第27話
「は、はい。最近レンダイ支所に入った不二沢といいます。……連絡を切ったってどういう意味ですか?」
「どういうも何もそのまんまの意味だよ。オペレーターと連絡ができないように周波数を変えさせてもらったんだ。今頃外では焦りまくってるだろうなあ。ひひ」男は意地悪そうに白い歯を見せた。
「そんなことできるんですか? こっちから周波数を変えるなんて」
「ピロウの通信機能はデリケートだからな。イレギュラーな周波数変更にはついてこれねえからしばらく連絡が途絶えるんだよ。しっかし久々にDSAの人間に会ったけど装備も昔のまんま、進歩がねえなあ」
「はあ……」
「お前の言う通り、俺が夏野だ。それにしてもよく俺を見つけれたもんだ。その事は褒めてやる」夏野はエイジの腕をバシバシと叩いた。どうやらエイジに対する警戒は解かれたようだ。
「ありがとうございます。アキオさん達に協力してもらいましたから」
「なんだよ、いつの間にアキオがオペレーターやるようになったんだあ? でもアキオだけじゃ繊細な検索は無理だな。杉山も噛んでるだろ?」
「杉山?」そんな人いたかなとエイジは目線を上に泳がせた。
「もう一人オペレーターがいるだろ? ほら、ノッポでオールバックで目つきの悪い……」
「ああ! マスターのことですか」
「何、マスター? なんだか知らない間にえらいことになってるな……。これも時代の流れってやつかねえ」夏野は首を左右に振ると、鋭い目つきでエイジを見据えた。
「んで、一体俺に何の用だ? 俺を始末しに来たなら大人しく帰った方がいいぞ。無事に現実世界に帰りたいんだったらな」
「そんなまさか! 始末だなんてとんでもない! 俺は夏野さんに力を貸して欲しくてここに来たんです」
「あぁ……。バグのことか?」少し間を置いてから神妙な顔つきで尋ねた。
「そうなんです。バグを撃退するためのアドバイスが欲しいんです」
夏野はフンッと鼻を鳴らして顔を背けた。
「アレだろ? 身内や恋人にバグが出たんだろ? やめとけやめとけ! そんなもん無理に決まってる。常識だぞ。アキオ達から話聞いてねえのか?」夏野は突き放すように言った。だがエイジもそう簡単に引き下がるわけにはいかない。
「聞いてます。あなたは唯一バグを退治したダイバーなんですよね?」
「あー……、やっぱりそういう話になるよな。全く面倒臭い話だよなあ」夏野は顔をしかめながら頭をボリボリと掻いた。
「そのことなんだがなあ、なんていうかな……半分正しいけど半分は間違ってるって感じだな」
「どういうことなんですか? 半分は、って?」今度はエイジが顔をしかめながら夏野に尋ねた。
「これ以上は勘弁してくれ。悪いんだがその話はしたくねえし、するつもりもねえ。お前ももう出て行け!」夏野はぶっきらぼうに言うとエイジに背を向けストンと胡座をかいた。
「ちょっと待ってくださいよ! せっかくここまで来たのにそりゃないですよ! みんなで苦労してやっと探し出したんですから!」
「そんなの俺の知ったことか! お前が勝手に来たんじゃねえか! ……大体お前もよ、少しは察しろよ。なんで俺が漂流者になったのかよ」
「……それじゃあやっぱり自分から意図的に漂流者になったってことですか?」エイジはアキオが〈カフェ・REN〉で言っていたことを思い出した。
「当たり前だ。わざとじゃなきゃ漂流できないだろ? よっぽど天才的に間抜けなダイバーじゃない限りな。俺だってな、何の問題もなくバグを撃退できてたらこんなことにはなってねえんだよ!」夏野はエイジに背中を向けたまま怒鳴る。その声はわずかばかり震えていた。
「一体何があったって言うん……」
「よく聞け小僧」
「あ、不二沢です」
「いいか、小僧。お前がダイバーとして悪くない腕前だということは見ればわかる。だけどな、バグを相手にすることだけはやめろ。失敗すれば死ぬこともあるし、万が一上手くいってもまず間違いなく俺のようになるぞ」夏野は諭すように落ち着いた様子でエイジに言った。
「そんなのやってみなきゃ……」
「いいや、わかる。先輩の忠告は素直に聞いとくもんだ。いいか、結果がどうあれ必ず悲惨なことになる。幸せになる奴は一人もいないんだ!」夏野は語気を強めて言った。過去に何があったかは分からないが、それが尋常じゃないことだけは伝わってくる。だがエイジは一歩も引かなかった。ここで折れたらコズエは助からない。規格外のバグを他のダイバーが撃退できるわけがない。夏野の協力は必要不可欠だ。
