第37話 何か裏があるような、そんな気がするのです。


 そして再びの中庭! である。


 本日も自身の指定席である中庭のベンチの側で日向ぼっこをしていると、毎度の如くベンチに腰掛けるのは我がご主人様。


 彼女もいつも通りダランとベンチに身体を投げ出し、宙を眺めています。


 テオさんとのイザコザから一夜明け今日も上手に学友たちとは話すことも出来ず、中庭にて意気消沈してしまっているエルフリーデなのでした。


「結局何だったんだろうなぁ」


 本当、そういうところですよ。普通ただの犬は人間の話していることなんて分かりませんからね。

端から見れば完全におかしな光景に見えますが、そこはツッコマないであげましょう。


 でも確かに昨日の出来事には私もびっくりしてしまいました。


 テオさんの激情さにも驚きを隠せませんでしたが、何より驚かされたのはハルカさんの強さですよ。


 自分よりも体格の大きい男性を、蹴りを一撃見舞っただけで打ち負かしてしまったはるかさん。しかも彼女にはまだまだ余裕があったように思い出されます。


 アニメで彼女の強さの一端は理解していたつもりではありましたが、実際に見てみると恐ろしさすら感じます。


 アニメの中ではそんな彼女の拳がエルフリーデに見舞われたのですよ。

 ……うん、今後も気をつけるようにしましょう。


「びっくりしたよね? あの後テオくんは大丈夫だったのかな?」


 戦々恐々とする私にぼんやりと呟くのですが、自分に敵意を向けてきた人の心配をするというのは……


「そんなにめんどくさそうな顔しないでよ! ちょっと冷たくない?」


 違いますよ、本当にお人好しだなって思っているだけですよ。

 エルフリーデに対して冷たいのか、それともテオさんに対してなのか……まぁどちらに対してでしょうね。


 私個人としては、今回テオさんに同情する事など出来ないのです。

 正直今でも彼に対しての怒りは治まっていないのですから、こんな態度になってしまうのは無理もないでしょう。


「……ハルカさん、本当に凄かったね」


 事実、ハルカさんの制止がなければ間違いなく私が彼に飛びかかっていたのは間違いありません。彼女の一撃があったから、今こうやってヘラヘラとしているわけなのですがね。

 改めてハルカさんの凄まじさを理解することが出来たのですから、ここは良しとしようかなんて、エルフリーデもヘラヘラとしていますよ。

 ですがそんな表情が一転、彼女の表情が難しいものに変わります。


「わたしはなーんにも進歩ないのになぁ」


 声色には悲哀が混じり、瞳は虚に宙を泳いでいます。

 そんなことない……と言ってあげたいところですが、今日までの状況を顧みればそう断じてしまうのも致し方ないですね。


 それに私は分かっているのです。エルフリーデは単純に誰かに励まして欲しいわけではないと。

ただ自分の中にドロドロと山積する気持ちを吐露しないと前に進めない。吐き出す事さえ出来れば、ちゃんと前に進む事が出来る子であると、私はそう思っています。



 いつもはそうなのです。



 ですが何故かエルフリーデはつらつらとそう独言たあとも、神妙な表情をしています。


 はて、何かあったのでしょうか。

 まぁもしかしなくてもあった感じですよね、これって。


 あの後、ちょうど渡り廊下を通りすがった学園の教師の方を強引に中庭に誘導しテオさんを見つけてもらい、ホッとした後ベンチの側で寝ていた私。

陽も完全に暮れた頃にエルフリーデと一緒に過ごしている自室に戻った時にもこんな表情をしていたような気がしますね。


 ぼんやりしたような、うっとりしているような、そんな表情です。


 ハルカさんと一緒に医務室に行った時に何かあったのでしょうか。


「むしろさらに敬遠されてるみたいな気がするんだけど……まぁあんなところみんなに見られたらそうなるか」


 だからあんなことってどんなことですか? そこのところを詳しく教えなさいよ!


