預命
倉田さんに後を任せ、車まで戻ると、楓さんと怪我した優子さんがいた。
「翔太君達も無事だったのね」
優子さんが無事じゃないのは、楓さんが持ってるハンカチの赤から容易に分かった。
「おい姉ちゃん!」
「急いで病院へ向かいましょう。今は優子の安全が最優先よ」
その間にも楓さんはスマホを片手に指示を飛ばしていく。
翔太と優子さんを後部座席に寝かせ、あたしが運転席に。
「ヘリは戻って頂いて結構よ。ありがとう」
「私は警察をこちらでお待ちしております」
森田さんは警察の方へ。
正確に、そして迅速に役割を分け、病院へ急ぐ。
「楓。何があった?」
電話を終えたと思われるタイミングで翔太が楓さんに聞く。
「皇桜花がこの車を乗っ取りに来たのよ」
……ハンドルを無意識に握る。
「殺人を魔術師に遂行させながら、俺達を探ったって訳か」
けど、楓さんは華音ちゃんと一緒にいた筈。
それなのにどうして分かったんだろう。
「やり方が黒の御使いに似ていると思っていた位よ。どこかで接触を試みる筈だと思ってはいたわ。けれどモニターの映像からそれらしい車も見つけられなかった。だから賭けてみるしか無かったのよ」
「……根拠も無い状況であたしを連れ出したの? あんたは」
「姉ちゃんあんまり喋んなって」
「相手は私よりも頭が切れるし、武力もある。武力は優子で埋めるとして、頭の差だけは埋める事が出来ない。だから私は今起こり得る最悪の状況を阻止さえ出来れば良かったのよ」
「久遠にせよ黒の御使いにせよ、俺達を気にしてる事実は変わらない……って事だな」
「ええ。そうしたら予想通りに最悪の状況が起ころうとしていて、防ぐ事が出来た。本当に良かったわ」
……理屈が何も無かった。
けど過程に至る理論を組み立ててる途中で、最悪な状況がどんどん進行してったら?
その考えが物凄く危ない事を皆が分かってた。
「楓。ありがとう」
楓さんじゃなかったら無理な方法だろう。
時間短縮の為にヘリによる移動時間の短縮。
「それなら、いつもみたいに私の部屋に来てくれるかしら? 翔太君?」
……。
「行った事無いだろ! 止めなさい!」
事故らない程度にアクセルを怒り任せに踏む。
「由佳さん? 今のは楓がついた嘘ですからね? 潔白ですよ?」
あたしでさえまだなのに。
「いや、だからさ、嘘だって……」
「あんたこの期に及んでまだ……」
「姉ちゃんは安静にしててお願いだから!」
息を荒くしながらも、優子さんが翔太を見てるのがバックミラー越しに見える。
今やるべき事は優子さんを病院に連れてく事。
その後はその時に決めた方が良いかもしれないけど、決めた。
「ゆ、由佳さん? 何か一言言って頂けませんかね……」
「女性に恥をかかせる気かしら? 翔太君」
「楓は黙っててお願いだから!」
後で2人きりで話しましょう?
翔太はただ石のように固まった。
……。
脈はもう無かった。
痕跡を追い辿り着いた先に横たわっている女性死体。
一瞬だけ見えたあの顔。
輓近の魔術師。
操られた人形だったのか。
或いは失敗した殺人の懲罰として殺害されたのかは分からない。
だが!
こんな事をいつまでも繰り返すつもりなのか。
何も生み出さない負の連鎖。
何としても私達警察は犯罪組織を捕まえる。
静かに、そして心の底からの使命を燃やす。
もう犯罪者が悪。
そんな次元ではない。
奴らを捕まえられなければ終わり。
それ位の覚悟で行かなければいけない。
命を賭ける。
姉ちゃんは楓が見るって珍しく聞かなかったから、俺と由佳は帰路に着いてるけど、由佳がずっと俺の腕にしがみついたままだ。
「で?」
怒気しかない一言に俺は背筋を正す。
「あの真偽!」
勿論楓が勝手に言いだした事だ。
「じゃあ何で手を出さないのよ!」
何言ってんだこいつは!
それ所じゃなかっただろ常識的に考えて!
「半年以上あったじゃないのよ何言ってんのよバカ!」
殴られる意味が分からないけど痛い。
そんなにばしんとロストしたいんだろうか。
意味が分からない。
つーかムードも糞も無い。
勉強とかPCPの活動、大学の勉強に忙しくて流石に時間が無かったんじゃないだろうか。
「だって楓さん年上で綺麗だし色っぽいし頭もスタイルも良いし」
……。
否定しないけど、それなら由佳だって決めないだろう。
顔が良くてスタイル良くて性格が良ければ良いと思ってるんだろうか。
いや、決して由佳だってかなりのルックスだと思うんだが。
……ってそんな事は口が裂けても言えない。
「で?」
ため息をつく。
姉ちゃんは病院だから、たまには2人で外食でも行くか。
機嫌が直るかは分からないけど。
満更でもない顔でとりあえず安心する。
倉田さんから、魔術師の死を聞かされる。
そしてこちらで起こった出来事を伝え、これで完全に黒の御使いが事件に関わった事を前提に警察が極秘で捜査を進めるだろう。
スマホを下ろすと、優子が目を覚ます。
優子の傍にいようと思ったのは、彼女からの主張を聞く義務があったから。
自分の都合で彼女を付き合わせ、死ぬかもしれない現場に送り込んだのだ。
皇桜花に対抗出来るのは、私が知る限りでは優子しかいなかったのは事実。
けれど知り合いを死なせるようなものだったのも事実。
優子の方に体は向けても、目を合わせる事が出来ない。
「自分のせいにしてんじゃないわよ」
元気の無い寝起き声で言われても説得力が無い。
震える体を抱くので精いっぱいだった。
優子が顔を歪めながら起き上がるのを、無理に寝かせる。
「あんたにあいつを止めれる訳無いでしょ」
優子に胸倉を掴まれる。
こうして掴まれるのは何度目だろうか。
高校時代から行けば、ゆうに3桁は超えているのではないだろうか。
けれどそれは全て私に非がある時だけ。
私に対して理不尽な暴力は振るわない。
「あたしは自分で決めた事を曲げる気は無いわよ。あいつはあたしが倒す」
眼に炎が見えた気がした。
「だからあんたはその時になったらあたしを呼べ。良いわね!?」
首を縦に振れる訳が無い。
前回拉致された時と訳が違う。
私が優子を死地へ向かわせる行為を肯定しろと言う事。
「あんたにそんな情は似合わないでしょ」
情を?
貴女に?
そんなものを持っている訳が無い。
「なんやなきゃいけない事は分かるでしょあんたなら!」
生きるか死ぬかを決めろと言うのか。
私に?
「ならあんたがあいつと戦ってみる?」
頭では分かっている。
それでも心が止めろと言っている。
そんな事も分からないの?
「取り返しがつかない状況になっても良いの?」
そんな訳は無い。
「要はあたしが死ななきゃ良いだけでしょ? 簡単よ」
……はぁ。
正直に言えば、怖い。
私の一言で人が死ぬ可能性がある。
それでも今の状況を冷静に考えれば、優子の言う事の方が理性的だろう。
一言だけ。
確認をする。
私より、翔太君がそうした方が良いのではないかしら?
「あのバカよりは1㎜だけましよ」
他人の誇りや命を背負う事を。
もしかしたら覚悟と言うのだろうか。
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