第25話
宇佐木さんの『自由になりたい』宣言に、山賊団の楽しいオヤツの時間は阿鼻叫喚と化す。
「みっ……ミミちゃん!? なんてことを言うんだっ!?」
「ウソだろミミちゃん!? 俺たち、ずっと仲良くやってきたじゃねぇか!」
「俺たちに気に入らないところがあったのか!? なら言ってくれ! 直すから!」
「ミミちゃんのメシが食えなくなったら、俺たちゃ飢え死にしちまうよぉ!」
「お……お頭! お頭からも何か言ってやってくだせぇ!」
下っ端たちはすっかり取り乱していたが、宇佐木さんの対面、上座に座っていたお頭は、どっしり構えたままだった。
腕組みし、鬼瓦のような顔をよりいっそう厳しくして、宇佐木さんを睨み据えている。
「……まずは、わけを話してみろ。なんで、ここから出ていきたいんだ?」
お頭はまるで、東京に出て行きたいという娘に接している父親のように、厳しさを漂わせる声で告げる。
宇佐木さんは長い前髪を揺らし、うつむき加減で声を紡ぐ。
「はい。それは……ある人を、探しに行きたいんです。私はこの世界に来る前に、大好きだった男の子と、大嫌いだった男の子がいたんです」
そして告白する。
前世であった、彼女がナイターのために作ったおはぎを、俺が全部食べてしまった出来事を。
「……その、大好きだった野郎を探しに行きたいってわけか?」
そう言うお頭と、俺は同じ考えだった。
きっと宇佐木さんは、この異世界でナイターを探したいんだと思っていた。
しかし彼女は、前髪をふるふると左右に揺らす。
「いいえ。わたしが会いたいのは、大嫌いなほうの男の子なんです」
えっ、俺……!?
でも、『転生の儀式』のときに宇佐木さんは、俺の顔は二度と見たくないって言ってなかったっけ……!?
すると俺の横にいたルールルが、
『きっと宇佐木さんは、カウルさんに復讐したくなったんですよ。ああ、やっぱり皮肉なものですね、あれほど一生懸命になって助けた相手なのに、その苦労をわかってもらえるどころか、こんなにも憎まれるだなんて』
しかし宇佐木さんがこのあとに告げたのは、信じられない事実であった。
「わたしは以前いた世界から、学校まるごとこっちの世界に転生してきたんです。その時、大好きな男の子がいるグループに、なんとか入ることができて……。こっちの世界を、みんなで馬車で移動してたんです」
「その馬車を、俺たちが襲ったってわけか?」
「はい。ここにいる山賊団のみなさんに追いつかれて、もうだめだと思ったときに……。
大好きな男の子が、馬車のなかで私に言ったんです。
『お前はここで降りてくんねぇ? そしたら俺らは助かるからさぁ』
って……!」
宇佐木さんの声は震えていた。
「もちろん私は嫌がったのですが、大好きだった男の子は、私にこう言ったんです。
『そういや昔遊んだとき、お前、おはぎ作ってきてただろ? アレ、マジでないわー』
すると、まわりの子たちも、ケラケラ笑って、
『そーそー、アレ、マジヤバかったよねぇ~!』
『あんなの食うやついねぇっての! ブタじゃあるまいし!』
『そういやあん時、ウザ夫のヤツが全部食ってたよねぇ!』
『まったく、空気読めっての! でなきゃいつまで経ってもウチらの仲間入りできないよぉ~?』
私はショックで、身体が動かなくって……。
大好きだった男の子は、最後にこう言ったんです。
『お前にずっと付きまとわれて超ウザかったんだよな、だから、もう二度と俺の前に現れんなよ!』
そして、みんなが笑っている中で……。
私は、馬車から突き落とされたんです……!」
山賊団に衝撃が走る。
「なっ……!? そういえばあの時、ミミちゃんは馬車から突き落とされてた!」
「野郎、ミミちゃんを犠牲にして、自分たちだけ助かろうとしてただなんて……!?」
「わかったぞ! ミミちゃんはそのゲス野郎を探し出して、ブッ殺したいんだな!?」
「お頭! あっしらでそのゲス野郎をブッ殺してやりましょうや!」
すると宇佐木さんは、前髪を振り乱す勢いで叫んだ。
「違うんです! 私が探したいのは、大嫌いな……いいえ、大嫌いだった男の子のほうなんです!
私……やっと気付いたんです! 本当に私のことを思ってくれている、人のことを……!
その男の子は、内気で友達のいない私に、いつでも話しかけてくれたんたんです!
前の世界にいる時は、ずっと、嫌だなと思ってたけど……。
いなくなって初めて、わかったんです……。
あの男の子に、私は助けられていたんだって!
思えば、大好きだった男の子のことを最初に打ち明けたのも、その男の子でした!
その男の子は、大好きだった男の子のグループに、私が入れるように努力してくれたんです!
そして、そして……。
みんなが食べてくれなかったおはぎも……。
笑顔で「おいしいおいしいって」、ぜんぶ食べてくれたんです……!
私は、バカでした……!
こんなにも自分のことを想ってくれていた男の子のことを、この世界に来るまで、気付かなかっただなんて……!
それに、別れて初めて気付いたんです!
あの人のいない世界なんて、考えられない、って……!
私は、会いたい……!
あの人に、会いたいんです……!
もちろん、また以前みたいに仲良くしてほしいだなんて、言うつもりはありません!
謝りたいんです!
一度でもいい、どんな形でもいい……!
彼に会って、心の底から『ごめんなさい』って言いたい……!」
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
いつも『恥ずかしいから』と言って、目が隠れるまで伸ばしていた前髪を振り乱す。
そこには、俺が『せっかく綺麗な目してるのに』と言った、おおきくて、澄んだ瞳が……。
気持ちがあふれ出してしまったかのように、潤んでいたんだ。
見も心も爆発寸前といった宇佐木さん。
そしてついに、決壊した。
「かっ……カウルくん! ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!」
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