立たせれば。

……やはり。

多少転がりはするが、脚立の要領で安定する。

地面に接する部分を平らにする事で更に安定するだろう。

この首飾りに、第1の事件で使用したエーテルかアセトンを吹きかけておけば。

あの映像を再現する事も十分可能。

実際には地面から生えた雑草にもエーテルかアセトンのような引火点の極端に低い液体を吹きかけ、最後に遠く離れた場所から着火すればあの状況が作れるだろう。

ポリエチレン製の物質は、燃焼しても灰が残り難いし、何より使用された糸は極僅かだろう。

鑑識の成分調査までに時間が掛かっても不思議ではない。

要はその間に殺人さえ最後まで遂行すれば魔術師は良かったのだ。

……。

先程用意した首飾りの燃え残りを見て唇を噛む。

こんなトリックを解き明かして、何の意味があるのか。

翔太君はこんな無力感を毎回のように味わっていたのか。

……気にしている時間が惜しい。

翔太君達が見た隕石落下トリックがまだ残っているのだから。



 優子さんが無事で良かった。

つまらない高校の授業に眠気を我慢しながらも、平和を噛み締め、脅威を考える。

兄さんの遺したかった本当の手紙は。

翔太さんに関わる全員に届いた。

だから何も無い時間に落ち着きが無くなる。

黒の御使いが、魔術師の事件に関わってた。

事件に紛れて、PCPのコンピューターを丸ごと奪おうとした。

手口は同じ。

それにしても。

そんな事をして、私達が気付かないって考えなかったんだろうか。

……おかしな所は本当に無いのか。

兄さんの手紙を今一度思い出す。

巨大な組織。

それが実体を持たないかの如く、動いてる。

確かそう書いてあった筈。

それなのに私達に同じ手口を使ったのは何でだろう。

思えばそこが気になる。

殺人教唆までしてたのは間違い無いと思う。

それなら幾らでも違う手口は思い付く筈。

漠然とした不安が再度圧し掛かる。

黒の御使いに出会う前のあの感覚。

規模で言えばそうだ。

前にも思った。

チンピラの争いが増えて来た。

何の為かは分からない。

事実が漠然とした糸で繋がる。

「有村さん? 有村さん!」

 ビクッとして黒板を見ると、既に先生はいなかった。

「どうしたの?」

 心配そうに話しかけて来る遠藤さんにお礼を言う。

帰ったらまた考えよう。

私なんて関係無いって言うのは、もう止めた。



 輓近の魔術師が死に、魔術を謳った事件は収束した。

殺害したのは黒の御使いのメンバー皇桜花。

死因は猛毒のタキシンによるショック死。

少量で死に至るにも拘らず、注射器いっぱいに注入されて殺害された。

人の命を何とも思わないからこそ出来るんだろう。

何としても尻尾を掴む。

犯罪者を使い、大犯罪を起こせば俺達が動く事を利用し、その裏で俺達の動きを調べる。

それが奴らの手口。

それだけじゃない。

久遠の動きがまるで見られない事も無視は出来ない。

この状況でどちらも調べる事はかなり厳しい。

現時点で両方を捕まえに行くんだとしたら。

もう警察と手を組む以外に方法が無い。

けど本格的に活動してから半年も経ってない。

「一応倉田さんにお願いしてみるけれど、難しいと思うわ」

「どっちかを警察に任せるのはダメなの?」

「モニターで見つけられてないですし、何より警察の方も2年以上探して見つけられてないんですよね」

 だろうな……。

どちらかに絞る?

そんな事をしてる間にもう片方が動いたら?

どちらも危険だ。

「久遠と皇が組んだらとんでもない事になるわね」

 そうだ。

そこが最も危険。

やり方こそ違うけど、お互いがお互いの存在を知らないって事は無いだろう。

以前の事件で姉ちゃんが拉致された時、拓さんは星さんからの電話を受けた筈。

その時に……。

ハッとする。

そうだ。

皆も気付いたようだ。

「そうだよ。あの時星さんは優子さんを助け に行ったよね」

「そうね。優子自身は館華星の顔が分からないと思うけれど、倉田さんが電話の声を確認しているわね」

「要は、黒の御使いの計画を邪魔する為に館華さんが動いたって事ですよね」

 奴らが組む可能性は高くない。

それならどっちかに絞ってPCPとして動くのは悪い選択にはならない。

勿論黒の御使いだ。

期間を置いて大きな犯罪が動いたのは事実。

俺達で絶対に捕まえる。

由佳、楓、華音ちゃんは力強く頷いた。

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