23 幼馴染の彼氏が俺のこと○○○って言ってくる


 さて……。


 どうしたものかな。


 白鷺(しらさぎ)イサミは男の子ではなく、女の子だった。


 この事実を果たして「恋人」であるブタさんは知っているのだろうか?


 あの様子だと、おそらく「知らない」。


 だからイサミくんを彼氏に選んでしまったのである。理由は惚れた腫れたじゃなくて、単純に「美少年だから」「演劇の特待生で目立ってるから」「そんなイケてる子を彼氏に出来ちゃうアタシマジすご~い! ッシャッシャ!」ってなところだろう。いかにもウシ目ほ乳類らしい浅はかな考えだ。


 まぁ、ブタさんはどうでもいいとして。


 彼のカウンセラーみたいなことを仰せつかった俺は、どう動くべきだろう。


 とか思っていたら、




「やっほー、カズゥ!!」




 右手をぶんぶん振りながらブタさんが歩いてきた。目が腐る。


「こんなところで会うなんて! くふふふ。アタシに会いたくってつけ回してるんでしょうそうでしょう?」

「いや、お前が後から来たんだろ」


 自分の都合で因果律すら余裕でねじ曲げる。それがブタ屋敷ブ亜。


「でもおあいにく様~! アタシにはもう彼氏がいるんだから! 誰かさんよりよ~~~っぽどイケてる彼氏がね! 残念でしたっ。ホラホラ、『ンンンンンンンン悔しいよううううううンンンンンンンン!』ってそこらを転げ回ってもいいわよ?」

「わー。くやしー。ごろごろ」


 言われた通りにしてやったのに、ブタさんは不満顔である。


「まぁ、いいわっ! イサミとの仲を今日も見せつけてあげる! カズが泣いて謝るまで続けるんだからねっ」

「マジか」


 泣いて謝るだけでこのブタヅラが視界から消えるのか。一瞬本気で考えそうになった。


 ブタさんはドアノブに手を掛けた。


「おい待て。部屋に入るつもりか?」

「そうよ。ここが演劇部の控え室だもん」

「まあ落ち着け。キャベツの千切りを添えるまで待て」

「なんでよトンカツじゃあるまいし!」


 ドアを開けて、中に入っていった。


「あっ、瑠亜さん」


 しっかりと制服を着込んだイサミくんがパイプ椅子に座っていた。髪がしっとりしている。シャワーは終わったようだ。


 ふう。良かった。間に合って。


 そんなことはつゆ知らないブタさんは、ふふんと金髪をかきあげる。


「稽古を見に来てあげたわ! この大人気声優のアタシが、アンタの演技を酷評してあげる! ありがたく思いなさい!」

「……あはは。ありがとうございます」


 困ったような笑みを彼は浮かべた。


 それから、ブタの後ろにいる俺の姿に気づいて目を見開き、


「あ、あれっ!? 和(かず)に……和真せんぱい! ど、どど、どうしてっ!?」

「いやまあ、ちょっとな」


 ブタさんの横槍がウザイので、詳しいことは話さない。


「教室でよく顔を合わせるけど、ちゃんと話したことはなかったからさ。一度じっくり話してみるのもいいんじゃないかなって」


 いきなりこんなことを言ったら怪訝な顔をされるかも――。


 そんな風に思った俺の不安は、杞憂に終わった。


 彼はパッと表情を輝かせると、勢いこんで頷いたのだ。


「は、はいっ! ぼ、ボクもせんぱいとお話ししたいなあって、思ってたんです! ぜひ!」


 予想外の反応だった。


 なんでこんな喜んでるんだ?


「うふふふ。なあにカズ? 『俺の女に手を出すな!』とかゆっちゃう? ゆっちゃうわけ? やぁんっもお、どんだけアタシのこと好きなんだかっ♪」


 ブタさんはいい感じに舞い上がり、カラッと揚がっている。本当に千切りキャベツ添えてやりたい。


「いいわ! じゃあ二人っきりにしてあげる! このアタシを巡って決闘でもなんでもすることねっ! 結果は明日聞かせてもらうからっ!」


 おっ、居なくなってくれるようだ。ラッキー。


「武器の使用以外一切を認めますッ!」という言葉を残して、ブタさんは意気揚々と出て行った。どこの地下だよ。




 二人きりになった。



 

