第4章
第31話
「それで、現状の人員配置はどう思う? 異動を必要としているところはあるかね?」
「う~ん、今の所はそのままでいいんじゃないかしら? 下手に動かすとパフォーマンスが下がるやつもいるからねえ。特に最近の新人は甘ちゃんばっかだから」
「まったく、嘆かわしい話だ。いつからウチは軟弱者の集まりになったんだ? スカウトの基準も少々厳しくした方がいいんじゃないのか?」
「まあそういうな。ただでさえ人手が足りていないのだ。多少は目を瞑らねばならんだろう」
「少し甘すぎやしないか? 軟弱者のできることなんてたかが知れている。そんな連中が潰れようが別に構わんだろう」
「あんたは本当に他人には厳しいよねえ。でもまあ、甘やかし過ぎるのもどうかと思うけど? 見せしめに何人かクビにしてみたら? 少しは引き締まるんじゃない?」
「それはいささか乱暴すぎるな。それに空いた人員を補填するのも相当大変だぞ?」
「以前ほどではないだろう? 昔は環境設備が整ってなかったせいもあって、一人見つけるのも奇跡に近かったからな。だがそのおかげで質も良かったのもまた事実」
「結局昔は良かった話になっちゃうよね~」
「いやいや、今の若者たちもなかなか捨てたもんじゃないぞ?」
「ふん。あまり期待しすぎるなよ」
「そんな文句があるんならさあ、あんたが見つけてくればいいじゃない?」
「いや、俺は……」
「あ、無理かあー。あんた人を見る目がないもんねーっ」
「うるさい!そんなものは俺たちの仕事じゃないはずだろう!」
「そうだな、それはまた別の者に任せようじゃないか。例えば高野君なんか相当な目利きだ。彼自身も優秀なダイバーだったしな」
えっ? ひょっとしてアキオさんのこと?
「ええー、それって例のレンダイ支所の? 私あそこの人間嫌いなのよね」
「ハハッ。そりゃお前はただ単に佐藤チカコに嫉妬してるだけだろう? 相当な人気だったもんなあ、彼女は」
「うるっせえよ! 今度あのババアの名前出したらタダじゃおかねえぞ!」
「二人とも落ち着け」
「ああ、もう気分悪い! ていうかそのレンダイ支所のせいで今えらいことになってるじゃない」
「確かにそれについては同意見だな。問題行動が多すぎる」
「まあまあ。だがそのおかげでこうして数十年ぶりに新しい顔を見ることができたんだ。なあ、不二沢エイジ君?」
「え……」自分の名前を呼ばれて初めて意識が鮮明になった。辺りを見渡すとエイジは広い会議室のような部屋にいた。壁はダークブラウンの木材でできており、趣のある彫刻が施されている。
目の前には長机がコの字の形に並べられており、右側の席にはウェーブかかった長い髪に燃えるような真っ赤なボディコンワンピースを着た若い女性、左側にはスキンヘッドに近い坊主頭の中年の男。そしてエイジの正面には短髪で総白髪、フルフェイスのカストロ髭を蓄えた初老の男がこちらに視線を向けている。
エイジは三人に囲まれるようにして真ん中にポツンと椅子に腰掛けている。
「ここ……、もしかして本部? うまくいったのか……!」
「そうよー。ホント呆れるわあ。まさかこんな所にくる人間がいるなんてねえ。おめでとさん。いえ、残念でした、かなあ」ボディコン女が指でワインレッドのガラス玉がぶら下がったイヤリングをくるくると弄びながらいった。
「まったく。とんでもないことをしてくれたな、小僧! 貴様、自分が何をやったかわかっているのか?」坊主頭の男がエイジをギラリと睨む。ただでさえ恐ろしい顔に迫力が増す。
「あのっ! どうしてもお願いしたいことがあってここに着ました! 自分が何をやったのかは分かっています! でもどうか……」エイジは勢いよく立ち上がった。
「まあ、落ち着きなさい。方法はどうあれ、せっかくこうして顔を合わせることができたんだ。まずは少し話をしようじゃないか」総白髪の男がゆっくりとエイジに言った。
