第9話 身体を動かすのも重要ですね。


季節は夏! に差し掛かる少し前のお外で過ごしやすくなってきた頃。


 『こうゆう季節だからこそ、しっかり身体を動かさないと!』


 そんなことを口にしながら、中庭を駆け回るエルフリーデ。

普段の格好とは打って変わって、動きやすいラフな格好をなさっています。侍女長はその姿を見て、顔を真っ赤にしながら凝視していたことは内緒にしておきましょうか。


私たちの転生前の世の中では、ただの半袖シャツに短パンというシンプルな姿ですが、こんな姿を見慣れていないご両親たちが見たら卒倒してしまうのではないかという格好です。

なのでこうしてご両親がお屋敷にいないタイミングを見計らって、身体を動かす日を設けているわけです。


 ちなみに、身体を動かす理由も『ライバル令嬢なら、やっぱりパンチの一発くらいはちゃんと受け止めなきゃね!』などというおかしな使命感から来るもの。

いや、健康のためにスポーツをするのはとってもいいことなんですよ? やっぱり動機がねぇ。


 私はというと木陰からエルフリーデを見守っています。

 あ、私は普段から動き回っていますからね。特別に集中して運動をする必要なんてないのですよ。そうです、習慣が何よりも大事なのです。


しかし今日は心地の良い風も吹いて、日差しも爽やかだし……少し寝ちゃおうかな。

そんなことを思った時です。突然険のある声が頭上から降り注いだのです。


「あ、あなた! なんて格好をしていますの!」


 寝ぼけ眼に視線を頭上に移すと、そこには少し影を帯びた、風に流れる銀髪。

 あぁ、レオノーラ様じゃないです……っておい! ダメじゃないですか! 今のエルフリーデの格好は貴族の皆さんにはなかなか過激な格好なのに。また小言の嵐が吹き荒れますよ!


 しかしレオノーラ様は一体彼女の何をそこまで気にいったのでしょうか。

 初めてお屋敷にレオノーラ様が訪ねていらしてから数週間、彼女は3日と開けずにエルフリーデを訪ねていらっしゃいます。あまりの粘着に辟易するなぁと、私も他人事ながら考えていたのですが、レオノーラ様のこれでなかなか可愛らしいところがあるのです。



 文句を言わない、終わるまで待つ、話しかけると嬉しそう。



 なんでしょう、凛々しく見える人の可愛らしい仕草って反則ですよね。流石の私もクラッときてしまいそうになりました。


 まぁ悪役令嬢も私のストライクゾーンなんだなぁと、自分の新しい癖を見つけることが出来たので、何もいうまい。言っちゃうとどこまでも墓穴を掘りそうな気がします。



「アーレンベルク様! 一緒にやりませんか?」

「い、一緒にって! まずその端ない格好を!」

「そんなことよりもやりましょう。あ、侍女長さん!お着替えをー!」


 そう言ってレオノーラ様を引っ張ってお屋敷の中に走っていくエルフリーデ。

腕を引かれるレオノーラ様の嬉しそうな表情と言ったら、言葉にし難いですね。

しかし、ここ最近、慣れた人たちに対しては引っ込み思案な部分を見せなくなってきましたね。キャラクターはもう崩れてしまっていますけど。



かくも成長というものはこんなにも素晴らしいものなのでしょう。私は嬉しいですよ、エルフリーデ。



 それからすぐに、エルフリーデとレオノーラ様が戻ってこられ、エルフリーでの行っていたメニューを再開されていました。

しかしレオノーラ様、12歳とは思えないほどのプロポーションですね、これは私すごい役得です。


 冗談は置いておいて、二人で身体を動かしながら徐々に運動の強度を上げていきます。

 最初は準備体操をして軽い筋トレをしていたのですが、ダッシュとジョギングを何度も繰り返し。

これ……結構本格的なんじゃないですか? 私は出来る気がしません。

それを6セットくらい繰り返したことでしょうか、先に根をあげたのはエルフリーデでした。


「つ、疲れたぁ!」

「それくらいのことで根をあげてどうしますの? まだまだこれからですわよ」

「あーでもこんなにすごいなんて」


 ゴロリと身体を芝生の上に投げ出しながら息も絶え絶えのエルフリーデとはひきかえに、視線を空に向けながら爽やかな笑顔を浮かべるレオノーラ様。まさかこんなにもアクティブな人だったなんて想像もつきませんでした。


 これが本当の悪役令嬢のスペックなのか。そんなことを考えている表情ですよ、これは。


「なんですの? 不服でして?」

「と、とんでもないです! アーレンベルク様、体力まであるなんて。わたし、びっくりしちゃいました」


 しかもレオノーラ様は勉学や芸術にも精通していることはこれまでのお付き合いで既に理解しているところ。それらを含めての感嘆の言葉を口にするエルフリーデ。

素直に褒められてしまってはレオノーラ様も、皮肉を口にすることもできないでしょう。


 それを証拠に顔を背けるレオノーラ様の頬が赤く染まっているのを私は見逃していませんよ。おそらくそれを指摘したところで、自分も疲れているのだと、うやむやにしてしまうのでしょうけど。

