第99話 決まれ対空、尻からボルト

「よーし、城の中に入ったぞ」


「入ったねー」


「フャン」


『キュー』


「ぶいー」


 俺はお供である、一人と三匹に振り返った。


「城を解放するために、まず俺たちが向かうべき場所はどこだと思うかね!!」


「はいっ!」


「はい、メリッサ早かった」


「食堂!! あわよくば厨房!!」


「正解!!」


「フャーン!」


『キュー!』


「ぶいー!」


 俺たち大盛り上がりである。

 あまりに盛り上がったので、兵士たちが駆けつけてきた。

 これはいかん。

 俺はメリッサを小脇に抱えると、走り出した。

 今から兵士たちに関わっている暇など無いのだ。

 城への潜入を果たした俺たちには、やるべきことがある。

 三匹のお供が、俺と並走する。


 まずは階段を駆け下りる。


「ウェスカーさん、兵士には手を出さないんだね」


「彼等は仕事でやってるだけだろ。だから俺は、彼等を解放することを優先するんだ」


「偉い! まさかウェスカーさんが、そんな事を考えるようになるなんて!」


 大階段を下っていくと、周りの扉が開いて、次々に兵士が飛び出してくる。

 彼等は階段の下を固めて、俺たちを先に行かせないつもりのようだ。

 兵士たちの後ろには、太った男がいて威張り散らしている。


「そうだそうだ! その男はレヴィア王女の手の者! おかし集団が外を闊歩しているが、ここで貴様が兵士たちに手を出せば反逆罪の成立だ! この場で処刑してくれ」


「食堂に行く邪魔だ。おりゃっ、烈風炸裂バーストウインド


「おわーっ」


「うわわーっ」


「ぐわーっ」


 群がる兵士をまとめて吹き飛ばす。


「ウェスカーさん、兵士には手を出さないんじゃ……?」


「彼等は仕事でやってるだけだろ。だから俺は、彼等を解放することを優先することにしたんだが、それは置いておいて腹が減ったんだ」


「はっ、はっ、はんぎゃ、反逆……!」


 太った官僚が、俺を指差してプルプル震えている。

 

「こ、こうなれば魔石を使って私が貴様を」


「ほれっ、烈風炸裂バーストウインド


「ほぎゃーっ!?」


 ぶっ飛んでいった。

 何を言いたかったのだろう。

 だが、そんなことより腹ごしらえだ。

 兵士たちを吹き散らしながら食堂に乗り込むと、そこは通常営業だった。


「おー、ウェスカーにメリッサじゃないか!!」 


 食堂のコックたちが俺を出迎える。

 俺たちは、城にいる間ここに入り浸りだったので、常連なのだ。


「やあやあ。最近どう? とりあえず日替わり定食七人前」


「私三人前! あと、ボンゴレとパンジャとチョキのご飯も」


「はいはい。いやあ、最近はいけすかない外部の連中だってのが来てねえ。食べ方も汚いのなんのって。その点、二人とも皿がピッカピカになるくらい綺麗に食べてくれるから嬉しいよ」


