5ー17
俺は結衣と待ち合わせをしている。
アリスの公演時間は、8時。バスを乗って公演館に向かおうと約束し、バス停に行く前に、喫茶店へと向かって行った。
バス停近くにある喫茶店に入ると、店員の一人が何名かと聞かれ、後で一人来ると言って、二人席の所を案内された。
「何かお決まりですか?」
「えーと……」
(俺はアイスコーヒーとして……アイツは、なんで良いか)
今の時間は5時ぐらい。結衣との待ち合わせ時間は、5時30分。公演館に向かうバスの時間は5時45分なので、食べ物は選ばず、飲み物だけ選んだ。
注文を受けた店員は店の奥へと行き、俺は内ポケットに入れてあるスマホを取り出した。さっきから振動しており、マナーモードにしていたのを忘れていた。
「俺だが」
『公演館内外の警備員の配置完了しました。護衛対象は、蒼山ホテルから公演館へと向かっていると言う事です』
「護衛はいるんだろうな?襲われるのは公演館とは限らんからな」
『護衛車二台。黒龍組の約8名を護衛ついております。逐一、報告を受けているので、大丈夫かと思います』
「そうか……それなら良い。あぁ、それと、公演館の管理ルームは無人にしておけ」
『管理ルームは、公演館の防犯カメラ、電灯などを管理しておりますから、警備員を配置したら良いかと、思いますが』
「お前の言い分は正しい。だが、俺が要らないと言ったその通りにしたら良いんだ」
『……分かりました。管理ルームには警備員を配置しないようにしておきます』
「あぁ、頼んだ。俺もそっちに着いたら、顔を出す」
海堂との会話は終わり、スマホを内ポケットに入れた。
テーブルの上を見ると、既にアイスコーヒーとブラックコーヒーが置いてあり、電話をしていた俺に気を利かせてくれたのだろう。
そう思い、アイスコーヒーを飲んでいると、喫茶店に一人の女性が入ってきた。入ってきた女性は店内をキョロキョロと見た後、俺を見た途端、俺の方に歩いてきて、目の前の席に座った。
「時間、ギリギリだな」
「あはは……すみません。アリスと話してたら遅れました」
「まぁ、構わん。俺も待ち合わせをしているからな。さっさと終わらせよう」
「はい」
目の前にいる女性は、両膝の上に両手をグッと握り拳を作りながら、緊張していた。
俺が次に言う言葉に、覚悟が出来ているのか、それとも自分が一番望んでいる言葉を言って欲しいのかは分からないが、この女性にとっては、良い事だと俺は思っている。
「橘 優子、アリスの帰国と同時アリス母国にあるアスタロトグループ支社に赴任しろ」
「い……良いんですか?」
「お前からのお願いやら相談の内容が、『アリスについて行きたい』とはねぇ……護衛の依頼報酬の事を忘れたのかと、ツッコミを入れたかったよ」
「す、すみません……」
「まぁ、またまた向こうにもうちの支社があったし、そこで働きながら、アリスに会えば良いだろう」
「ありがとうございます……!」
小さなため息をつきながら、アイスコーヒーを飲んだ。
前日の夜。残りの仕事をしていると、橘から電話があり、その内容が『アリスと向こうに行きたい』と言う訳の分からないものだった。
アリスの護衛報酬は『橘が俺の部下になる事』。この願いは、それを無視する事である。それも公演日前日からそんな事を言う事は、怒りを買う事にもなる事ぐらいは分かっていた筈。
しかし、何故、俺が向こうに行く事を許可し、向こうに赴任するように手配した理由は、【有益】だと思ったからだ。
「どうして、会長は私を行く事を許したんですか?」
「気まぐれ……と言っても、信じては貰えんだろうな」
「はい」
「……即答かよ」
理由は、こいつ自身、英語を流暢に話せるスキルを持っており、向こうで有効に生かせると思ったからだ。
海外に赴任されていると言っても、その国の言葉を書けない、言えない一人は多数いる。だから、橘が行くことは我が社の有益にも繋がる事だ。
