第五十九話 天罰
攻勢を続けるビエラは無尽蔵の魔力で砲台を一気に量産し、敵対する二人に構えた。
「《
アルファルドは勝負師のように戦況を読み、切り札を行使する呪文を唱えた。身に着けた装甲衣が呼応し、確かな実力を秘めた魔導士と同様に
願うならばアルファルドは両目を閉じて気絶しているスイの下へ行きたかった。だが、ビエラの用意した罠の道具として利用されている可能性が高く、不用意には近づけなかった。
「《
ビエラが冷ややかに砲弾を操る宣告を行う。短い呪文が読まれ、弾丸が一斉に二人を追尾して襲い掛かる。
魔力を回復したアルファルドと引き続いて身体強化を維持しているハレーは、先ほどと同じく追尾していく砲弾同士を接触させて直撃を防ごうと躍起になる。
全弾を撃ち尽くした頃、次第に煙幕が空間を包んであっという間に各々の視界を遮るように立ちはだかった。
ビエラは二人の魔力を探知しようと意識に魔力を注ぎ込み、見えない闇の中をまさぐった。ありとあらゆる地点に透明で巨大な両手を伸ばす。少しでも早く仕留めなければ、切り札に手を伸ばしたアルファルドがどんな策を使ってくるのか予想がつかない。冷静に居所を特定しようと心を落ち着かせる。
遠くで呪文を叫ぶ声が聴こえた。声は背後からこちらへ到達し、ビエラは振り返ると同時に発動を解除してオートマチックを二発撃ち込んでいく。二重螺旋をかたどった人工の稲妻と銃弾が衝突し、またしても爆発音と煙が辺りに拡散する。
「《
白煙に乗じてハレーがビエラの至近距離で真横から側頭部へ銃を向けていた。リボルバーの撃鉄が鳴り響く前にビエラが射線を読んで上体を反らし一撃をすんでのところで免れた。
袂を分かった同胞たちはすぐさま身体強化を施してその場を離れていく。特にビエラは距離を詰められないよう、晴れようとしていた煙の中に紛れ、好機を伺っていた。
ハレーも同様に残された二発の弾と己の命を天秤にかけながら煙の中を高速で駆け抜けていく。
アルファルドが充魔石の糸に含まれた魔力の残りを全身で感じ取りながらビエラの猛攻を警戒していた。真上からの急襲もあり得る状況下で懸命に戦う二人の魔力を察知しながら立ち回りを考えていた。その矢先にどちらの者かわからない流れ弾が飛び、咄嗟に身を翻して難を逃れた。わずかな時間で自らの攻撃を選択し、流れ弾の飛んできた方向へ稲妻の放出をイメージする。
魔法を発現する直前にビエラの魔力紋を感じ取り、放つ前の右手をわずかに動かして角度を操作する。次は逃さない。そう己に誓った。
威力と進行速度の両面を魔力で促進させ、一撃を見舞おうとする。
「《
放たれた二度目の雷(いかづち)は再び二重螺旋を描きながら一直線にビエラの方向へ空を切り裂きながら突き進んだ。向かう先は彼女が宙を舞っていると思われる空中。再び当たるかどうかも運が絡む。
「《
背中から光の翼を広げて浮遊するビエラは、空中で引き金(トリガー)を引きながら呆れていた。同じ手を二度も繰り出すほどの愚策は嘲笑に値する、と。煙の中から今度は三発を素早く撃ち込み、二発は稲妻を相殺した。更に最後の一発はアルファルドに命中するようにと念じながら自らの銃声を耳に入れる。
「があっ……!」
煙の先でアルファルドの鈍い悲鳴が聴こえ、自分の考えが正しかったのだとビエラは確信した。後は命の灯が消えかかったハレーを倒すだけ。これで邪魔者はすべて消える。声の道標に従った答えが手の届くところまで来ていると見ていた。
その直後、ビエラの全身から激痛が走った。落下しながら身体に魔力を行き渡らせて確認したが、身体を何かで貫かれた形跡はない。ハレーの銃で撃たれたものではないようだ。だとすれば、打ち消したはずのアルファルドの魔法がここまでやってきたというのか? そして一発の銃声を聞きながら翼を失い、墜落して気づいた。原因に気付く頃には遅すぎた。
アルファルドの魔法はイメージによって途中から二つの稲妻が枝分かれするように仕込まれており、一方が上空ではなく低空を飛び始めていた。それをハレーが銃弾で偏向させ、ビエラの背面に一発を命中させるトリックプレーを披露していたのだ。
ビエラの銃弾は確かにアルファルドを捕らえたが、充魔石の力を装甲衣に流し込んでいたおかげで極薄の魔力障壁が誕生し、致命傷を与えるには至らなかった。
慢心が生んだ敗北の結果を知り、落下する身体が痺れて元に戻らないビエラは、どうにかしてこの場を乗り切ることだけを考え、すぐさま翼を修復させる。
「終わりだ!」
ビエラの思考をひどく無視したハレーが地上から接近し、魔導銃に込められた最後の一発を解除(リリース)の掛け声と共に彼女へ打ち込んだ。ホロスを絶望へと導く聖女の片割れに引導を渡す、決定的な一撃だった。
「——終わるのは貴方よ」
ビエラにハレーの銃弾が命中する直前、彼女は呟いて銃口を光らせた。
落下していたビエラと、すべてを撃ち終えたハレーを中心に空中で爆発が巻き起こった。
「……!!」
魔力を回復させながら様子を見ていたアルファルドは思わず声を失った。
火を見るより明らかな相討ちだった。