「ははは、俺たちは美味しいものは太るまで食べ続けるからな」


 俺たちがむしゃむしゃとご飯を食べていると、兵士たちを引き連れた女がずかずかと食堂へ入ってくる。


「いたわね反逆者! まさかのんびり定食を食べているとか思わないわよ!! っていうかその量なに!?」


「また官僚か。ちょっと待て。腹ごしらえをしてから城を解放するから」


「もふふぉももふまぐ」


「メリッサ、口の中のものを飲み込んでから話すんだ」


「むぐー」


 再び食べることに集中する俺たち。

 痩せた女官僚は、キィーっと歯ぎしりした。


「お前たち、やっておしまい!!」


「ええ……」


「だって、小さい子もいるし……」


「ちょっとありえないよなあ」


 兵士たちは迷っているようだ。

 俺は六杯目の定食を、もりもりと平らげる。

 次に、七杯目に手を出した。


「もういいわ! 私がやるわ!! この魔石でねっ!! 現れろ氷よっ!!」


「あ」


 それは、城のテラスで接触した、痩せた眼鏡の官僚が使ったアレではないか。

 案の定、周囲の兵士を巻き込みながら、女の周りには氷の柱が突き立ち始める。

 女官僚の姿は、口が裂け、目が釣り上がり、耳の上から羊の角のようなものが生えてくる。肌の色が真っ青になっていくぞ。


「う、ウェスカーさん、あれってさっきの……」


「うむ」


 俺は七杯目を掻き込むと、もぐもぐしながら立ち上がった。


「メフィッファ、ひゅっふひひゃへへほ」


「ウェスカーさんこそ食べながら喋ってるじゃん」


「もふぉ」


 俺はもぐもぐしながら、女官僚であった魔物に向き合う。


「私ヲ、私ヲ舐めル男ハ、みんな氷漬ケにしてやル……!! 現れロ、氷ヨ!!」


 俺に向かって、氷の柱が生え、倒れ込んでくる。


「ふぉーふぁふふぁいふぁふぉーふ」


 俺はもぐもぐしながら魔法を行使。生まれた炎の玉が、真っ向から氷の玉とぶつかり、消滅させる。


「オノレ!! オノレオノレェッ!」


 だんだん姿が変わっていくな。女の背中から別の腕が生えて、腹と尻が一体になって、蜘蛛のように変わっていく。


「シギィーッ!!」


 女の口が縦に裂け、咆哮をあげる。


「ごっくん」


 俺は口の中の食べ物を咀嚼し終わり、飲み込んだ。


「氷ヨッ!!」


 特別大きな氷の柱が生まれた。天井をぶち抜いて出現したそれが、俺に向かって倒れ込んでくる。

 俺は口元を拭いながら、サービスで出たお冷を飲んだ。

 そして倒れてくる氷越しに元女官僚を見つめる。


 俺の目が紫に輝いた。

 それは発射されずに留まり、どんどんと輝きを増していく。

 倒れてくる氷柱が接触する瞬間だ。


「ダイナミック・エナジーボルト」


 俺の目から、溜まりに溜まったエナジーボルトがぶっ放された。

 接触した氷が、一瞬で魔力の塊に分解される。直進したエナジーボルトは、正確に女官僚だけを打った。


「ギョッ」


『ウグワーッ』


 女官僚と、多分彼女が身につけていた魔石、二つの悲鳴が聞こえた。

 それで終わりである。

 兵士たちの真ん中には、もう誰もいない。

 俺のエナジーボルトで、ばらばらの魔力に分解されてしまったのだ。

 ははあ、これがエナジーボルトの本領なんだなあ。


 俺がお冷のカップをテーブルに置くと、戦いの光景を見ていた兵士たち、みんな半笑いになった。

 全員、武器を下に落として両手を上げる。

 

