学園生活ですか。まぁ楽しくいきましょうよ

第26話 新たな門出は不安と期待が入り混じるものです。






 この感情に、なんと名前をつけようか。


 空を見上げた時。心に溢れる感情をなんと呼ぼう。


 頂から降り注ぐ陽の暖かさを感じた時。心に溢れる感情をなんと呼ぼう。


 深い藍色に染まる海に浮かぶ真白の月を見た時。心に溢れる感情をなんと呼ぼう。


 それらが何を示しているのか、実はもう理解はしている。


 しかし、意識すればするほど、この気持ちは届くことはない。


 どんなに美しいものを目にしていても、いつも思い浮かぶのは彼女の事ばかりなのに。


 好みから溢れ出そうとしているこの気持ちは、いつも彼女には届かないのだ。



 願わくば、この思いが届くように。

 届くまで、せめて側にいさせて欲しい。


 彼女を、私は決して彼女を離したりはしたくないのだから。






 暖かな日差しが少し煩く私の視界に入ってくる。

 心地良かったはずのものも、度が過ぎれば不快になるというのは言い得て妙だなと思うのは私だけでしょうか。


 眩しさに目が眩みながらも陽の方に目をやるとその色は橙に染まり始めており、一日の終わりを世界に告げようとしています。


 あれ、どれくらい寝ていたのでしょうか。

 ぼんやりとする頭を動かそうと、お気に入りのソファの上から飛び降り、私は窓の方へと歩みを進めます。


 窓辺、白のレースをはためかせる風は少し肌寒くなっています。

 これでは風邪をひいてしまうかもしれないな。そんなことも考えつていると背後から耳馴染みのある声が響きました。


「あ、起きたんだね、よく眠れた?」


 その問いに一声だけ返し、相変わらず私はじっと窓の外を眺めます。


「なんだか最近考え込むことが多くなったみたいだけど、一体のどうしたの?」


 別に感傷に浸っている訳じゃありませんよ。思い悩んでいる訳でも、物思いに耽っている訳でもないのです。

欲を言えば、落ち着きが出てきたなって言って欲しいですけどね。こればかりは伝わらないことだと思いますので、気にしませんよ。



「よっと……本当、大っきくなったねぇ」


 言葉と一緒に白い腕が私を包み込んでいきます。

 包み込むと言っても、もう抱き抱えてもらう事なんて出来ません。どうにか私の胴回りくらいであれば両の腕が回るくらいでしょうか。


私の隣で膝をつきながら、寄りかかる彼女の重さをどこか心地よく感じてしまいます。

思えば、少し前までは逆に私が持ち上げて抱きしめてもらっていたんですから、身体を預けてもらえるなんて、結構感慨深いものがありますよ。


そう考えると我ながら成長スピードに脱帽してしまいます。

この身体になってからのことを考えてみると……そうですね、完全におばちゃんになったと言っても差し支えない年齢と言われても仕方がないのかもしれません。


 あぁ、なんと無情なことか。年月は容赦無く過ぎ去っていくものなのです。



 しかし年月は残酷なだけではないと、隣にいるこの子の姿をいつも見る度に私はそう思えるのです。


 こうやって風に靡いている金砂の髪は光の粒子を放つように輝き、固く私を抱きしめる腕はスラリと白い。

言葉は少し残念ですし、身に纏うものは基本的に街娘の格好と同じというのがいただけませんが、其れをもって余りあるほどに、淑女らしく貴賓ある佇まいが身に付けることが出来たようです。