二つの塊が時間差でどさっと床に落ち、そのうちの一人はアルファルドの近くで一つ跳ね上がり、仰向けに倒れた。
「《
アルファルドは身体を庇いながら急いで駆け寄った。そこには髪の色や瞳の色が異なるが、自分と瓜二つの顔立ちを持つ青年の姿があった。顔に着けていた仮面は、すぐそばに大きく破損した状態で見つかった。
「ハレー、なのか……?」
アルファルドが倒れている青年がハレーだと断定するまで時間を要した。髪も瞳も黒曜石のように光を反射させて輝いているが、それが自分自身の分身だと思うと僅かながらぞっとした。
「驚いたか……?」
虚ろに目を動かすハレーから生気が抜け始めていることは一目瞭然で、既に全身に力が入っていない様子がアルファルドの目に留まった。
「——いいや。それよりも手当が先だ」
アルファルドが水魔石を取り出そうとしたが「無駄だ」とハレーが声で拒否した。
「私はもう助からない……それに……敵を助けてどうする?」
ハレーは意識が薄くなっているのか、不思議そうに、だが、穏やかに尋ねた。
「どうするって、お前は僕の味方だから助けるんだ。今のところはな」
アルファルドは当たり前だと言いたくなるほどまっすぐに答えたが、ハレーは何かが可笑しかったのか微笑した。
「どうやら私には天罰が下ったらしい……」
「天罰?」
アルファルドが聞き返した。
「最後まで君を利用して生き残りたかったのだが、彼女の反撃が今までの報いとなって戻ってきたようだ……」
ハレーとそっくりな顔立ちを持つアルファルドは彼自身の本心をすべて理解することはできない。しかし、ゆくゆくは味方として戦った自分をも裏切ってホロスの覇権を握ろうと
「アルファルド。私は間もなく死ぬが、君にかけてしまった呪縛紋からも解放されるだろう……」
「……!」
リゲルから聞いていた呪いの紋章。アルファルドの胸には今も呪縛紋が残されており、実生活に影響が出ていたとは言い難い。しかし、夢の中に出てきた新たな記憶によって彼の頭の中に大きな混乱が生じるなど、意外な形で過去を知る羽目になった。
「最後に教えてくれ。僕の呪いは何のためにあったんだ……?」
優しい言葉で詰め寄るアルファルドは、ハレーの意識がなくなりかけている光景を目の当たりにして悲痛な感情がこみあげてきた。これほど悲しい敵と別れを告げるのは様々な意味で辛かった。
「今にわかる……私の半分は……君の、ものだ……」
すべての力を使い果たしたハレーは、神聖な宇宙への長旅を始めるべく、静かに息を引き取った。
アルファルドは静かに開いていたハレーの両目を閉じ、一滴も涙をこぼさなかった。正確には悲しすぎて泣けなかったのだ。共闘するまで敵同士だったハレーは、シャウラを裏切った際に心強い味方として隣に立ってくれた。正直者だと言われるかもしれないが、それだけでも、たった一瞬だけでも信用していた。後年になってそれが愚かな選択だとしても構わない。一時的にも彼は味方だった事実だけは変わらない。だからこそ、生きていてほしかった。それも叶わぬ結果になり、ほんの少しだけ立ち尽くそうとしていたが、すぐ我に返った。
スイは無事か? 目まぐるしい戦況で流れ弾に当たっていないことを願った。幸いにもアルファルドのいる場所は出入り口のドアから最も遠いが、目視でスイの確認できるほどに視界は回復している。良かった。一安心だ。愛弟子の魔力紋を察知すると血も魔力も失われておらず、まったくの無傷だった。
だが、アルファルドはスイの察知に夢中で、倒れていた一人の魔力が急激に強化している状態を一瞬だけ見逃してしまった。そして、それに気付いた時にはなかった絶望の波がすぐ目の前にまで押し寄せてくるところを目撃した。
「——次は貴方の番よ」
ボロボロになったローブを身に着け、右手でしっかりと銃を握って構える仮面の聖女が立っていた。光の翼は再生し、再び自由に宙を舞う準備が整っているようだ。
アルファルドは先ほどハレーとの銃撃を至近距離で受けたのにも関わらず、なぜビエラが平気そうに両足で立って魔導銃を構えているのか、理解が追いつかなかった。それ以上に理解していたのは、彼女を倒さなければ本気でホロスは終末を迎えてしまうことだった。
もう自分の魔力は残されていない。ハレーが退場した今、たった一人で聖女の力を持った仮面の存在を相手になければならない。
残された体力も魔力も極限まで減っている。
アルファルドの中には常にどこか逃げたがっていた臆病さを欲する場面が多々あった。様々な経験——特にスイとの出会いによって全力で現実から逃げようとする自分と戦えるようになってきた。今、この状態が最たる例だった。そして、これから取るべき手段はただ一つ――
「《
一人の青年は自らの臆病さを乗り越えると同時に、決して勇気を捨てなかった。
アルファルドは愚直にも真っ向からビエラに戦いを挑もうとしていた。
勝利へのわずかな可能性に賭けた最終決戦が、まさしく火ぶたを切って落とされる。
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