5ー7
『はぁ?この子供が責任者ぁ?』
俺は今、アリスとご対面になっているところだ。
アリスは、護衛の責任者から観光の許可を貰うために荷物を部屋に置いてからロビーで責任者を待っていたのだ。
待っていた結果、二十歳に満たない子供の俺が出てきたってわけか……
『本当に貴方が責任者なの?17歳で現役の学生がぁ?』
『アリス。彼は学生だけど、アスタロトグループの偉い人で……信じて貰えないと思うけど』
『橘がそう言うなら、そうだと思うけど……大丈夫なの?』
俺は目の前で座っているアリスとジャーナリストの橘の会話は分からんが、アリスが見てくる目から不安そうだと言う事は分かった。
誰だってそうだろう。これから守ってくれる人の責任者が二十歳にも満たない子供となると……不安だろうな。
実際、俺も悩んだ。
俺が責任者です、と言って前に現れても信じてはくれないと思っていたし、秘書の海堂を責任者にして話させるのも考えた。
でも、時すでに遅し。
「橘」
「は、はい!」
「俺から喋る事を翻訳して、彼女に言ってくれ」
「分かりました」
俺から言う事は、二つ。一つ目は、護衛対象のアリスが在日する期間の間は、我が社が護衛し、公演をする時の会場の警備もうちが受ける事。
『つまり、貴方の会社が私を守ってくれるって事ね』
「……あぁ、そうだ。貴方の友人からの依頼で護衛と警備を受けた。勿論、在日する間の期間だけだ」
そして二つ目は、アリスが希望していた『観光』だ。本当なら公演当日まで手配したホテルにいて欲しいのだが、アリスも人間。動いてないと気分が悪くなるのは分かってはいるが、どうしても外にいるとなると守れない場面が絶対にある。
しかし、護衛対象は米国の有名な女性歌手。不当な扱いをしていたら、うちの会社や我が国に多少なりの負の感情を抱く事になる。
それを避けるためには、ご希望の観光をするしかない。
「観光の件だが……護衛付きなら、観光を許可する事にした」
『それは駄目よ』
「……は?それはどうしてですか?貴方は一応、護衛対象な筈」
『……私は、自由が良いの。仕事なら仕方ないけど、プライベートは別。公演の警備以外はやらなくて良いわ』
「……マジかよ」
護衛が要らないって、どう言う事だよ。あんた、一応狙われてる身だぞ?いくら犯罪件数が低いこの国でも"絶対"では無いんだぞ。
護衛対象のアリスから護衛を要らないと言われたのは予想外だった。確かに責任者が俺だと不安になるのは分かるが、俺が護る訳でも無いし、要らない理由が分からなかった。
どう言う事かと、目線で橘の方を見ると、あたふたと俺とアリスを交互に見ていた。
「おい、どう言う事だ……」
「え、えぇ〜と、アリスは向こうでも護衛を雇う事が無くて……、事務所は護衛を付けたいと言っていたらしいですが……」
有名になったアリスに所属する事務所は護衛を雇い、付けないのだが、本人はそれを良しとせず、アリスの飲み物に毒物が入れられる件でも護衛は要らないっと言っていたらしい。
だから、橘は俺に脅迫紛いでアリスを護衛するように言ってきたのか……普通の警備会社なら彼女の要望を聞くと思って……かと言って、今回は面倒な奴らが狙ってるし、無理だな。
「すまんが……その願いは聞き入れない」
『どうして?貴方は私の護衛と警備を受けた責任者でしょ?護衛対象の私が要らないと言ったんだから、要らない』
「……こっちは、貴方の身の安全を守る為に依頼された側で……護衛付きで、受けて貰えないのなら、観光は出来ません」
『……私がこれだけ言っても?』
「……勿論」
アリスは、観光の時に護衛を付けなくて良いと主張する。俺は、身の安全の為に護衛を付くべきと主張する。お互いは睨み合うように見ていた。
アリスの隣にいる橘やマネージャーのマーリは、心配そうにアリスを見ていたが、お構い無しに睨むように見てきた。
アリスの護衛が要らないと言う事に俺は訳が分からなかった。理由はともあれ、観光の件に関しては許可は出せない。私利私欲の為では無く……多少はあるが。
『あっそ。所詮、子供ね。聞き分けが悪い子供は、大人しく大人の言う事を聞いていたら良いのよ』
「……それでは、公演日までごゆっくりしてください」
俺が護衛の件で譲らないと悟ったアリスは大きくため息をつき、ちょっとした悪口を言って、用意した部屋へと向かって歩いて行った。
張り詰めた空気から、解かれた俺はネクタイを緩めながら、疲れたように心の底からため息を吐いた。
「橘」
「ひゃ、ひゃい!」
「これはどう言う事かなぁ?俺が納得するような理由が勿論っ、あるんだよなぁ?」
