第12話 ちょっとピンチ! ですね。
鋭い日差しが肌に刺すくらいに痛い午後。こうやって窓辺で風の流れを感じているだけで、少しは涼しくなったように感じます。
ハルカさんたちが出て行ってどれくらい経ったことでしょうか。ソファに腰掛けたままの体勢も少し疲れてしまい、窓辺で外を眺めていました。
「……さすがに待ちくたびれちゃったよ」
暑そうに街を行き交う大人たち。
日差しにも負けずに駆け回る子供達。
そう言ったものたちを見る度に思うのです。わたしはそう言ったものに支えられているんだなぁと。
わたしはたまたま転生して『エルフリーデ・カロリング』としての人生を過ごしているから。
だから、わたしを支えてくれる人たちに恥じることのないわたしで居たいな。
そんなことを考えていると不意にドアの方から声が聞こえてきます。
「へぇ、アンタがお嬢のお気に入りかい?」
誰だろう、わたしよりも背の低い赤毛の男の子がそこには一人。不敵な笑みを浮かべながらこちらを見つめています。
「…えっと」
初めて会う人にはどう声をかけていいのか分かりません。身体を固くしてしまい、窓枠を固く掴んでいると音を立てて、その男の子がこちらに歩み寄ってきます。
「なんだい?お貴族様は小汚い坊主とは話しもできないってか?」
「あ、ちが……」
びっくりしただけなんです。
初めて会う人とどうお話ししていいのか分からないだけ何です。
様々な言葉がわたしの頭の中を駆け巡って行きますが、どれもわたしの喉元を通ることなく、音にもなりません。だからこそ、気持ちははやり、焦りが身体中から溢れ出してしまいます。
どうしたら……でもきっとおかしなことを言ったら怒らせてしまう。
どんどん男の子がこちらに寄ってきます。表情は一歩進む度に怒りの色を滲ませて、今にも掴みかかってきそうな雰囲気を醸し出しています。
「さっきからなんなんだ! 俺の話も聞けねぇってのか!」
もうダメです。怖くて声も出せず、身体を固くした刹那、再び声が聞こえてきました。
わたしの大事な、いつもわたしを守ってくれている子の声が。
書庫の外に出て、私はため息ひとつ吐き出して一瞬ぼんやりしてしまいます。
二人の会話を聞いているだけで正直疲れてしまいました。本当にこの体というのは便利なこともあれば不便なこともある。身に染みて感じてしまいます。
それはさておき、そろそろ我がご主人様も退屈しているに違いありません。
そう思いつつ廊下を歩いていると、少しではありますが、苛立ちをまとった男の子の声が聞こえてきました。
なんだか嫌な予感がしますね、一応急ぎましょうか。気付いてはいましたが、ハルカさんの執務室の扉が開け放たれており、誰かが乱暴に入ったような感じを覚えてしまいます。
私は部屋の外から首だけを伸ばし部屋の中を見てみると、赤毛の男の子がエルフリーデに手を伸ばそうとしているではありませんか。
こら! 何ですか貴方は!思わず男の子の仕草に怒りの感情を露わにしながら吠えてしまいます。
普段の私はこんな風に無遠慮に吠えたりはしないのです。
ですが、自分のご主人さまに危害を加えようとされるのを認識すれば、感情が動かずにはいられません 。こうなったらやってやれですよ!
「……なんだお前!」
エルフリーデに掴みかかる寸前で動作を止め、こちらに視線を向ける赤毛の男の子がこちらに視線を向けながら声を荒げます。
フフフ、わたしはただの犬ですよ。うん、格好つきませんね。こんな子犬が間に入って行ってもなんの威圧感がないことが言うまでもありません。
黙ったままではいられなかったのです。エルフリーデが大事だと思うからこそ。
しかし赤の他人の赤毛の男の子に、私とエルフリーデの関係など関心のあるものではないのでしょう。
何よりも生意気に吠えた私が気に入らない。そしてジロリと私を睨みつけながら、私を糾弾する内容を探しています。
「犬のくせにこぎれいにしやがって!」
なんですかそれ! あまりにぶっ飛んだ理論じゃないですか。
瞬きの前に乱暴に放った言葉と共に私の身体が強引に引き上げられてしまいます。
おぅ、この体になってからされたこともないような持ち、って掴み上げられとるやん!
ちょ、ちょっと苦しい!
「ちょ! やめ!」
「うるせーんだよ! 今はお前に構ってらんねぇ!」
こいつ! エルフリーデを!
苦しそうな鳴き声出す私を心配して駆け寄ってきたエルフリーデを乱暴に払い除ける少年。その所業に流石の私も堪忍袋の緒が切れてしまいます。
自分の中の熱が一気に湧き上がる感覚とともに、私の口から飛び出すこれまでにも出したことのないような音。
あぁ、私今回ばかりは本当に怒っていますよ。普段はどうにでもなれって思っている私をここまで怒らせるこの子、なかなかの才能です。
「ッ! 吠えてばっかで何もしねぇじゃないか。いいぜ、分からせてやる!」
あぁ、でもこの体格の差じゃどうしようもないことは明白ですよね。
冷静になるとなんてお馬鹿なことをしてしまったんでしょう……いえ、これは馬鹿なことじゃないですね。大事な子を守ろうという行動なんですから、私がこんなこと考えちゃダメです。
それに、もう十分に『時間稼ぎ』はできているんですから。
「……てぇ!」
それは私が言うべき台詞だったはずでした。しかし私の喉は声とともに潰れることもなく、代わりに遠くからの振動を感じました。
「トーマス」
そしてこの声。綺麗ですが、静かな怒りを込めた声。
「うぇ、お嬢! もうもどっ……」
「その子を渡しなさい」
「いや、これはコイツが俺に!」
先ほどの衝撃はこの子、トーマスさんが頭を叩かれた時のものだったようです。
トーマスさんの話ぶりから察するに、彼はハルカさんの関係者のようで、頭が上がらないご様子。
「聞こえないの? 私は渡しなさいと言ったの。それ以外のことについて尋ねたりしたかしら?」
「ちが、だからこれは!」
「また同じことを言わせるつもり?」
「す、すいませんでした!」
その声に踵を返し、私の身体がエルフリーデの腕の中に収まります。
うぅ、変につまみ上げられたから喉が痛いですよ。
喉がつぶれちゃったらどうするんですか。このキュートな鳴き声をみんな聞けなくなってしまいますよ?
「良かった、ごめんね。わたし、ちゃんといえなかったから」
良いんですよ、私は貴女のためにいるのですから……そっか、そうなんですね。私はずっとそう思っていたんですね。
でもちょっと痛いんで力を……弱めてほしい。
「トーマス……」
「はいぃ!」
「説明なさい。何があったんですか!」
アニメの中で知っていましたが、やはりハルカさんは怒らせてはいけない人種です。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものです。
まぁでも今回ばかりはこの少年、トーマスさんに感謝と同情をして差し上げることにします。
一応彼のおかげで自分でも気付いていなかった感情に気付けたのですから。
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