「ひょえー、まさかあの官僚女が魔物だったとはねえ……」


 コック長がびっくりしている。


「ありゃ多分、魔物にされちまったんだろう。騙されたんだろうなー。あ、ここに器置いてくね。美味かった」


「じゃあねみんな!」


 食べ終わったメリッサが、満足げにお腹を撫で撫でしつつついてくる。


「おう、またな!」


 かくして、食堂との別れである。

 さて、次はどこに行こう、と思ったら、外が騒がしくなってきた。

 ユ解戦線の人々が、こっちまでやってきたらしい。


「おっ、出迎えにいこうぜ」


「ウェスカーさん、ほんとノープランだよねー」


「ハハハ、いつも通りプランなんかないぞー」


 降参した兵士たちを後ろに従えて、正面扉から出るのだ。


「ほい、開門よろしく!」


「あのー、その、命令が上から出て無くて……」


「そうなの?」


 門の開閉を担当しているらしき兵士が、困った顔で頷く。


「じゃあ、スマートに開けるよ」


 俺は門に手を当てた。


集束フォーカス炎の玉ファイアボール……三連でどうだ」


 俺の頭上、胸の辺り、足元に、凝縮された炎の玉が生まれる。

 これを門にぶつける。

 すると、炸裂した部位が爆散しながら外に向かって飛んでいく。

 ちょうど、人ひとりが通れるくらいの隙間ができたわけだ。


「ああ……、また門が……!」


 門番が嘆いた。

 前もこうやって門を壊して外に出たもんなあ。

 前回は魔法合戦の前。レヴィアを外に出すため。

 今回は、レヴィアを城に迎え入れるためだ。


「ぶいー!」


 そこに、直立した子豚と言った外見のチョキが飛び出してきた。

 どうやら先鋒を務めるつもりらしい。


「よーし、がんばってチョキ!」


「ぶい!」


 メリッサの応援を受けて元気百倍。チョキが外に飛び出していった。

 そしてすぐに、「ぶぶぶ、ぶいー!!」とか慌てながら戻ってくる。


「ぶい! ぶぶぶい、ぶいー!」


「ええっ!? 本当!?」


 メリッサに飛びついて状況報告をするチョキ。

 彼女だけは、チョキの言葉が分かるのだ。


「何て言ってるの?」


「あのね、外で、空に大きな魔物が出たって!」


「へー」


 大きな魔物ってどれくらい大きいんだ。

 ハーミットくらいか?

 あれが俺が見た中で一番大きい魔物だな。

 俺は興味津々、外に出てみた。

 すると、なんだか空が暗い。

 まだ昼間だったはずだが……。

 見上げてみると、とてもおおきな緑色のものが空を覆っているではないか。


「なんだいありゃあ」


「あれが魔物? おっきー……! ハブーと同じくらいあるんじゃない?」


 なるほど、メリッサの言うとおりだ。

 一見して、平たい緑の板みたいに見えるが、その端っこには空が見えている。

 ひし形をした巨大な魔物なのだ。


『民衆が愚かな反乱を企てていると聞いてやって来てみれば、なんじゃこれは!? 完全に街を掌握されるところではないか!!』


 空から怒号が響いた。

 この声、音が大きすぎて割れているが、多分、『魔将の陰謀により王国が根底から揺るがされた闇の集まりの時』、略して例の事件に出てきた、魔将オペルクのものだろう。

 俺はふわりと空に舞い上がった。

 緑の魔物に近づいてみる。

 この魔物はよく見ると、長い尻尾が伸びており、頭に当たる部分は尖っておらず、触覚みたいなものが生えている。

 両端は翼というか、羽がないのっぺりした膜みたいになっていて、ひらひら蠢いていた。


「ウェスカー! 見事に城の内部に入り込んだようだな!」


「おっ、姫様、ご無事でしたか」


 門の間近までやって来ていたレヴィアである。

 俺に地上から手を振る。

 俺も手を振り返し、互いの健闘を称え合うのだ。


「ところでウェスカー。頭上にこれはいささか邪魔だな」


「ですねえ。暗くて叶いません」


「吹っ飛ばせ」


「へい」


 俺はレヴィアからのオーダーを受け、全身から魔力をみなぎらせる。


「甥っ子、後ろ、後ろだ! でかい尻尾が来てる!」


「ウェスカーさん気をつけて!」


「これは、速いっ! 振り返る暇は……!!」


 俺は仲間たちのアドバイスを受けて、ローブの後ろを大きくまくった。

 俺からは見えない。だが、ある部分が凄まじい紫の輝きを放っているはずだ。


『なっ、何ィーッ!? この男の尻が、尻がまばゆく輝いている!!』


「さらば、俺のズボン!! エナジーボルト・フルバースト!!」


 俺の背後に、光の大爆発が起こった。

 全天を覆い尽くすほどの、魔力の奔流。

 まともに食らった巨大な魔物の尻尾が、一瞬でバラバラの魔力に分解されていく。

 そして、魔法の余波をくらい、魔物は王都の空から跳ね飛ばされていった。


『んなーっ!! ば、馬鹿なーっ!! わしが生み出した、ギガント・マンタがーっ!!』


 かなり向こうで、ズズーンッと大きなものが落下した音がした。

 俺はスッとローブを下ろす。

 犠牲はズボンだけである。

 このような大規模の魔法を制御できるようになった俺は、自分の魔法で吹っ飛ばされるようなことは最早……あ、いや、多分ない。


「お……おのーれぇっ!!」


 残るは、振り返った俺の頭上に浮かんだ、不思議な魔道具に乗る老人。

 魔博士オペルクのみであった。


「ウェスカー、とりあえず降りてくるのだ。見える、見えてるから」


「あ、はい」


 レヴィアに言われて、着陸に入る俺なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る