6ー2





 明朝の四時



 

 高速道路を走る車の振動のリズムが睡眠の後押しをする。両手を太もものところに置き、頭と体は自然と扉に預けていた。




「……ま、………主様…………、当主様」


「……うん?」


「御睡眠の所すみませんが、もうすぐで着きます」


「もう……ですか、分かりました」



 専属運転者の声で、睡眠の世界から目を覚めた私は窓から外を見た。


 走っているので、右から左へと視界から素早く現れては消える道路の壁に、横を見れば、私の付き人である女性が寝ていた。




「フフ、気持ち良さそうに寝てますね」


「……むにゃ……むにゃ……」


「……フフ」

(もう少し寝させておきますか)




 隣で寝ている付き人を見て、少し微笑ましくなった私は真っ直ぐ前を見ると、バックミラーで運転手と目が合った。


 運転手は私と目が合うと同時に被っていた帽子を深く被り、私に質問を問いだしてきた。



「どうか致しましたか……?」


「いえ、どうして当主様は……黒龍会の所に行くのかと、思いまして」


「む、黒龍会では無く、アスタロトグループの社長に、です。そこら辺の認識を間違ってはいけませんよ?」



 運転手が言った言葉に不服を感じたのか、頬っぺたを少し膨らまし、不機嫌そうにして、運転者の言葉を訂正した。



「すみません。でも……どうしてでしょうか?」


「そう……です、ねぇ〜」



 少し考えた素振りした後、手元にある鞄から何かを取り出し、それを見ると再度微笑んだ。


 運転をしているのもあり、バックミラーでチラリと見ても隠れていて、何を取り出したのか分からず、こちら側からは見えなかった。



「一人の男に会う為……ですかねぇ〜、フフ」


「一人の男……ですか?」


「はい。特別の人です」


「………そう、ですか」

(高尾家の当主が"特別"と言わせる男……どんな人だ?)




 運転手の男は少し興味が湧いたが、僅かに恐怖も湧いた。



 先先代から受け継いでいる高尾家の専属運転手として受け継いだ男は、高尾家の表や裏を少しは知っている。


 三大反社会的組織、『黒龍会』『東海組』『鬼頭組』などが長男では無く、長女の千夜様を支持し、当主の座に座らせたのだ。


 

 しかし、その後がヤバイかったのだ。



 三大組織が千夜様を支持する事で、高尾家の関係のある企業や組達などは了承したのだが、まだ、長男を当主の座に座らせようとする輩がいたのだ。



「……」

(当本人である長男は行方不明だけど……)



 それは勿論利権、利益を求める同じ人間としてあり得る事だと思うのだが、ある日から忽然と次々と企てていた輩達が表舞台から消えていっているのだ。


 病死、事故死、突然死、行方不明、確かに日常的に過ごしていても起こりゆる事だが、どの人達も亡くなった後の後継者の引き継ぎが恐ろしく早く、そして引き継いだ皆は、現当主に反する対応はしなかった。



 



 そう、考えてしまう。



 ゴクリと唾を飲み、再びバックミラーを見るとごく普通にいる品性のある少女にしか見えない。高尾家の元で生まれ、教育され、立派な当主となった……が。しかし、本当の姿は……考えたくもない。


 これまで思ったことが本当なら、先代当主を病死と見せかけて殺したのでは……?と思ってしまう。そう考えると嫌な汗が出てくる。




「……」


「どうかしましたか?」


「い、いや……なんでもありません」

(真実は神と千夜様しか知らない……か)




 やったのが千夜様であっても自分の仕事は運転する事だ。まだこの業務に慣れないといえ、変わりはしない。それが専属運転手としての指名だ。と、そう決めた運転手は、兎に角、目的地に早く着く事を願っていた。







(……私は、貴方に会いたくて、この様な行動に移してしまいました。………フフッ、なーんて、恋する乙女の行動力を舐めてはいけませんよ?達也様)






 千夜の目に写るのは輝き、この世を照らしている太陽だが、心に写っているのは……一人の男だった。










「ぶえっくしゅっん!!!」


「んんっ?風邪か?達也」




 現在、俺は香坂と焼肉店にいる。



 周りには他の客をおらず、和室のような内装で二人で使うにしても広すぎると思うぐらいの個室部屋で焼肉をしている。しかし、目の前焼かれているジュージューと鳴っている肉達の音と匂いは俺の食欲を唆る。



「あー……花粉かねぇ〜……あ、それ俺の!」


「へへぇ〜ん、いただきまーす」


「ちっ、じゃあお前の領域の牛タンを貰うからな」


「んっ!?……ぷはっ、私のマイターン!」


「うまうま〜」



 我が領域にある聖肉を食ったんだ、これくらいの代償は当たり前だ。


 俺が懇切丁寧に育てていた牛肉を食べられたので、仕返しに牛タンを食べてやった。モグモグと食べている俺を親の仇だと言わんばかりに睨んでいた。




「私が……育てていた、牛タンを……」


「うぅ〜ま。お前が、もぐもぐ……俺の食べたからだ」


「くぅ〜、何も言い返せな〜い」


「あったりめぇだ」

(ヨホホ、やはり牛タンは美味しいですなぁ〜。それも他人が育ててたお肉は尚更)




 俺に食べられた事に悔やみながらも、追加に来た肉を熱々に熱しられている鉄板の上に敷いた。


 それにしても、この焼肉店は高級店で三ヶ月前に予約をしないと入らない……と言われているのだが、それは香坂の財閥の力だろう。




「あ、そうだ……。ここに来たのは焼肉を食いに来ただけじゃないんだった」


「へぇ〜、お前の事だから仕事をほったらかして来たのかと思ったけど、ちゃんと仕事してんだな」


「……………」(ジィ〜)