 少し思案した後、エルフリーデの方に向き直るレオノーラ様。

「ならば汗を流してお茶にでもいたしますか? それから夕食までは読書にでもいたしましょう」

 少しわざとらしく、エルフリーデに手を差し伸べながら話しかけます。


 確かに、少し肌寒い時間になってきますし、運動の後に読書をするなんてなかなか有意義な日じゃないですか。

私もゆっくりできますし、大賛成ですよ。


「あ、すいません。わたしこの後約束が……」


 あ、そうですね、そういえば今日は約束があってまた街まで出るんでした。


「なるほど……今日は私が押しかけたようなものですものね」

「いえ、た、訪ねてきて下さってうれしく思います」

「……本来であれば貴女が私の所にくるべきなのですよ! そこは覚えておいて下さいね」

「は、はい!」


 突然ツンデレを出されても扱いに困ってしまう。

まぁ素直に馴れ合わないところがレオノーラ様のいいところではありますが、もうデレのお姿を見てしまっている私たちとしては少し物足りません。


 投げ出していた身体を起こし、衣服に付着してしまった芝を払い落とすエルフリーデの背を優しく払うレオノーラ様。


「では次回は郊外の方まで馬を走らせましょう。お付き合いいただけるかしら?」

「え、えぇ。乗馬は少し苦手なんですが……」

「大丈夫ですわ。何かあれば私がご教授差しあげます」

「何から何まで、本当にありがとうございます」


 優しい手つきをしていると言葉まで優しくなってしまうのでしょうか。ニコニコと笑顔を見せるレオノーラ様にどこか恐縮してしまうエルフリーデ。

まぁたまにはこんな得な状況があってもいいでしょう。でもそうゆう時にミスってしちゃう物なんですよね。


 そうです、普段は気をつけている物でも、シーンが変わったり気が抜けてしまうとやらかしてしまうことなんてザラにあるのです。


「ちなみに今日はどちらに向かわれるのですか?」

「えっと、グライナー商会まで」

「……何か、お買い物なのかしら?」

「いえ、えっと……」


 エルフリーデの返答を聞いた途端、ピタリと動きを止めてしまうレオノーラ様。

 特に違和感のない会話であったはずとエルフリーデは考えていたはずです。しかし言葉はどこか、出会った時と同じような少し冷ややかな響きを孕んでいるのです。


そういえば、いつもレオノーラ様は最初に言っていました。

『誰にも恥じることのない淑女になれるよう導いて差し上げますわ』と。

それは『貴族として』というとことが大前提。貴族の子女が特に用事もなく街に出ること自体、レオノーラ様からすれば信じられない行為のはずです。

これをどう矛盾なく答えるのか、ちょっとエルフリーデには難しすぎるかもしれません。


「はっきり仰いといつも言っているでしょう! まさか何かやましいことでもあるのですか」

「違います! そんなことありませんよぉ」

「では一体何だと言うのですか」


 エルフリーデの頑張りも虚しく、レオノーラ様はお怒りになり勢いのまま話すこととなってしまいました。

 まぁハルカさんに説明したのと同じように説明すれば特に角が立つこともないはずなのですが……


「……そ、そうなんですの」

「あ、アーレンベルク様? 何かお怒りで?」

「怒るですって? この私が? この子は一体何を言っているのかしら!」

「もしかして一緒に来たい……とか?」

「自意識過剰にもほどがありましてよ! そのようなことあるはずがないでしょうに」

「そ、そうですか。確かに、今日はご用があるとのことですし……それに突然貴族の方が街に現れよう物なら大変ですものね」


 余計な一言を付け加えてしまうのはエルフリーデの悪い癖です。

 彼女の一言に一瞬顔を真っ赤にして反論を繰り返すレオノーラ様でしたが、エルフリーデの最後の言葉を聞いて急に言葉を飲み込んでしまいます。


 あれ? 怒っているじゃなくて、これは心配と呆れなんじゃないのか? 彼女の表情を見ているとそう思えて仕方がありません。


「……待ちなさい。貴女はどうなの?」

「わたしはもう何度も街に行っていますし、それにわたしはどうやら貴族然としていないようなので」


 これには私も、そしてレオノーラ様もため息をつかずにはいられません。

 人に言われるのもどうかとは思いますが、自分から貴族らしく無いからなんて、そんなのは体のいい言い訳にしかなりません。本当にライバル令嬢になりたいのなら、きちんと自分というものを持たなくてはならないのに……


「……はぁ、本当にこの子は」

 不思議とレオノーラ様と私に考えていたセリフが被ってしまいました。レオノーラ様に至っては頭まで抱えていらっしゃる始末。


 そこまでさせてようやく『何かやってしまったかも』という表情を見せるエルフリーデに、流石の私もフォローの言葉をなくしてしまいます。まぁ基本は何も考えていない子なのでしようがないですか。


 ガックリと肩を落とし、改めてエルフリーデに視線を送るレオノーラ様。


「予定がなければ意地でもご一緒するところですが……いいです! 今回は諦めますわ」


 彼女なりに何か妥協点を見つけたのでしょうか、普段であれば意地でもついてくるというところのはずなのですが今日はそれがありません。

あっさりとし過ぎているのも違和感を覚えてしまいますね。まぁアニメの中とは違い、今のレオノーラ様は人に危害を加えたり、悪意をぶつけたりすることはないので大丈夫でしょう。


「そう、ですか」

「ですが!」


 しかしタダで終わることなどありませんでした。さすがは悪役令嬢になる予定のお方。


 ニヤリと邪とも取れる笑顔を見せながら続け様に、こう呟かれたのです。


「きちんと『首輪』をつけていってもらうことにします」


 なんでしょう、すごく嫌な予感……最近同じことばっかり言っているような気がします。きっと、簡単なことでないことは間違い無いですね。



 何故か瞳を潤ませながら、エルフリーデがこちらを見下ろしてきているのですが、今の私は何もできませんって。きっと害のあるものではないはずですし大丈夫でしょう。



 まぁもしもの時は私が助けてあげましょう。



 そう思いながら、私はエルフリーデの脚に、自分の前脚を載せるのでした。


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