第27話

「バンデラさん、ありがとうございます……! こんな私のために……!」



 お頭の心意気に、宇佐木さんは泣いた。

 それは彼女がこの世界に来て、数え切れないほど流した涙とは違う、あたたかいものだった。



「あ~あ、お頭、ムチャするから!」



「こんなドジなお頭、久々に見たっすよ!」



「そうそう! たしか山賊団を作ったときもこんな感じですっ転んでましたよね!」



「お頭が転ぶってことは、縁起のいい証拠だ!」



 手下たちがどっと笑うと、宇佐木さんもつられて笑顔になる。

 それは彼女がこの世界に来て初めてみせた、偽りない笑顔だった。


 そしてこの日をもって山賊団は閉業。

 彼らは新しい人生を、新しい職業で、新しい地で歩むこととなった。


 その新天地の名は、『カサーゴ』。

 彼らのことを山賊だと知る者はだれもいない、アジトから遠く離れた港町だった。


 お頭と宇佐木さんに感染している俺は、もちろん彼らといっしょになって引っ越していたんだけど……。。

 いままでずっと山賊団のアジトにいた俺にとっては、初めての『本物の異世界の街』。


 しかし思ったほどテンションは上がらなかった。

 理由としては、他人の視界ごしにているのと、ルールルが脳内で創り出してくれている体内の構造と全く同じだったから。


 それから山賊団は、街のはずれの空き家を借りて、小さいながらもレストランを構えた。

 お頭が店長、宇佐木さんがコック長、手下たちは調理手伝いと接客に分かれた布陣。


 そして肝心の、レストランの店名はというと……。


 『カウル&ミミ』……!


 これなら宇佐木さんが俺を探していることが一目瞭然だと、お頭が考えたもの。


 「これじゃカウルとかいう野郎と、ミミちゃんのふたりのレストランみたいじゃないっすか!」と手下たちは猛反対。

 しかし、当の宇佐木さんが満更ではなさそうだったので、お頭はこの店名を強行採用。


 もうひとりの当事者である俺は、思わず照れてしまっていた。

 だって手下たちの言うとおり、これじゃ俺と宇佐木さんが夫婦で経営しているレストランみたいだから。


 ひとりデレデレしている俺に、ルールルはツララみたいに冷たくて鋭い視線を向けてくる。



『勘違いしないでくださいね。宇佐木さんは別に、カウルさんに好意を持っているわけではないのです。まったく、これだから愚劣な人間は……』



 ……ま、まあ、そんなことはさておいて、『カウル&ミミ』はオープンとなった。

 近海で獲れた魚を、料理上手な宇佐木さんが調理するという海鮮系のレストラン。


 しかし、全然客は来なかった。

 普通、こういう店は開店当初は少しは客が来るはずなのに、全くといっていいほど来てくれない。


 あまりに客が来なかったので、山賊団……いや、店員たちは街の大通りでビラ配りなどを始める。

 しかし、道行く人はビラを受け取ってくれるものの、来客には繋がらなかった。


 ひと口でも食べてもらえればきっとわかってもらえると思い、おはぎを配るサービスなどもやってみたのだが、それでもダメだった。


 俺は失敗続きの様子を、バンデラ王国の王城の執務室……ようはお頭の脳内でていた。

 執務室は評議会のような会議室になっていて、まさに脳内会議の様相なんだけど、王様をはじめとする大臣たちがみな頭を抱えている。



「チクショウ! なんでどいつもこいつも店に来やがらねぇんだっ!?」



「国王! おはぎを配る作戦も失敗してしまいました! このまま持ち出しが続けば、破産してしまいます!」



「こうなったら、最後の手段しかありません! 脅してでも客をレストランに連れ込みましょう!」



 そしてとうとう、議会にいる『大脳辺縁系』、ルールルによると『人間の本能を司る脳の部位』たちが、とんでもない提案を始めた。

 普通、こんな乱暴な意見は『前頭連合野』という、『人間の理性にあたる脳の部位』たちが抑制するという。


 しかしお頭は山賊をやっていただけあって、欲望に忠実なタイプ。

 脳内会議ではいつも本能たちが優位に立ち、理性は押し込まれがちだった。


 このままでは、レストラン『カウル&ミミ』は、早々に暴力バーのようになってしまう……!