「そ、それはですねぇ〜……」
「俺は別に構わないぞ?お前が納得するような理由を言うまでここでいるからな?勿論、お前は逃さん」
「……オーマイガー」
あんなじゃじゃ馬だった事を教えてなかった橘に数十分説教した後、本社に帰る事にした。
アリスの護衛に関しては明日、傘下の警備会社の者と組員を多数、ホテルに送る気であった。
橘も説教した後、ホテルに泊まるように言い伝え、アリスの監視役としても言い渡した。
そんな事を考えていると、電話に出ていた海堂がスマホを持って俺へ渡してきた。
「会長、お電話です」
「ん?誰からだ?」
「この地方を任されている支部長からです。会長が来た事があの兄弟に知られたみたいで……」
「そっか……ここの地方はあの兄弟に任してたな……」
アリスの護衛や公演場の警備の事で、この地方でアスタロトグループ支部長として経営している"あの"兄弟をすっかりと忘れていた。
「もしもし、俺だがーー」
『会長ぉ〜!来るなら言って下さいよぉ〜、前もって言ってくれたら、良い女でも用意出来たのにぃ〜!』
「炎悟か、すまないな。俺も仕事で来てたんだ。今度、プライベートで来た時に頼むわ」
『わっかりやした!じゃあ、今夜は宴かーーあ、兄貴ぃ?!どうしーーぐへぇ!?』
「ん?どうした?」
『はぁ、はぁ……すみません、会長。うちの馬鹿弟が失礼を…』
「別に構わんぞ。炎悟の性格は、元からよく知ってるからな。氷宮」
電話越しから氷宮の声と『兄貴ぃ〜、なんで殴るのぉ〜』と言う声がたまにに聴こえてきた。
この二人は実の兄弟では無い。小さい頃から一緒に過ごし、何か馬鹿な事をする時は二人一緒だと本人達が言っていた。
ここの地方のアスタロトグループ支部長を兼任している二人でもあり、黒龍組の特攻隊隊長でもあった。頭がキレる兄貴『氷宮 達』喧嘩上等の弟『炎悟 誠』。組の中でも若者だが、二人の兄弟の名は広く知られていた。
『兄貴ぃ〜、いきなり、どつくのは酷いじゃないすか〜』
『お前はっ……電話をしている相手が分かっているのか?』
『えぇ〜と……俺達の上に立つ人!』
『おまっ………すみません、うちの馬鹿が失礼しました』
「アハハッ!お前ら、相変わらず仲良しだなぁ。羨ましいよ」
『ほらぁ!会長も兄貴と俺の仲を認めて下さってるんだよぉ〜っ!?』
『お前は一回黙ってろ!おい!この馬鹿をゴミ袋に詰めて、生ゴミの日に出しとけ!』
まさか、会社に向かっている最中に兄弟喧嘩を聞く事になるとは思っても見なかった。
しっかし、この二人は仲良しだねぇ〜。俺が組を受け継ぐ時にした式にも居たからよく知ってるが……。
電話越しから聴こえてくる氷宮と炎悟の言い合う声を聞きながら、待つ事にした。なんだかんだで、最終的には仲直りになるだろ。
「今、兄弟喧嘩で忙しいなら後で掛け直すが……」
『いや、ゴミの片付けは終わったので大丈夫です。それより、今回はどう言った件でこちらはいらっしゃったんですか?』
「それはーーー」
俺がここに来た経緯を全て話した。
隠しても利は無いし、護衛・警備の件もこの二人に任せても良いかと思っていたからだ。その護衛対象が護衛は要らないと言ってるから言うや迷っていたのだ。
『なるほど……我々がそのアリスとやらを護衛したら良いんですね』
「あぁ、観光は諦めて貰うから、明日から蒼山ホテルに向かってくれ。うちからも数人送る」
『分かりました……しかし、今回はただの護衛だけでは済まないと思っているんですが』
流石、氷宮。弟の炎悟と違って頭が良くキレるねぇ。しかし、どうしようか……面倒な奴らが絡んでいる事は言っても良いのか…?
面倒な奴らは、《諜報部》で処理しようかと考えていたからだ。表沙汰になるのは良しとしないし、裏で片付けれるなら片付けたい。
だから、この兄弟に言うのに躊躇した。
「お前らが気にしなくても良い……と言っても納得はいかないか?」
『納得は……してませんが、会長がそう決めたのなら、従います』
「そうか、助かる。お前がいないと暴走列車の炎悟が暴れて、また、サツにお世話されるからな」
『今度はそうならないように気をつけます』
「あぁ、頼んだぞ」
電話を切り、ポケットにしまった。
アリスの護衛の話は終わり、今度は会長としての仕事が待っている。護衛は要らない事やアリスの事を狙ってる組織の件などの面倒な事が起きていると思っていたが、計画的に行動すれば、どうにかなると思っていた。
しかし、そんな甘い考えは神様が許してくれなかった。
ーーー
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