第31話
思わぬハプニングに見舞われたが、俺はなんとか世界樹の頂上にたどり着いていた。
頂上はヘリポートのように広々としていて、この世界を一望できる。
遠くにちんまりと王城が見えて、思えば遠くに来たもんだとしみじみとなる。
しかし、眺望を楽しんでいる場合じゃなかった。
なぜならば、叩きつけるような風や、吸い上げるような風が絶え間なく吹いてたから。
タンポポの綿毛のような俺は、いっしょについてきてくれたお嬢様に持っていてもらわないと、たちまちどこかに飛ばされてしまいそうだったから。
風の発生源である上空には、魔法陣のような光のリングが等間隔に浮いていて、ゆったりとしたリズムで青、黄色と変色している。
俺が、巣立ちを控えた小雀のように真剣な表情で見上げていると、お嬢様が教えてくれた。
「魔法陣が青色のときは風が吹き下ろしてきて、黄色の時は風が吹き上げていきますの。黄色の時に魔法陣に入れば、一気に上昇して、この世界から出ることができますわ」
ようは、青い時は人間が息を吸っていて、黄色い時には人間が息を吐いているということだろう。
そしてこの魔法陣が『気管』で、この流れに沿って上にあがれば、口の外から外界に出られるというわけか。
お嬢様の説明の後を引き継ぐように、ルールルが言う。
『気管を通るときの注意点としては、魔法陣の外側にある輪っかは粘着質でくっつくようになっているので、触れないようにしてくださいね』
外側が粘着質な魔法陣って、なにそれ!?
『気管の壁は粘液に覆われていて、外から入ってきたホコリや細菌などをキャッチするんです。キャッチしたものは肺へは送られず、咽頭へと運ばれ、食道から胃に送られて、胃酸で溶かされて処理されます』
そういえば初めて胃酸の海に行ったとき、まわりには多くの生き物が浮いていたな。
あの中には、気管支ルートから身体の中に入ろうとしたヤツもいたってことか。
『そうですね。カウルさんは胃酸への耐性があるので、送られても死滅することはありませんが、スゴロクで言うところの「ふりだしに戻る」同然になります』
胃のほうに行っちゃったら、また長旅をしてここに戻ってこなくちゃいけなくなるからなぁ。
それだけは何としても避けないところだ。
お嬢様の説明は終わってなかったようで、俺とルールルの会話に割り込んでくるように続いた。
「魔法陣は青と黄色のほかに、赤くなる時がありますわ。普段は滅多にありませんが、もしそうなったら特に風が強くなりますので注意が必要ですわ」
赤い時? それってどういう……。
『クシャミの時ですよ。人間がクシャミをするのには、いろいろ理由があるんですが……。
条件をウイルスだけに限定すると、気管に付着したウイルスが多くて、粘液だけでは捕らえきれない場合などですね。
その時にクシャミを出すことで、ウイルスを一気に体外に排出しようとするんです』
そうか、クシャミのことを忘れてた。
たしか『飛沫感染』の場合は、クシャミがいちばん遠くまで飛ぶんだよな?
なら、王様に頼んでクシャミをしてもらって、それで外に出た方がいいような気がする。
幸い、もうひとりの俺を王城に残してきてるし……。
『クシャミは「不随意運動」といって、人間の意識で発生させたり、抑制できたりしないものですが』
そっか、じゃあどうすればクシャミを引き起こすことができるんだ?
『ウイルスであるカウルさんの場合、ここで悪さをすればいいんですよ。それもちょっとしたイタズラじゃなくて、かなりの悪事を。手に負えないウイルスが発生した場合、人体はクシャミで外に出そうとしますから』
うーん、せっかくこの身体から『良い子』認定を受けているのに、いまさら『悪い子』になるのはなぁ。
それに俺が悪さをしたところで、お嬢様に一刀両断にされて終わりのような気がする。
『まったく、ウイルスのくせして良い子でいたいだなんて、カウルさんは本当にワガママですね。それならクシャミをあきらめて、会話で外に出るしかありませんね』
ワガママかなぁ?
でもまぁ、とりあえず会話で外に出るのを挑戦してみるか!
俺はまず、『
これならもし失敗しても、続いて挑戦できるからな。
残った
名前 なし
LV 14
HP 140
MP 140
VP 40 ⇒ 0
両手いっぱいに増えた俺に、お嬢様の顔がほころんだ。
「うわぁ……! カウルがこんなにたくさん……! うふふ、かわいらしさでいっぱいですわ!」
彼女はまるで顔を洗うみたいに両手に顔を突っ込んで、モフモフを堪能しはじめる。
美少女のスベスベの肌でスリスリされ、しかもそれが5倍ともなると、俺は気持ち良すぎて夢見心地になった。
『なにをデレデレしてるんですか?』
棘のある言葉でチクリと刺され、俺は我に返る。
意識を、王城の執務室にいるもうひとりの俺に飛ばした。
すると、まわりの視線がチクチク突き刺さる。
執務室にいる王様や大臣たちが、俺がいつになったら客寄せのアイデアを出してくれるのかと、イライラしている様子だった。
俺はまわりのプレッシャーを跳ね飛ばすように、王様に言う。
「お……王様っ! いいアイデアが思いつきました!」
「なにっ、本当か!?」
「はい! これからそれを実行しますので、いろんな人にビラを配ってください!」
「ビラ配りだとぉ? それならさんざんやってきたことじゃねぇか!」
「いえ、ビラ配りがメインじゃないんです! とにかく俺の言うとおりにしてもらえますか! それとビラを配るときは、渡す相手に正面向きになって、なるべく引き留めて会話をしてくださいっ!」
俺の指定がやけに細かかったので、王様はなにか考えがあるのだろうと察してくれた。
「よぉし、野郎ども、これからビラ配りをやるぞっ! ボサっとしてねぇで、さっさと街に繰り出すんだっ!」
王様は大臣たちの意見を待たず、さっそくお頭を動かして、店のみんなを怒鳴りつける。
宇佐木さんや店員たちは店のなかで暗い顔をしていたけど、お頭に尻を叩かれるように外に出ていった。
お頭もビラの束を持って店を飛び出し、イノシシのような勢いで近くの大通りへと向かう。
道行く人々の前に立ち塞がると、猫なで声で声をかける。
「はぁい、レストラン『カウル&ミミ』でぇす! おいしいおいしいお魚がいっぱいありますので、食いにきてくださいねぇ!」
お頭がどんな表情をしているかはわからなかったけど、お頭の視界を通した街の人たちの反応で、だいたいどんなものかわかった。
誰もが「ひいっ!?」と小さな悲鳴をあげ、チラシを受け取ってそそくさと去っていく。
コワモテのお頭の営業スマイルは、きっとかなり不気味なんだろう。
もしかしたらそのせいで客が来ていないんじゃないかと思えるほどに、チラシを受け取った人たちは怯えていた。
『……「
ルールルから冷めた声でそう言われ、俺は本来の目的を思い出す。
お頭が声を出している間は、魔法陣が黄色に変色する。
その声を出し始める瞬間に合わせて、魔法陣に飛び込むんだ。
俺はまず、王城の執務室にあるモニターで、話しかけるタイミングを探った。
お頭がドタドタと走っていって、通行人にサッとチラシを差し出したときに、意識を世界樹のてっぺんにいる俺に切り替える。
そして、お嬢様の手のひらの中から、
「あっ」と、舞い散る花びらを追いかけるような、お嬢様に見送られながら、
一気に、翔んだっ……!
……シュバァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
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