後一つ。それは、有名な歌手の知り合いである事だ。《有名人の友人》の肩書は大きい。誰もが知っている有名な歌手の友人が務めている会社と言うだけで、印象は残る筈だ。
そんな事も分からず、嬉しそうにブラックコーヒーを飲んでいる橘を見ながら、アイスコーヒーを飲み干し、席を立った。
「先に行っているからな。お前も後から、アリスに顔を出しておけよ」
「分かりました。例の件、認めて下さり、ありがとうございますっ」
「あー……うん。別に良いが、後は頼んだぞ」
「はいっ!後は、お任せーーって、なんの事?」
そそくさと、店を出た俺は、悪そうな笑みとお会計を残し、バス停へと向かって行った。
ーーー
橘と別れて、バス停へと向かった俺は腕時計を見ながら歩いていた。
「………後、10分か」
(まだ、余裕で間に合うし、バスにも乗れるか)
余裕で間に合うとしても、結衣を待たせるのはどうかと思うので、急ぎ足でバス停に向かうと、反対側から小さく手を振る結衣がいた。
俺も結衣に会えた事に微笑み、手を振り返した。
「……間に合った?」
「あぁ、俺もちょうど来たところだけど……」
「……ん?……どうかしたの?」
結衣の着ている服は、白色と水色が象徴されているワンピースを着ていた。
夕暮れで、周りは薄暗くなっているが、学園で美少女として言われている結衣が来ている為、とても綺麗で………可愛かった。
その証拠に、バス停で待っている青年や中年男性までも結衣に釘付けだった。まぁ、俺もその一員ですけどね。
「その服って……あの店で買ったやつか?」
「……うん……心ちゃんが、似合う!って言って」
「ふむふむ」
(竹本ぉ!ナイスだぁ!)
俺は心の中で、あの日に会った竹本に感謝し、そして、こうして見れる事に幸せだなぁ〜と感じていると、結衣は自分が着ているワンピースと俺を交互に見ながら、頬を紅く染めていた。
「……ど、どうかな?」
「すぅーー……正直に言いますと」
「……は、はい」
「めちゃっ、くちゃっ、良いすっ!」
「………………ありがとぉ」
ドスレートの直球で言って欲しかったセリフを言われた結衣は、持っていたカバンで顔を隠し、しゃがんでしまった。
やってしまった……と感じた俺は結衣が隠しきれなかった真っ赤に染まっている耳を見て、照れているんだなぁと思った。
何故か、周りにいる人達も恥ずかしそうに気を利かせてくれているのか、目線を逸らしてくれていた。
「お、おぉ〜い。結衣さ〜ん。もうすぐ、バスが来るんだけどぉ」
「……ぃ」
「え?なんて言ったのーー」
「……達也のせいで……恥ずかしくて……動けないよぉ」
「うぐっ…」
(その反応は、反則ですわぁ〜!)
カバンから少しずらして見ている結衣の顔は、薄く紅く染まっていた。そこまで嬉しかったのか!と思うと俺も嬉しくなり、ニヤケてきそうになった。
それでもバスがすぐに来るので、しゃがんでいる結衣に手を出し、結衣は数分考えた後、俺が出した手を取って立ち上がった。
「……もぉ、達也の……バカ」
「すんません……つい、結衣が可愛くて、ね?」
「……っ!?……また、そうやって……!」
「いや、だってねぇ〜?」
「……だっても、無い……………けど、嬉しかった」
「そ、そっか」
「……うん」
これからと言うのにも関わらず、お互いに意識し合い、公演館に着いてやっと気づいた。
ずっと、手を繋いでいた事に
その事を気づいた達也と結衣は、公演館行きのバス停のベンチで赤くなっている顔を冷ますのに数分を要したとさ。
ーーー
誤字、脱字などが有ればコメントしてください。
作者☆
あっぶねぇ〜。この話が書き終わるのが更新予定時間のギリギリだった〜。
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