 俺はなんとかしなくてはと思い、思考を巡らせる。

 でも異世界人の食べ物の好みなんて、わかるわけがない。


 さっそく行き詰まってウンウン唸っていると、



『なにを悩む必要があるんですか? 不調の原因を知りたいなら、街の人たちを直接探ってみればいいではないですか』



 ……なんで来たくないのかを聞くってことか?

 レストランに来てくれた客に味を尋ねるならともかく、来てくれない客に何かを尋ねたって、しょうがないような……。


 するとルールルは、『まだそんなレベルなんですか』みたいな表情をする。



『はぁ、カウルさんはまだ人間感覚のようですね。カウルさんは何者なんですか?』



 何者って、ウイルスだけど……。

 ……って、そうか! 街のヤツらに伝染して、脳内の王様に尋ねればいいんだ!



『やっと気づきましたか。尋ねるだけでなく、王様を説得できれば、レストランに足を向かわせることもできます』



 そうか! よく考えたら俺は、山賊たちを更生させて、レストランまで作らせたんだ!

 それに比べたら、レストランを流行らせることなんて、簡単なことじゃないか!


 俺は、王様に「レストランの不調は俺がなんとかしますから、早まったことはしないでください!」と言い含める。

 すでに俺は、この国と宇佐木さんを救ったヒーローということになっているので、王様もすぐに納得してくれた。


 俺は城を出て、さっそく伝染のための行動を開始する。

 といっても、伝染ってどうやればいいんだ?


 お頭から宇佐木さんに伝染したことはあったけど、あれは完全に偶然だし……。

 確か、スキルだけは持っていたような……。


 ステータスウインドウを開いてみると、



 名前 なし

 LV 14

 HP 140

 MP 140

 VP 90


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  看破インサイト

  増殖レプリカント

  血栓フィブリン

  膨張エクスパン

  遊走フリーラン

  溶性ソルブル

  耐性レジスト(酸・アルコール)

  伝染インフルエンス(経口・創傷)



 以前は『伝染インフルエンス』スキルは『経口』の1種類だけだったはずなのに、『創傷』が増えている。

 そして『耐性レジスト』スキルも、『酸』だけだったはずなのに、『アルコール』が増えていた。



『それは、破傷風菌と戦っているときに得たものです。カウルさんは破傷風菌に対して「憑依ポゼッション」を繰り返していたでしょう。獲得したときにステータスウインドウが開いていたのに、気付いていなかったんですか?』



 あの時は戦いに夢中で、それどころじゃなかったんだ。


 『耐性レジスト』の『アルコール』ってのはなんだ?

 酒を飲んでも酔っ払わないってことか?



『そんなわけはないでしょう。アルコール消毒に対する耐性です』



 ここでルールルは、消毒薬について教えてくれた。



『まず、消毒薬というのは、

 「滅菌(最高水準)」「高水準」「中水準」「低水準」に分類されます。


 より高水準なほど、強力というわけです。


 その中でも家庭で一般的なのは、「中水準」に分類されるタイプの消毒薬でしょう。

 いくつかあるのですが、特に有名なのは、


 「アルコール消毒」と呼ばれる、エタノール。

 「塩素系消毒」と呼ばれる、次亜塩素酸ナトリウム。


 こう言うと難しく聞こえますが、ようは「お酒」と「洗剤」ですね。


 そのため家庭用品でも代用も可能で、前者は77度以上の高濃度のアルコール、後者は家庭でも使われている塩素系漂白剤を希釈することにより、消毒液として作用します。


 ちなみにですが、前者はノロウイルスや破傷風菌などの一部の菌には効きにくく、後者はすべての菌に対して有効とされています。


 ただし肺胞状態といわれる、自身を外皮で覆って休眠状態にある細菌は殺菌することができません。

 肺胞状態の細菌を退治するためには、より高水準の消毒薬が必要というわけですね』

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