22 幼馴染の彼氏は○○でした
それからしばらく、ブタさんによる「アタシ彼氏できたのよ」アピールは続いた。
放課後はわざわざイサミくんを教室まで迎えに来させて、これ見よがしに腕を組み「校門まで一緒に行きましょ♪」とか。俺の方を見てニンマリ。そのたびにクラスの男子が嘆き、女子は黄色い悲鳴で、ちょっとした騒ぎが起きる。
「る、瑠亜姫っ。そいつなに? 彼氏なの? 付き合ってるのっ?」
「えー? そーゆーわけじゃないけどォ、そー見えるぅ?」
なんて言いながら胸のまな板をイサミくんの腕にゴリゴリして、またも俺の方を見る。しかもドヤ顔。うーん殴りたい。
まぁ俺のことはいいのだが(無視するだけだし)、付き合わされるイサミくんがいささか不憫である。
うちのクラスのブタ親衛隊からは、すっかり目の敵にされてしまった。
女子からもなんだかいろいろ噂されているようだ。
まだ中等部で、しかも転入生なのに、高等部の教室に一人で来るのは勇気がいるだろう。ブタさんはそういうの一切無視だからな。可哀想。付き合ってるっていうより、捕食されてるって感じ。
それにしても――。
彼が教室に来るたびに、俺と目が合う。
熱っぽくて、どこかせつなげな視線で見つめてくる。
絶世の美男子にそんなまなざしで見つめられたら、なんだか妙な気分になる。なにしろ、外見だけ見れば可愛い年下の女の子といって差し支えないのだから。
最初は彼女(ブタ)の幼馴染である俺のことを警戒しているのかと思っていたが、どうも別の事情がありそうだ。
あれから何度も記憶を掘り起こしてみたが、やっぱり「白鷺イサミ」なる少年に会ったことはない。そもそも他県から引っ越してきたらしいし、俺との接点など何もないはずだ。
なのに何故、あんなせつない目で俺を見るのだろう。
そんな風に、首をひねる日々が続いたのだが――。
◆
七月某日。
期末テストが終わり、いよいよ夏休みを間近に控えたある日の放課後。
俺は演劇部に呼び出されて、彼らが活動している学生ホールへ趣いた。
そこには細い目の三年生女子が待っていた。演劇部の部長である。学校で一番身長の高い女子で、生徒集会などで何度か顔を見かけている。特別美形というわけではないが、愛嬌のある笑顔をする人だ。
「君が、噂の鈴木和真くんね」
「噂かどうかは知りませんが、鈴木は俺ですよ」
部長さんはニコッと笑った。そんな風に笑うと、細い目が糸のようになる。
「声優の皆瀬甘音さんがブレイクしたのは、君のおかげって聞いたよ」
「まさか。彼女の力ですよ」
「その彼女自身から聞いたのよ。あの子、君のこと本当に尊敬してるみたい」
甘音ちゃん、そんなこと言ってたのか。やれやれ……。
「正直、彼女の話を聞いても半信半疑だったんだけど、こないだの学食での一件を見て信じる気になったの。あの瑠亜姫を言いくるめるなんて、ただ者じゃない。最近は胡蝶さんまで君に接近してるらしいじゃない? あの冷たい会長の氷を溶かすなんて、信じられない」
まったく、会長まで。買いかぶりすぎである。
「そんな君を見込んで頼みがあるの。夏休みまでの2週間、私たちの稽古を見て意見を言ってくれない?」
「素人の俺に?」
「舞台を見に来る観客は、その素人でしょ? 八月の公演、絶対成功させたいの」
こうしている今でも、ホールでは二十人ほどの部員たちが演技の稽古をしている。どの部員の顔も真剣だ。声からも動作からも、気迫が伝わってくる。こないだ見た野球部の練習よりも、よほど熱が入っている。
この帝開学園にあって、演劇部の地位はそんなに高くない。実績がないからだ。こんな場末のホールが活動場所になってしまっている。今の情熱より、過去の実績。それがこの学園のルールだ。
ならば、俺はルールに抗おう。
「本当に大した意見は言えませんからね」
「うわっ、ありがとう! よろしくっっ!」
部長は俺の手を強く握ってきた。
「さっそくだけど、ひとつ相談があるの。白鷺イサミくんのことで」
思わずドキリとした。
「彼、子供の頃から劇団にいただけあって演技は上手いんだけどね。どことなく固いっていうか、うちの部に馴染めてないっていうかさ。瑠亜姫と交際してるって噂もあるけど、だったらもっと浮かれててもいいのに」
「転入してきたばかりだし、仕方ないんじゃないですか?」
部長は「うーん」と唸った。
「そういう感じでもないのよ。たとえば彼、他の男子部員とは着替えも休憩も別々にするの。なんか避けているみたい」
「何か理由が?」
「それがわからないのよ」
ふむ……。
あの、俺を見つめるせつないまなざしと、何か関係あるのだろうか。
「ちょうど彼、裏で休憩してるから。良かったら話してみてくれない?」
俺はホールを出て、その隣にある部屋へ向かった。そこを控え室として使っているらしい。
ドアをノックして、声をかけた。
返事はない。
失礼しますとドアを開けると、誰もいなかった。白鷺イサミの物と思しきバッグが机に置かれている。ジュースでも買いに行ったのかもしれない。
どこからか、水の流れる音がする。
部屋を見回すと、カーテンのかかった一角がある。その向こうに誰かいるらしい。
カーテンを開けると、そこはシャワー室だった。学生ホールなんて滅多に来ないから知らなかった。この部屋、シャワーがついていたのか。
床に置かれた脱衣籠の中に、男子の制服がきちんと畳まれていた。ネクタイの色で中等部とわかる。
だが、俺の目をひいたのは、制服ではなく――。
「…………」
純白のブラジャー、そしてショーツが、制服の上に置かれている。どちらも可愛いワンポイントのリボンがついている。機能性重視の素っ気ない下着だけど、精一杯可愛くしたい! という持ち主の気持ちが表れてる気がした。
その下着のそばに、白い包帯のような布が置かれている。
サラシってやつか?
「………………」
磨りガラスの向こうで、誰かがシャワーを浴びている。
この男物の制服と、女物の下着の持ち主だ。
ガラスごしにもわかる、しっかりと発育した体だった。全体のシルエットはまろやかで、胸とお尻はパツッとしている。特に、あの胸。甘音ちゃん以上、会長未満くらい。あれをサラシで押さえこむのはひと苦労だろう。
その解放感に浸っているのか、磨りガラスの向こうの彼、いや、彼女は、かすかに鼻歌を歌っている。ふんふん♪ と楽しそう。だから、俺の侵入にも気づかなかったのだ。
俺は物音を立てないよう注意しながら部屋を出た。
廊下の壁に寄りかかって、深呼吸して、天井を見上げて――混乱した思考を整理した。
つまり、こういうことか。
元・幼なじみの彼氏は、「彼女」だった。
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