第12話

 そしてたどり着いた先は、この国の……。

 いや、この世界の果てとも言える、絶景だった……!


 広大な部屋はドーム状になっていて、天井には太陽のような放射状のスボマリがある。

 それが呼吸するように蠕動、そして鳴動するたび、竜巻のような強い風が部屋全体におこっていた。


 あれが、『明日穴』……!

 まるで、シューティングゲームのラスボスみたいだ……!


 それだけでもじゅうぶんに驚異的だったのだが、果ての果てにはとんでもない光景が広がっていた。


 なんと、足場に巨大なドリルのようなものが建造されていて、そのそばにいる坑夫たちが、手押し車を回すたびに、



 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 切っ先が唸りをあげ、洞窟の壁に深く埋没していた。


 不吉な音の正体は、あのドリルだったのか……!


 ドリル上にある座席には大男が座っていて、鞭を振りかざしている。



「がっはっはっはっはっ! おらおら、もっと回せ、もっと回せぇ! もっと回して、ドリルに力を蓄えるんだ! もう一発でかいのをカマしてやれば、どでかい大穴が開くんだぜぇ! 街の衛兵のヤツらは、まだ気付いてねぇだろうなぁ! こんな最果ての地で、我ら『オーワンファイブセヴン』が、どえらいことをやろうとしているとは!」



 俺たちがこっそり近づいていくと、大男に気付かれてしまった。



「なんだテメェは!?」



 俺は咄嗟にかわいこぶろうとしたのだが、それよりも早く、



 ……バッ!



 ふたりの少女の手によって、マントのようにひるがえされてしまった。



「自分は、衛兵団のルーコであります!」



「僧侶のチコなのだ! お前が、『オーワンファイブセヴン』のボスなのだっ!?」



「あなたたちの悪事、しかと見届けたであります! いま、多くの衛兵たちがこの洞窟に向かっているであります! 無駄な抵抗はやめて、お縄につくであります!」



 しかし、ボスは慌てる様子が全くない。

 不敵に笑みながら座席の上に立つと、そこから高く飛び上がり、



 ……ズドォォォォォォォォォーーーーーンッ!!



 俺たちの目の前に、着地したっ……!


 近くで見るとかなり巨体だったので、思わず後ずさりするルーコとチコ。



「お、おおきい……! 手下たちの3倍はあるであります!」



「でも……いまさら後には引けないのだっ! 血栓フィブリン!」



 チコの放った魔法の投網は、ボスの半身を絡め取る。


 血栓フィブリンは見た目は細くて頼りないが、がかなり頑丈。

 粘着性が強く、伸縮性もあるので、力で引きちぎることは困難。


 いままで多くの手下たちの動きを封じてきた、俺たちの切り札だ。

 たとえボスであろうとも、いちど絡まったら脱出不可能だろう。


 ……この勝負、もらった……!


 と俺が確信した途端、



 ……ジュゥゥゥゥゥーーーーーーッ!!



 網は、ドロドロに溶けてしまった。


 血栓フィブリンが、効かない……!?



血栓フィブリンはタンパク質でできています。それを溶かしてしまうということは、分解酵素でも分泌しているんでしょうか。あのOー157は、通常のものとは違うタイプの大腸菌のようですね』



「ぐっ……! カウル君を持って、さがっているであります、チコ! 相手はひとりであります! ならば、遅れを取ることはないであります!」



 俺が止める間もなく、抜刀しつつ挑みかかっていくルーコ。

 しかしボスは剣撃を腕で軽く受け止めると、ルーコの腹に強烈ボディブローをお見舞した。


 相手はルーコの3倍以上ある大男なので、そのパンチは巨槌のよう。

 それをまともに食らったルーコは、身体をくの字に曲げて吹っ飛ばされてしまう。



「ぐはあっ!?」



 足場に叩きつけられたルーコに、さらなる追い討ちがかかる。

 倒れたルーコめがけて走り寄ったボスは、サッカーボールでも蹴るかのように脚を振り上げた。



「や……やめるのだっ!」



 チコが割って入ったが、ふたりまとめて蹴飛ばされ、紙クズのように宙を舞う。

 まるで、大人と子供のケンカのようだった。


 そんな大変な時に、俺は何をしていたのかというと……。

 凧のように、空を泳いでいた。


 いや、そんなカッコイイ状態ではなくて、



「あ~れ~!?」



 糸の切れた凧みたいに、グルグルと部屋中を振り回されていた。

 蹴られたときにチコが俺を手放してしまい、ペラペラの俺は完全に蚊帳の外になってしまったのだ。


 ボスは俺には目もくれず、倒れたルーコとチコをげしげしと足蹴にして痛めつけたあと、また高く舞い上がって、ドリルへと戻る。

 ドリルの上にある座席に再び座ると、ロープのようなもので身体を固定した。



「もうすぐ、このドリルで大穴が開く! そうすりゃ、衛兵がどれだけ押し寄せてこようが関係ねぇ! すべては俺たち、『オーワンファイブセヴン』の勝ちだっ! お前たちの国が滅びゆく様を、特等席で見ているがいい!」



 俺は今更ながらに思う。


 洞窟の壁に穴を空けたくらいで、どうやって世界を滅ぼせるんだ……?


 すると、俺といっしょになって律儀に飛んでいた、ルールルが教えてくれた。



『Oー157は、「ベロ毒素」というもので腸壁を傷つけるんです。その毒素が腸壁の奥にある血管まで達すると、腎臓や脳に影響が出ます』



 そ……そうなると、どうなるんだ?



『まず腎臓に影響が出て、貧血や腎不全を起こし、血小板が減少して出血が止まりにくくなります。ここで致死率が50パーセントになります。しかし脳まで達すると、中枢神経への障害が起こり、致死率は100パーセントになります』



 さ……最低でも2分の1の確率で死ぬの!?



『はい。ベロ毒素は、フグの40倍以上といわれる、とても強い毒性を持っていますから』



 オッサンたちがしてるイタズラが、そんな怖ろしいことになるだなんて知らなかった!

 なんで最初のオッサンと会ったときに、教えといてくれなかったんだよ!?



『わたくしは、お教えしようとしましたよ。でもカウルさんが途中で遮ったではないですか』



 そ……そだっけ?

 で、でも今はそんなこと言ってる場合じゃない!


 なんとしても、あのドリルが穴を開けるのを止めないと!



『でも、いいんですか? もうすぐ「明日穴」のほうも開きますよ? そうするとカウルさん、外に排泄されてしまいますけど』



 そ……そうだった!

 そっちの方をすっかり忘れてた!


 室内に吹いている風はかなり強くなっていて、もう台風のまっただ中にいるみたいだった。

 よく見ると、ルーコやチコは飛ばされないように足場にしがみつくだけで精一杯、ボスは座席に身体をしばりつけている。



「さあっ、最後の一撃だっ! 世界に風穴を開けるぜぇ! そして、突撃だぁ! 世界のおわりのはじまりへと! ひゃはははははははははははっ! ひゃーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 すべての終わりを告げるような轟音と、それを祝福するような狂った笑い声が、世界を支配しつつあった。

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