 イサミくんは、瞳を輝かせて俺のことを見つめてくる。何かを期待するようなまなざしだ。


 鼻をくすぐるのは、シャンプーの香り。


 男物じゃない。女の子の甘い香りだった。


「実は、演劇部の部長さんから頼まれているんだ。君の話を聞いてやってくれって」

「えっ。香川先輩から?」


 彼は目を見開いた。ちょっと大げさなくらい。


「あまり部に馴染めてないんじゃないかって、心配してたよ」

「ごめんなさい。演劇部は、みんな良い人たちです。ボクがその……人見知りしてるだけで」


 そうして憂いを帯びた顔をすると、ドキッとするほど綺麗だ。ショートヘアから覗くほっそりとした首のラインが艶めかしい。事実を知った後だからか、もう可愛い女の子にしか見えなかった。


 こんな秘密を抱えていたんじゃ、人を避けて当たり前だな……。


「最初に会った時から気になってたんだけど、前にどこかで会ったことあるかな?」


 彼ははっとした顔になった。


「ぼ、ボクのこと、覚えて……っ?」

「いや、生憎。だけど、君は俺を知ってるみたいだから」


 彼はがっくりと肩を落とした。


「そ、そうですよね……。覚えてるはず、ないですよね」

「やっぱり、会ったことあるんだね」


 こくんと頷いた。


「せんぱい。古宮(こみや)道場って、覚えてます?」

「ああ、もちろん」


 それは、俺が小学校の時に通っていた道場の名前だ。合気柔術の流れを組む古武術を教えるところで、SPや警察官、自衛官など「護衛」を職業とする人々が通う、ちょっと特殊な道場である。外国で傭兵やってる人なんかもいて、まことにインターナショナルな道場だった。


 俺はそこに、あのブタの爺さんの命令で通わされていた。いざという時、孫娘を守る護衛とする腹づもりだったのだろう。当時の俺は「古武術なんてかっこいい、漫画みたいだ」なんて無邪気に思ってたっけ。


「だけど、古宮道場に俺以外の子供なんていなかったけど」

「はい。子供で1年以上続いたのはせんぱいだけだって、当時聞きました。ボクは2ヶ月くらいでやめちゃいましたから」


 そこまで知ってるってことは、どうやら本当らしい。


「ボク、子供の頃は太ってて、意気地無しで……。古宮師範と仲が良かった祖父の考えで、道場に入れられたんです」

「それはずいぶんな荒療治だな」


 あんな荒くれ者だらけの道場(とこ)、子供が来るような場所じゃない。めっちゃスパルタだし。なんとかヨットスクール顔負け。


「ボク、大人のひとにたくさんしごかれました。毎日、泣いてました。そんなボクを守ってくれたのが『和(かず)にぃ』だったんです。子供なのにめちゃくちゃ強くて、めちゃくちゃかっこよくって。憧れでした」

「……あああ、あー!」


 だんだん、記憶がよみがえってきた。

 

 あれは小学三年だか四年だかの時だった。小さな男の子が道場に入ってきて、仲間ができて嬉しかったのを覚えている。


 名前はもう忘れたけど、確か俺は彼のことを――。


「いっちゃん? お前、いっちゃんだったのか!」

「うんっ!」


 イサミこと、いっちゃんは笑顔を弾けさせた。


「やっと、やっと思いだしてくれたんだね! 和にぃ!」


 いっちゃんは身を乗り出して、俺の手をぎゅっと握った。


「なるほどなぁ。いや、全然わかんなかったよ」

「えへへ。あの頃ほんと太ってたし、わかんないよね……」

「早く教えてくれたら良かったのに」

「転入してから、しばらく気づかなかったんだもん。まさか和にぃが帝開にいるなんて思わなかったし。それに和にぃ、わざと目立たないようにしてたでしょ?」

「まあな」


 あのブタと、その祖父からきつく言われていたからな。「目立つな」って。「お前は陰となって瑠亜に寄り添え」とか、今にして思えばとんでもない理不尽なことを、子供の俺に刷り込んで。幼い俺は「女の子を守るのは男の務め」なんて、疑いもせず信じ込んで。アレは女の子じゃなくてブタなのに。


 絶縁できて本当に良かった。


「そうこうしてるうちに、なぜか瑠亜さんに見初められちゃって。瑠亜さんが和にぃの幼なじみって聞いた時は、びっくりしたよ。なんだか妙な縁だよね」

「その縁はもう切れてるよ」


 いっちゃんはちょっと変な顔をしたけど、深くは聞いてこなかった。


「あの……ね。ボク、あの頃から和にぃにヒミツにしてたことがあって」


 顔を真っ赤にして、内股気味にモジモジする。唇に親指を当てる仕草が可愛いというか、幼いというか。そういえば、このクセは昔からだ。




「じ、実はね? ボク……ボク……女の子、なの」

「……」




 うん。知ってた。




「和にぃのことが大好きな、女の子なの」

「…………」




 それは、知らなかった。




「お嫁さんにして?」




 いや待て。


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