サイの不安

「ふぅ……。今日は色々あって疲れたな……」


 ソル帝国の首都に到着した日の夜。サイ達合同部隊は、首都の近くにある砦に案内されてそこを初任務が終わるまでの拠点とするように言われ、サイは砦の一室で一人寝台に腰かけていた。


 部屋は二人部屋で、サイとピオンを初めとする四人のホムンクルスの女性達は、全員でこの部屋を使用することを決めていた。ピオン達も先程までサイと同じ部屋にいたのだが、彼女達はお茶を淹れに行ったりソル帝国からの伝令を他の合同部隊の隊員達に伝えに行ったりと、自分の仕事をするために現在部屋にいなかった。


 本当に今日は色々な事があった気がする。


 ソル帝国の首都にようやく到着した思ったら、五体のゴーレムトルーパーに出迎えられて、そこでデオンティーヌにザウレードがマリーの父親の仇であることを知らされた。


 その後、ソル帝国の軍へ到着の報告等をする為に向かったのだが、すでにザウレードの話は軍にも伝わっていたようで、軍人達は嫌悪とまでは言わないが複雑な感情をサイ達合同部隊へと向けてきていた。明日にはソル帝国の皇帝と謁見する予定なのだが、恐らくはそこでも今日のような感情を向けられるだろう。


「ブリジッタは大丈夫なのかな?」


 サイが心配しているのは自分の婚約者の一人のことだ。


 今日のことでザウレードがどれだけ世界各地の人間に恐れられ、恨まれているのか、それが少しだけ分かったような気がする。実際にザウレードを使い世界各地を荒らし回ったのは前の操縦士であるエルヴァンなのだが、ザウレードに対する憎しみがブリジッタに向かないとも限らない。


 ブリジッタは子供の頃からゴーレムトルーパーに憧れ、その憧れだけで国内でも有数の前文明の研究者となった女性だ。だから念願のゴーレムトルーパーの操縦士になれた喜びは大きいのだろうが、周りから憎しみを向けられて大丈夫でいられるのかサイには分からなかった。


(陛下達も酷いことをするよな。理由は分かるけど、もっと他のやり方があったんじゃないか? ……ん?)


 サイが今更ながらフランベルク三世とバルベルトの決定に心の中で異議を申し立てた時、部屋の扉を誰かが開けた。サイは最初、ピオン達四人のホムンクルスの女性の誰かだと思ったが、部屋の扉を開けたのは今さっきまでその身を案じていたブリジッタだった。


「ブリジッタ? ……どうした? 大丈夫か?」


「………」


 ブリジッタはいつもとは違う、何か恐れているようなあるいは迷っているような暗い表情をしていて、サイが話しかけても無言のままだった。それを見て彼は自分の感じた不安が的中したと思った。


「なぁ、ブリジッタ? 話がしたいんだけど部屋に入らないか?」


「……はい」


 サイが出来るだけ優しい声で話しかけると、ブリジッタは小さな声で返事をして部屋に入っていく。


 そしてその夜、ブリジッタがサイの部屋から出てくることはなかった。

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