 さすがはご両親やおじいさまの血を継いでいるだけあって、整った容姿をしておられる。


 そう。彼女、エルフリーデ・カロリングも立派な淑女に成長することが出来たということですね。


 まぁ最初の内は本当に、苦労の連続でしたけどね。


根底には目立ちたい、主人公のライバルになるんだという考えがありから回ってばかりのエルフリーデ。


それを犬ながらどうにか諫めたり、凹んだらこのキュートさで慰めたりと色々とやってきたりと、なかなかハードな生活を送ってきた訳です。


 その結果が、分別をしっかりと弁えられるようになった今の姿であれば言うことなしの百点満点……にはならないのですよね。


 結局大事なところの修正することが出来ないまま、ここまできてしまったのですから。



もう三年。そうか、このお屋敷にやってきてから三年が経過したのです。


 そりゃ私も大きくなりますね。抱き抱えてもらえないことがすごく残念ですけど、少しは彼女たちと目線が近くなったのは嬉しいものです。


 しかし同時に少し悲しいこともあるのです。


「はぁー」


 あらあら突然のため息。それに我がご主人様は今日もどこか物憂げな様子。

 お外は青空が広がっているのに、彼女の周りだけどんよりとした雰囲気が広がっているではありませんか。


 なんですか、らしくないですね。元気を出してくださいよ。

 私はグリグリと彼女に頭を押し当て、撫でて欲しいとアピールをします。


「……本当、貴女はいつでもわたしを励ましてくれるのね」


 私の行動にクスリと笑みを浮かべながら、白磁の指が私の頭に触れ、優しく撫でてくれまる。


 うん、愛らしい普通の笑顔じゃないですか。これが彼女の最大限の魅力なのです。



 しかしそんな優しい笑顔も、すぐに憂いの色が浮かびます。

 どうしたんでしょうか? 何か不安なことでもあるのでしょうか?


「もうすぐ、じゃない?」


 ん? もしかしてこれって。

 少し自分の表情が硬くなっているのは分かります。



「もうすぐさ、学園に行かないといけないじゃない?」


 なるほど、やはりそれを気にしていたのですね。

 でもそんなに不安に思うことはないと思うのですが……


 しかし私の思っていた以上にエルフリーデは色々と考え込んでいたようなのです。


「実はね、すごくね……すごく怖いんだよ」



 そう。やはり恐れがあったのです。

 学園には色々な人がいる。その中で彼女が彼女らしくいられるのかということ。

 もしかすると学園での出会いで、自分が本当に嫌な奴になってしまうのではないかということ。


 彼女はそれらを本当に恐れているのでしょう。


 でもね、そんなこと別に気にする必要はないのですよ。


意地悪をしようとする度に、これでもかというくらいに吠えてあげます。

もし誰かから言われのない悪意をぶつけられようものなら身体をはって守ってあげます。


 そのために私は側にいるのですから。


 でも流されやすいところは相変わらずなので、そればかりは自分でどうにかしてくださいよ。

まぁその流されやすさのおかげでエルフリーデが周りに人たちと仲良く出来ていると思うというのもあるので、全てを否定することが出来ませんが。



「もう、さっきから甘えすぎだよ。手が疲れちゃうよ」



 そう小言を言いつつも彼女の表情から笑みは消えていません。

 少しは気が紛れてくれたのでしょうか。それならば私も嬉しい限りです。



「でも、貴女も一緒に連れて行けるんだよね。それだけが、わたしの救いだよ」


そう呟きつつ、もう一度固く、私を抱きしめるエルフリーデ。


 いやいや、何を言っているんですか。私だけがあなたの味方ということは、決してないのですよ。

 なんだかんだとこの三年間色々な人と関わりを持って、関係を築いてきたんですから。


 でもなんでしょう、エルフリーデの言葉には素直に嬉しいと思えてしまいます。

彼女の声に応えるように、改めて甘えた鳴き声で返します。



 もうすぐ季節が巡ります。

 出会いの季節、生命が芽吹いていく季節へと。



 そうです。いよいよ私たちが心待ちにしていた季節がやってきます。



 学園に、ついに私たちは『ときめき☆フィーリングハート』の舞台へと登ろうとしているのです。



 あぁ、きっとここでアニメとかならオープニングムービーの一つでも流れるんでしょうかぇ。



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