 思わず口から溢れる低い声に「分かったよ」と言いながら、医務室への道すがらの話を聞かせてくれるエルフリーデ。


 ハルカさんにお姫様抱っこをされた。

 そのまま医務室まで連れて行ってもらった。

 治療されている間も、ずっと不思議な気分だった。


 うむ、非常に簡潔に説明できているではないですか。

 何度も自分の中でその光景を反芻していたのでしょう。短い言葉ではありましたが、情景がハッキリと浮かんでくるような気がします。


 っておい、なんで私がいないところでそんなことしているんですか! テオさんなんて助けている場合じゃなかったですよ!


 私がいるところでやってくださいよ、というかやってよ! 想像するだけで……グヘヘ。



 ……冗談はここまでにしましょう。さすがにエルフリーデも私のテンションの上がり方にびっくりしていますから。


 詰まるところ、お姫様抱っこで医務室に連れて行かれているのを学友の方々に見られたことで更に敬遠されているのではないかと、エルフリーデはそう思っているということでしょう。


 まぁ周囲から嫉妬される可能性があることは否めません。

 しかし改めてエルフリーデを取り巻く状況を考えると、やはり私は違和感を拭えません。何か作為的なものを感じてしまうのですよ。


「あぁ、本当……どうしたら良いんだろう」


 本当にね。どうしましょうか。

 そうやって二人で思わずため息をつく私たち。そこを解決できないと友人はできないんだろうなと考えていると、やっぱりと言うのか、なんと言うか……再びトラブルの火種を抱えた人が私たちに声をかけてきたのです。




「カロリング様……」


 あー目を向けたくありませんねぇ。でも……しょうがないか。

 私とエルフリーデはほとんど同じタイミングで声の主に視線を向けます。

 するとどうでしょうか。昨日までの刺々しさはなく、少し物腰の柔らかい様子でこちらに歩み寄ってきています。


「テ……リヒトホーフェン様。ご機嫌麗しゅう存じます」


 思わず名を呼びそうになりながら、きちんと修正をかけるエルフリーデ。さすがに昨日のことは色濃く残っているのか、手を胸の前で強く結び、緊張している様子。


 しかしテオさん、なんで昨日の今日でまた声をかけてくることができるのでしょうか。

 タイミングというものがあるでしょうに。


「先日は失礼をいたいました……こんな謝罪で許していただけるとは思わないのだが、直接言わなければ気が済まなかったのです」


おっと、これは正直予想外ですね。素直にテオさんが謝罪してくるなんて。

少しは皮肉でも口にするかと思っていたのですが……どうやら杞憂だったようですね。


「大丈夫ですよ。大したことでは怪我ではありませんでしたし。この子が守ってくれましたからね」

「そうですか。君も本当に申し訳なかった」

「えぇ。リヒトホーフェン様もお気になさらずに」


 なんでしょうか。確かにテオさんの言葉はしっかりとお詫びを口にしています。

 それは間違いなく、彼の心からの謝罪だと伝わってくるのですが、やはり言いようのない

違和感があるのです。


彼がこの謝罪の先に何かをなそうとしている。そんな気がして仕方がないのです。


 ですが私のことを置いてけぼりに、エルフリーデとテオさんの会話は進んでいきます。


「リヒトホーフェン様は……お怪我は大丈夫ですか?」

「えぇ、大事ないです。彼女がすぐに人を連れてきてれたから」


 そう言いつつ、私の頭に手を伸ばそうとしてきますが、簡単に触らせませんよ。

 咄嗟に後ろに飛び退いて、彼の手から逃れる私。


 テオさんは少し不愉快そうにしていましたが、この疑問を解き明かすまでは簡単に心を許したりなんてしませんよ。


 えぇ、いくら元々好きだったキャラクターでも、そうは問屋が卸しません!


「それならよかったです。正直なかなか……」

「ハハハ、確かに将軍の元で訓練していた時を思い出すモノでした」

「ところでおじいさまとは―――」


 と、おじいさまのことを出されてしまっては反応しないわけにはいかないエルフリーデ。


 なんだかテオさんの掌の上で踊らされているような、そんな気がしてしまいます。


 やっぱりこの人、要注意人物かもしれませんよ。


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