「だからってこのまま何もしないわけにはいかないんです! お願いします、力を貸してください! このまま帰ったらそれこそ対象者は死んじまうんですよ? 対象者を見殺しにしといてあれは仕方がなかったんだって自分に言い訳しながら生きていくなんて……。そんなのが本当に生きているって言えますか?」
「てめえが死ぬのはいいって言うのかよ?」
「嫌ですよ、そりゃあ。でも嫌だからやるんです。明日も胸を張って生きていくためにもやらなきゃいけないんです。こそこそ自分を誤魔化して生きるのはもう嫌なんですよ!」
今度はエイジが夏野の背中に向けて視線をぶつけた。睨んでいるわけでもないのに研ぎ澄まされたナイフのように鋭い視線。あまりの迫力に夏野も思わず振り返り息を飲む。ややあって観念したかのように大きなため息をつくと胡座をかいたままエイジの方に向き直った。
「この馬鹿野郎は本当に……。こんな馬鹿を見たのは久しぶりだわ。馬鹿の一等賞だぜ、お前。最近の若いやつは全くどうしてこう、人の話を聞けないもんかね? せっかく俺が心優しいアドバイスを与えてやってのに……」口を尖らせてつぶやくとエイジの顔を睨むように見上げ唐突に尋ねた。
「お前が会ったバグってのはどんな感じだった?」
「えっ? どんな感じか、ですか? そうですね……全身黒ずくめって感じですね。黒いツナギに黒い仮面のようなものつけて、それから足元から黒いモヤが出てて……」
「他には?」
「う~ん……あ、そうそう、それからダイ場に干渉できるっていうか操ることができるんですよ」
「なんだそりゃ! そいつはとんでもねえバグだな! ……で、他には?」
「あとは……そんなもんですかね」
「あ~全然ダメだな。そんなんじゃ。それじゃあバグを撃退しようなんて百年かかっても無理だね。若さや勢いだけじゃバグは倒せねえぞ」夏野は大げさにやれやれといったように左右に首を振った。
「何がダメなんですか? 一体どうすればバグを撃退できるんでしょうか?」
「バグを撃退する方法は俺にも分からん。弱点も有効な戦法もない。だがな、ヤツと向き合うために最も重要なことは観察することだ」夏野は人差し指と中指を自分の目に近づけた。
「観察? でもじっくりと観察してる暇なんてないですよ。こっちを見つけるなりすごい勢いで襲いかかってくるんですから」エイジは眉をひそめた。ただでさえ逃げるので精一杯だというのに観察する余裕なんてあるわけがない。
「それでも観察するんだ。無理だろうがなんだろうが。それができないなら潔く諦めろ。俺が言えることはこれが限界だ」
「観察ですか……。わかりました。夏野さん、ありがとうございます。参考にさせていただきます。絶対にバグを撃退してみせますよ!」エイジは強く拳を握りしめた。夏野がいい加減に言っているようには見えない。きっと何か自分が見落としている重大な何かがあるに違いない。
「まあ、気負いすぎねえようにな。さあ、もう行けよ。この家を出たらすぐに離脱できるはずだ。それからな、もう二度と俺のこと探すんじゃねえぞ。頼むからそっとしておいてくれ」
「あ、そうだ。それからもう一つ、ぜひ聞きたいことが……」
「なんだよ、まだあんのかよ」夏野が顔をしかめながらエイジを睨んだ。
「スリープガンのことなんですけど、命中率を上げるコツ、何かありますか?」
「ない。狙って撃て」
「ああ……、なるほど。ありがとうございました」
エイジは夏野に深く頭を下げ、階段を降りようとすると夏野が思い出したように声をかけた。
「なあ、そういえばキリュウジ支所はどうなってる? 今誰が所長やってるか知ってるか?」
「えっ? えーっと、キリュウジ支所の所長は確か荻野って人ですね」エイジは荻野の嫌味ったらしい顔を思い出した。
「なんてこった、あのガキか……」夏野は思わず頭を抱えた。
「そういえば夏野さんもキリュウジ支所だったんですよね? ご存知だったんですか? 荻野さんのこと」
「まあな……。おい、いいか? 荻野のガキには気をつけろよ。あいつは自分のことしか考えてねえ。目的のためにはなんだってする危ねえヤツだからな」
「わかりました。気をつけます」危ないヤツ。確かにそうかもしれないと思わず頷いた。傍若無人で尊大なあの態度。自分のことしか考えていないといった感じだ。荻野がちょっかいを出してくる前にこの一件を解決しなくては。
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