第33話 攻略対象登場でテンション上がるのは無理もないです。
アーベルさんの時とは違う、明かに敵意を思った蛮声が私たちに突き刺さる。
声と、そしてその姿形を前に思わず私は言葉を失ってしまいました。
目の前にはスラリと身体の線の細い男性が一人。アーベル様とは違い、少し伸びた赤い癖っ毛が印象的な男の子です。
見た目は少しなよっとしていらっしゃる様にも見えますが、先ほどの大きな声を聞けば第一印象とは違ったモノを感じます。
普段であれば即威嚇というのが当たり前なのですが、私は彼の姿を見とめた瞬間に固まってしまったのです。
「あ……あー!」
固まった私を尻目に大声をあげるエルフリーデ。声色には興奮の色が混じっている様な気がするのは気のせいではないでしょう。
整ったお顔立ちをされているというのもそう思う一つの一因ではあります。
ですが正直に言いましょう!
私も、そしてエルリーデも美形だのどうのなんてものには興味はございません!
彼の魅力はそこではない! それは今この場で断言をしておくことにいたしましょう。この勝気な表情が少し歪んでしまうところが倒錯的でよろしいのですよ……グヘヘ。
「テ、テオ! テオ君!」
おっとエルフリーデが彼の名前を呼んでしまいましたね。
そう、彼の名前はテオドール・フォン・リヒトホーフェン。
『ときめき☆フィーリングハート』に登場するキャラクターであり、攻略対象でもある彼が……ついに、ついに! レオノーラ様以来のアニメに登場するキャラクターが登場してくれましたよ! テンションあがっちゃうじゃないですか、これは!
でも考えてみてください。テオさんとは今日初対面なのにいきなり名前で呼ぶっていうのもかなり馴れ馴れしい様な気がするのですが……。
「何がテオ君だ! 不敬にも程がある!」
おっと、やはりこの反応ですか。
最初に投げつけられた蛮声はそのままにテオさんは乱暴な足取りでこちらに詰め寄ってこられます。
確かにエルフリーデの反応は初対面の方には無礼であったかもしれませんが、ここまでお怒りになることはないと思うのです。
しかし向けられている敵意に対し、何もしないわけにはいきません。
寝そべっていた身体を起こし、努めて威嚇の唸り声はあげずにテオさんの動きに気を配りながらエルフリーデの前に立ちます。
チラリと私に目を向けてくるテオさんですが、すぐに視線はエルフリーデをきつく睨みつけています。
いくら無礼なところがあったとしてもここまでされる謂れはないでしょう。
これは少し不味いかもしれませんよ?
ですがこんな心配をよそに、私たちの前に立ちはだかるテオさんよりも大きな男性の影。
そう、先ほどから私たちの様子を見守っていたアーベルさんが厳しい言葉を放ったのです。
「不敬は貴様だ、テオ! 誰に向かってそのような口をきいている!」
「兄上、何を言っているのだ! 私は……」
「本当にこの方のことを知らないのか?」
「何を……」
「貴様、我らが師と仰ぐ方を口汚く罵ったのだぞ!」
「それは分かっている! しかし……」
突然のアーベルさんの言葉に困惑するテオさん。
言われている言葉の意味は理解しているのでしょう。言葉に詰まりながらも自分の主張を押し通そうとしていますが、おそらくおじいさまのことを耳にした途端に、語気は弱くなってしまいます。
「将軍のお孫様にその様な態度を取ることも許せんが、自分よりも明かに力のない者に対して高圧的な態度を取ること自体が許せることではない! 貴様は一体今まで何を学んできたのだ?」
思わず数年前の自分を思い出してくださいよとツッコミを入れたくなってしまいましたが、おそらく以前エルフリーデとのやりとりがあるからこそ、このアーベルさんの言葉からは重みが感じられるのでしょう。
本当に、ほんっとうに! アーベルさん、良い男性になられましたよ!
「……」
「一時の感情で物事を判断するのは身を滅ぼすと将軍からも常々言われていたはずだろう?」
「……返す言葉もない」
アーベルさんの言葉に意気消沈してしまったのか、少し拗ねた表情を浮かべながら黙りこくってしまうテオさん。
その肩に手を乗せながら、アーベルさんは何やらひそひそと話しかけていらっしゃいます。
あまりに小さい声で私たちには届いてきませんが、励ましの言葉でもかけていらっしゃるのでしょう。
一触即発の様相を呈していただけに、少しホッとしてしまいます。
何度か言葉を交わした後、アーベルさんはこちらに振り返ります。
「カロリング嬢、義弟ではあるがテオの行いは私にも責任がある……許されることではないかもしれないが、謝罪をさせて欲しい。申し訳なかった!」
そう一言発し、深く頭を垂れてしまわれます。
アーベル様の感覚としては突然蛮声を浴びせかけた上に、『はしたない女』呼ばわりをすることは本当に許されることではないと言うことでしょう。しかもその相手が自分たちの尊敬する人物の肉親だったと言うことも含め、顔向けができないと、きっとそう考えていらっしゃるはずです。
まぁ、普通はそうでしょうね。普通は……
でも残念、相手が悪かった。だって受取手は我がご主人様なのです。
「あ、別にかまいませんよ? 気にしていませんから」
ほらね? なーんにも気にしていないのです。
おそらくテオさんに遭遇できたと言うのも理由の一つでしょう。
しかし一番の理由は別のところにあると私は知っています。
『そもそも住む世界が違うのだから、価値観が合わないことは仕方がない』
彼女自身、エルフリーデになってかなりの年数を経ているはずなのですが、この感覚だけはどうにも抜けきっていない様子なのです。
貴族然として周囲に接しなくてはいけないと思いつつ、そんな絢爛な世界は自分には不釣り合いだと思っている節もある。
自分は庶民なのだからと心のどこかでは考えているくせに、人見知りすぎて簡単に人と打ち解けられない節もある。
まぁ友人を作ろうとする行動を見るに、自身の悪癖をどうにかしようとしているのは救いですが……
それにしたって今の返答はアッサリしすぎですよ。
解釈によっては、人を小馬鹿にしている様にも取られてしまいますよ。
「カロリング嬢? 本当にそれでいいのか?」
アーベルさんは少し困惑しながらも、以前のエルフリーデとのやり取りを思い出しているのか、苦笑しながら彼女に問いかけています。
「えぇ。私にも悪い部分がございましたので、お気になさらないでください。わたしこそ、申し訳なかったです、リヒトホーフェン様」
自分の無礼もちゃんと詫びるところは、やはりきちんと教育されているは故でしょう。
突然テンション高く、初対面の人の名前を呼ぶなんて事をしなければこんなにこじれることはなかったんですけどね。
まぁ、後はテオさんからの言葉があれば全て解決でしょう。
そう思っていたのです。この時の私は。
「……口が過ぎました。ご容赦下さい、カロリング様」
テオさんはそう返答しながら深く頭を下げ、謝罪の意を示されています。
しかし私から見える光景は違うものが映っていました。
やはり納得など、謝罪などしていない。
悔しそうに唇をしめ、瞳には苛立ちの炎を宿すテオさんの表情が私から見えたのですから。
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