21 「効いてないアピールウケるw」とか言われてもマジで効いてない


「ふふん! カズ! このアタシに新しい彼氏ができたわ!!」



 さて――。


 涼華(すずか)会長にお薦めの本となれば、なんだろう。


 帰国子女ということで、日本文学には馴染みが薄かったんじゃないか。だったら夏目、芥川あたりを挙げようか。個人的には太宰を薦めたいけど、結構人を選ぶしなぁ。


「さあカズ! 嫉妬しなさい? ヤキモチ焼き焼きバーニングファイヤーしなさいっ? さぁさぁさぁ!!」


 並んだ背表紙とにらめっこしながら本棚を見て回る。


「会長、芥川は読んだことあります?」

「え?」

「芥川龍之介。羅生門とか、薮の中とか」


 会長はあわてて首を振った。何か他のことに気を取られていたようだ。この人でも、そういうことがあるんだな。


「ふふふ。カズったら無視しちゃって。なに? 効いてないアピール? ウケるwww 必死www」


 第三者の意見も聞いてみよう。


「甘音(あまね)ちゃんだったら何を薦める? 日本文学の中で」

「へ?」


 甘音ちゃんは驚いたように目を丸くした。彼女もぼうっとしていたようだ。


「え、えーと、走れメロス、とか?」

「太宰かー。やっぱりそっちかなぁ」


 となると、俺が薦めたいのは「人間失格」あたりかな……いや待てよ……。


「ちょっとカズ! いい加減にしなさいよッ」


 後ろからシャツをむんずと掴まれた。


 振り向けば、そこには金髪キンキラキンのブタさんがブヒーッと鼻息荒く立っていた。


「なんだお前。まだいたのか」

「いたわよ当たり前じゃない! さっきから大声で呼んでるでしょっ!?」


 さっぱり気づかなかった。


 昔からそうだが、いちいちこのブタの妄言を聞いていたらキリがない。いつの頃からか、俺はこいつの金切り声を聞き流す術を自然と身につけたのである。


「で、なんだよ用事は」

「だから言ってるでしょうがっ! このアタシに彼氏ができたの!」

「そうかおめでとう。式には呼ぶなよ」


 さて、太宰太宰。どこの本棚にあったかなっと。


 本棚を探しに行こうとすると、またもやシャツを掴まれた。


「まだ話は終わってないんだから! ちゃんと聞きなさいよホントは気になって気になって仕方ないくせにぃぃぃぃ!!」


 ドンドンダダドン! と無駄にリズム良く地団駄を踏むブタさん。


 このまま床を踏み抜かれでもしたらアレなので、話を聞いてやることにした。


「ようやく、素直になったようねっ」


 ブタさんは連れてきた男の子を引っ張り出した。


 彼は中等部の制服を着ていた。色白で、華奢で、栗色の短髪はツヤツヤで、ぱっと見はまるで女の子。顔立ちも整っていて透明感があり、これは女子がほっておかないだろう。マスコット的な人気が出るタイプだ。


「中等部三年、白鷺(しらさぎ)イサミっていいます」


 モジモジしながら挨拶してくれた。色が白いから、頬が赤いのが余計目立つ。


 甘音ちゃんが声をあげた。


「白鷺くんって、あの、演劇部特待生の!?」

「甘音ちゃん知ってるの?」

「もちろん。学費も寮費も全部無償で、わざわざ遠くの県から転入させたそうですよ」


 さすが声優、演劇畑のことには詳しいな。


「私も聞いているわ。演劇部が特待生を取るのは初めてだって。まさに大型新人ね」


 涼華会長の耳にも入っているところを見ると、学園の期待は大きいようだ。それだけの逸材ということか。


「そう! その期待の逸材が、アタシの彼氏なのっ」


 ブタさんはますます鼻を高くした。


「昨日の放課後、カレにコクられちゃったのよね! いたいけな青少年を惑わせてゴッめぇ~ん☆ まぁ、アタシの魅力(ミリキ)から言ってしかたないことだケドっ。ねっイサミン?」

「は、はい……まあ……」


 彼は曖昧な笑みを浮かべている。どこか困ってるようにも見える。


 それにしても……。


 なんだか、妙だな。


 彼が俺を見つめる視線が、変なのだ。


 なんだか熱っぽいというか、情熱的というか。


 あれかな。ブタさんの元・幼なじみってことで、警戒されてるのかな。


 彼からすれば、俺を恋敵のように思っているのかもしれない。


「イサミくんだっけ」

「は、はいっ」

「俺とこいつはもう、絶縁してるから。もうなんの関係もない赤の他人だから。心置きなく幸せになってくれ」


 彼は「はぁ」と頷き、またモジモジとした。うーん、こんな風にしてると本当に可愛いな。そっちの気はない俺でも、変な気持ちになってしまいそうだ。


 いっぽう、まったく可愛くないブタさんは、


「くふふふ。まぁーたカズは無理しちゃって♪ ジェラシックパークでシットザウルスに襲われて食われるといいわぁ! ッシャッシャッシャ!!」


 などと、意味不明な供述をしており。


「まァでも、安心しなさい。アタシも声優やってるわけだし、交際は秘密にしとくから。ナイショで付き合うから。でもまぁ、なにしろイサミンとはラブラブだしぃ、燃え上がる恋がアレでアレしちゃったらわっかんないケドねっ! あ~カズ、それまでになんとかした方が~、いいんじゃないカナ~っ?」


 えぐるような角度で俺を見上げるブタさん。「カナ~っ?」とか言われても。どうしろと。


「じゃあ、今日のところはこれで帰るわ! また来るから!」


 来なくていいです。


「行くわよ、イサミンっ!」

「は、はいっ。瑠亜さん」


 彼はよろめくように後に続いた。


 ブタさんが先に部屋を出てから、彼は急に引き返し、俺にとてとて近寄ってきて――。


「あ、あの、和真せんぱいっ。ボクのこと、覚えてないですか?」

「どういう意味?」

「ボクは、ボクは……」


 何かを言いかけて、彼は口を噤(つぐ)んだ。扉の向こうで、ブタが「なにモタモタしてんの早く!」と呼んだのだ。


 彼はしょんぼりと肩を落とした。


「……それじゃあ、失礼します……」


 ぺこりとお辞儀して、今度こそ彼は去って行った。


「あのお二人、何しに来たんでしょうか?」


 甘音ちゃんはぽかんと、閉じた扉を見つめている。


 会長も首を傾げて言った。


「彼、様子がおかしかったわね。和真君の知り合いなの?」

「いやあ、記憶にないですね」


 あんな美少年、一度会ったら忘れないと思うんだけどな――。



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