エイジには時間がなかったが、おとなしく腰を下ろした。上品で威厳を感じさせるが、威圧的というわけではない。だが男から優しさや温かさというものは一切感じなかった。
「もう分かっていると思うが、ここは君が探していたDSA日本本部だ。所長や君の上司に聞いているだろうが、ここは私たちが作り上げた夢の空間の中だ。実体のある場所ではない。我々も含めてね。私は本部総司令官の風絽木ジュウゾウ。隣にいる怖い顔をしているのが副司令官の刈田ユウゴ君。そして同じく副司令官の襟平ヒロム君だ」
「へっ? 襟平……ヒロムさん?」エイジはボディコン女の名前を聞いて思わず耳を疑った。その驚いた表情を見て刈田が吹き出した。
「はははっ! そりゃ驚くわなあ。こいつはな、見た目はこんなだが、れっきとした男だ」
「ユウゴ! てめえ、何笑ってんだ! 風絽木さんも名前なんて言わなくていいじゃん」襟平が机をバンッと叩いた。
「いや、すまん。まずはちゃんと自己紹介をしようと思ってね。さて、エイジ君」
「あ、はいっ」エイジは背筋をピンと伸ばす。
「君がなぜここに来たのかは分かっている。現実世界のことやあるダイ場でとんでもないことが起きているということも何もかもだ」
「はい……。レンダイ支所が稼働停止処分になったせいでダイブができなくなりました。それで……」
「で、ここの本部に影踏みしてやって来たんでしょ? ベッドルーム目当てに。さすがにこんなバカ見たのは初めてだわ」襟平が肩をすくめるとわざとらしくため息をついた。
「ていうかさ、貸すわけないじゃん、ベッドルーム。あんた自分がやったこと本当にわかってる? 影踏みだよ? 重大な違反行為なわけ。影踏みした時点でダイバーじゃなくなるの。それにさ、それだけじゃないよね? 対象者じゃない人間への無断でダイブしたりして。そもそも知人へのダイブ自体違反行為なのよ? あんたにダイブを許可する理由なんてこれっぽっちもないの」
「それは……」エイジは唇をぎゅっと噛み、下を向いた。
「貴様がダイバーとしての能力が高いことは認めよう。並外れたダイ場の認識能力、助けがあったとはいえ漂流者の夏野と接触を成功させ、挙げ句の果てには本部にまでやって来た。経験さえ積めば間違いなくトップクラスのダイバーになれるだろう。だがな、規則を守れないようではDSAのダイバーとは言えん。早くこの場から去れ。ダイバーの仕事ももう終わりだ」
「そう急ぐな。私はまだエイジ君と話がしたいんだ」風絽木が二人をまあまあとなだめた。
「こいつはもうダイバーではないんだ。話すことなど何もない! 第一、こいつが……」
「うるさいぞ。少し黙れ」風絽木は怒鳴るわけでも睨みつけるわけでもなく淡々と言った。そのたった一言で二人はピタリと口をつぐんだ。エイジまでもが背筋がひんやりする。
「さて、エイジ君。君はどうしてもダイ場に行くつもりのようだが、そもそもダイ場がどういうものなのかわかるかね?」風絽木は穏やかな目でエイジをまっすぐ見ていった。
「いや、どういうものって……。ダイ場っていうのはつまり、対象者の夢の中のことで……」
「それは表面的な話だよ。小学校に上がりたての児童に一+一が二と教えるようなものだ。本質的な答えではない」
「ちょっとお……。こんなやつにそんな事教えるわけ?」襟平は呆れるように呟いた。
「いいかね? 私が知る限り、この世界は二つ存在している。まず一つは君たちが普段日常生活を送っている世界。俗に言う現実と呼ばれている。これは本来肉体が在るべき場所だ。そしてもう一つは精神が在るべき世界。いわゆる夢だ。今まさに君がいる場所だよ。夢だってれっきとした現実の一つだ」
「夢も……現実だって?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます