第19話 もう一頭のドラゴン

 今日もミニアの魔力上げだ。

 オーガベアをミニアが仕留めた時に頭上に影が差した。


 んっ、大物だな。

 やるか。


「ミニア、隠れていろ」


 俺はミニアに魔法で指示をした。

 俺の前に水色のドラゴンが静かに舞い降りた。

 大きさは俺より一回りほど小さい。

 翼を畳み、そのドラゴンは俺に口を開く。




「ギャオ(こんにちは)」

「ギャ、ギォ(おう、こんにちは)」


 どうやら戦闘にはならないらしい。


「ギャガォギャンギャ?(ここはあなたの縄張り?)」


 どう答えたものかな。

 俺は街に住むと決めた。

 ならここは縄張りではないな。

 単なる狩場だ。


「ガギャオギャ(ただの狩場だよ)」

「ギャ、ガオガウ。ガオガウガウギャオ(そう、良かった。ここで産卵したいのよ)」


 どうやらこのドラゴンは雌らしい。

 それから事情を聞きだした。

 なんでも産卵期が近いのだそうだ。

 卵を産むのに適した所を探してあちこち飛び回っているとの事。

 でもな、将来的にこの狩場が使えなくなるのは困る。

 どうしたものかな。


 ドラゴンの会話にも慣れ、ドラゴンの声が普通の会話に聞こえてきた。


「ところで、竜言語魔法ってあるのか」

「うーん、ないと思う」


 ないのか。

 ロマンだと思ったんだけどな。

 でも全てのドラゴンに聞いた訳ではない。

 彼女が知らないだけかも。


「あなた、立派なドラゴンね。私とつがってみない」


 えーと、俺はドラゴンに欲情できるのかな。

 とてもそんな気にはなれない。


「考えてみる」


 断るとややこしそうな予感がしたので、日本人特有の玉虫色だ。




 ミニアが突然駆け込んで来た。


「でかいの。来る」


 油断した。

 会話に気を取られていたよ。

 この辺に強敵はいないはずなんだが。


 もの凄い雄叫びが響き渡り、鳥が一斉に羽ばたく。


「たぶん。Sランク魔獣。ベヒーモス」

「ミニア逃げろ。俺から探しに行くまで安全な場所に避難しとけ」

「うん」


 ミニアは承諾すると一目散に逃げて行った。


「ごめんなさい。あっちこっち飛び回った時に目をつけられたみたい」


 木をなぎ倒し現れたのは俺と同じぐらいの大きさのいかつい牛の魔獣だった。

 こいつがSランク魔獣か。


「逃げて、ここは私が責任持って食い止めるから」




 どうしようかな。

 本能は彼女の獲物だから手を出すなと言っている。

 様子をみて介入するとしよう。


 ベヒーモスに彼女は水のブレスを叩きつけた。

 ベヒーモスは石の礫のブレスで対抗。

 彼女のブレスは押し切られ、彼女は石の散弾に打たれた。

 彼女は肉弾戦に移行。

 尻尾で顔を叩こうとしたが角で払われた。

 ベヒーモスは後ろ足で土を掻き、突進。

 角で彼女を刺した。

 彼女は苦鳴を洩らして首をぐったりさせた。

 ここまでだな。




 俺はベヒーモスの後ろに回り炎のブレスを吐く。

 ベヒーモスは角を振り払い彼女を空中に投げると俺に振り返り石のブレスを吐いた。

 溶けた石のブレスが俺の顔に掛かる。

 俺のブレスで勢いは弱まっているので痛くはないが、溶けた石が熱い。

 ブレス戦は分が悪いな。


 一声吠えて気合を入れ直し、俺は魔力一万のストーンバレットを撃つ。

 この魔法は貰った物を改造した。

 2メートルもの石の砲弾は石のブレスをかき分けベヒーモスの顔を打ちのめした。

 ベヒーモスが顔を振る。

 さほどダメージはないようだ。

 連続でストーンバレットを放つ。

 ベヒーモスはブレスで対抗するが石の砲弾で次々に打たれ最後に悲しげに声を上げて倒れた。

 彼女に駆け寄り傷を見てみると胴体のウロコ数枚にひびが入っていた。

 大怪我はないようだ。




「大丈夫か」


 声を掛けると彼女は頭をふりふり起き上がった。


「ええ、ウロコが欠けただけよ。脱皮すれば元に戻るわ」

「怪我がなくてなによりだ」

「あなた、幼少期にかなり無茶したのよね」


 いや、してないが。

 普通に食っちゃ寝していただけだが。


「それほどでも」

「何か話が微妙にかみ合わないわね。もしかしてあなた、ガービッジドラゴン?」

「ガービッジドラゴン?」

「やっぱりだわ。何かおかしい。ちなみにブレスは吐ける?」

「おう、吐けるぞ。さっきの牛にも吐いたよ」

「あなたの戦闘は気絶して見てないの。飛ぶ事は?」

「もちろん出来る。さっきのガービッジドラゴンってのは何?」

「ドラゴンはね。卵の時に親竜から祝福を受けるのよ。受けてないのがガービッジドラゴン」

「祝福を受けないとどうなるんだ」

「ブレスは吐けないし、空も飛べない」


 それって本能で出来ると思っていた。

 でも考えてみればおかしい。

 鳥だって雛から成鳥になる時は飛ぶ練習をする。

 俺は初めから出来ていた。

 睡眠学習のような物が祝福なのか。


「それじゃ、ガービッジドラゴンはもの凄く弱いのでは」

「そうね、すぐに死ぬと思う」

「ブレスは本能だと思っていた」

「ドラゴンの本能は闘争心と縄張り意識ね」

「俺にはどちらも希薄だな」

「幼少期どうやって獲物を狩ってたの」

「空中からブレスを吐いてちまちまとやっていた」

「異常だわ。闘争心が強いドラゴンが肉弾戦を挑まないなんて」

「いや、獲物取り放題だったけど」


「謎が解けたわ。ドラゴンはね、強敵にも肉弾戦を挑んでしまう生き物なの。当然、失敗したりもするから、狩りで毎回餌をとるなんて出来ない」

「いや、ドラゴン無敵だなとは思っていたけどそんな事だったとは。でも君は理知的に見えるけど」

「成竜になると落ち着くのよ。本能にも打ち勝てて縄張りを離れて旅も出来るわ」

「そうなんだ。そう言えば俺は最近まで森の外に出なかったな」


「ところで財宝は決まった?」

「財宝?」

「集める対象の事よ。宝石だったり、金貨だったり、酷いのだと骨なんてのもあるわ」

「つい最近までころころ対象が変わったけど」

「それは幼少期の特徴だわ」


 そうか、あれは思春期ゆえの現象か。

 大人になると趣味が一本化されるのだろう。

 俺に一本化された趣味なんてあったか。

 俺ってまだ思春期なのか。

 何時までも大人になりきれないのか。




 そうだ。

 あったじゃないか。

 一本化された趣味。


「どうやら俺は成竜らしい」

「とびっきりの財宝を見せて」

「俺の財宝はこれだ」


 俺は魔力十万のファイヤーボール、大きさ4メートルを放つ。

 一番しょぼいファイヤーボールが15センチだから、その巨大さが分かるだろう。

 ファイヤーボールは木をなぎ倒し進み、真っ直ぐな溶岩の道を作った。

 そして爆発。

 クレーターを作った。


「あなた、やっぱり変わっているのね。魔法が財宝なんて。人間しか出来ない技術をどうやって会得したの」

「努力してだ」

「気にいったわ。あなたの財宝を分けて」


 お近づきになった証に幾つかの呪文とコンパイルの仕方を教えてもいいかな。


「ああ、良いよ」


 俺は伝言魔法や幾つかの攻撃魔法を教えた。

 魔法名も当然伝えた。




「うふふ。ドラゴンがね財宝を分けるという事はつがいになるって事よ」

「えっ、そんな」

「さあ、始めるわよ」


 彼女から何とも言えない匂いが漂う。

 気がついたら事は終わっていた。

 恐るべし野生の本能。

 遂に俺もパパか。

 じゃあ縄張りは譲ってあげないとな。

 彼女は卵を産む時に会いましょうと言って飛び立っていった。

 彼女にはまだ聞きたい事がある。

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