「で、なんかあるのか?」


「……まぁ、良いか。それで用事というか仕事というかーー」




 香坂は鞄から黒くて四角物ーータブレットを取り出し、電源をつけて、何かした後、俺に手渡しして来た。


 タレにつけていた焼肉を口の中に入れ、画面の内容を黙読した。




「…………は?」


「あ、この肉出来てる。もぉ〜らい!」


「ちょ……なんだよ。これ」


「ん?何って、動画だが?」


「は?」




 あっからんと言う香坂に一言、言ってやりたかったが、それよりも動画の内容が気になり、動画の続きを見始めた。


 動画の内容は、大都会の駅で東海組の傘下の組と鬼頭組の傘下の組が暴動騒動を起こしていたのを、近くにいた人達が撮ったものだった。




「暴動に至った原因は不明。警察も動かざるおえなくなり、機動隊を手配したんだが……」


「火に油を入れる事となった……か」


「そう。鎮圧は出て来たが、それを火蓋に他方面でぶつかり合いが起きているんだ」


「……」

(巨大VS巨大……面倒せぇぞ。そりゃ)




 それを冷静に淡々と告げている香坂に俺は少し違和感を感じたが、今は必要ないと思い、話を続けた。


 話を聞く限り、この事に本元の鬼頭組と東海組が関与しておらず、勝手に傘下の組達がやり始めた………とんだ迷惑だ。




「それでだ。私からお前に言いたい事がある。言いたい事と言うか、忠告だ」


「……ん?」

(言いたい事?忠告?早く学校に来いって言いたいのか?)




 タブレット越しに香坂を見ると……香坂が俺を見ている両目は至って真剣で、オッドアイの綺麗な瞳に吸い込まれそうだった。




「この件に首を突っ込むなーー。以上」




 言った意味が分からなかった。



 意味は分かるが、それをどうして香坂が言う意味が分からない。




「時間が経てば私が言わなくても知ると思ってあえて言ったんだ。だから、その上で私は君に危険を冒して欲しくないんだ」


「危険って……そんなにーー」


「君は今、自分の立場を分かっているか?」


「……立場、て言われても…」


「弱冠17歳と言う年齢で、様々な業界で君臨する"アスタロトグループ"の二代目会長。そして新星の如くに現れ、数々の古参の組織を潰しては己の存在を知らしめた"黒龍会"の組長の座に座った……君は、一般的に異常な立場なのだよ」




 改めて言われると、何も言えない。



 確かに異常と言えば異常だ。高校生という立場でありながら、会長と組長の座にいる事は、異常以外に言えない。



「私は、いつも思うんだよ」


「何を……?」


「君は、色々と背負い過ぎている……と、な」



 真剣な眼差しで見てきた両目は、悲しそうな目になっていた。



「背負い過ぎている……か、確かに俺は背負っているな」


「なら……!」


「じゃあ、どうしたら良かったんだ?その時の俺に選択肢はあったのか?」


「……」


「小さい頃の俺に選択肢は無かった。いや、あった。だから、今の現状ってなわけだ」




 事故で亡くした両親、父親が残した社と組、まだ小さかった頃の俺………俺より年上な香坂でも、頼れる歳では無かった。


 唐突に主を無くした黒龍会とアスタロトグループを分断させまいと俺を継がせようした海堂に、父の跡を継ぎ、残さなければならないと思った俺には海堂の案に乗る事にしたのだ。




「いない者はいない……って、いくらそう思っても寂しいもんだよ。親の顔を知っている俺にとっては尚更な」


「……すまない」


「お前が謝る事じゃないーーって、言ってもお前って結構、責任感感じるタイプだから意味ねぇと思うが………」




 俺は懇切丁寧に面倒を見た牛タンを香坂の取り皿に入れてやった。




「ま、これからも"人として生きる"と言う"人生"は映画みたいに3時間程度では終わらねぇんだ。楽しくいこうぜ?」


「……達也」


「ほいほい、これも焼けてまっせ」


「………よしっ!食べるぞっ!」




 さっきまで気まずかった雰囲気を無理矢理壊すかのように焼けた肉をタレにつけては、口の中へと入れていった。



 香坂とは、幼馴染の関係だ。



 香坂は少し年上もあってか、よく振り回されていた。あっちに行っては、こっちに行っての繰り返し、正直……迷惑だと思ってもいたが、それが良いと思っていた。


 その関係がずっと……ずっと続けば良いとも思っていたが、そう簡単には行かないものだ。




「……」

(当たり前だった物や事は、"いつも"あるわけじゃない。ちょっとした事で、全てが一転する事もある)


「………達也」


「……ん?」


「私が……生きている間は、いなく……ならないでくれ。じゃないと、なんだろう……声に……すまない。口に、言葉に出来ない」


「俺はそんな簡単にいなくならねぇ〜よっと。それに、ストーカー気味のお前がそんなに弱気になってんじゃねぇよ」


「ククッ、それもそうだな。悪い、変な事を言ったな。謝るよ」


「いやいや、ストーカーの所は否定してくれよ」




 何か気づいたか、何か諦めたか、は分からないが、変な空気でうまい飯を食うよりかはマシだと思い、飯の続きをした。




(すまねぇな、香坂。悪いが"この件"に首を突っ込むかもしれねぇ)





 海堂から数分前からのメールを見て、そう思った。








『会長、鬼頭組と東海組が今回の抗争での仲裁役をしてくれ、と来ました』








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