第10話

 人間の思考で考えると、モフモフした毛玉がいきなりふたつに増えたりしたら、異常だと思うだろう。

 しかし彼女たちは細胞だけあって、すんなりと受け入れてくれるどころか、むしろ喜んでくれた。


 そして俺が2つに増えたことで、ルーコとチコは俺の同行を認めざるをえなくなる。

 ただ、2つともついていくわけじゃなくて、ひとつは応援を呼びに行くという風に、役割分担をした。


 俺がふたつに別れて行動できるなんて、何だか妙な感じだが、すごく便利だ。


 ひとりめの俺は、応援を呼ぶだめに、街の衛兵詰所に向かってフワフワと行動開始。

 ふたりめの俺は、ルーコとチコと一緒に、『最果ての洞窟』の探索を開始する。


 『最果ての洞窟』は坑道のようになっていて、作業用の灯りが巨大な通路に沿って、点々と奥へと続いている。

 入り口付近は外の光が差し込んでいて明るかったが、最初の角を曲がるとあっという間に薄暗くなった。


 資材の陰に隠れ、用心しながら進んでいると……。

 ふと目の前に、バリケードのようなものが現れる。


 遠くから様子を伺ってみると、バリケードの前には見覚えのある者たち、どう見ても『オーワンファイブセヴン』の一味であろう、オッサンふたりが立っていた。

 時折、ゴミを積んだリアカーを引いた坑夫が通りすぎるのだが、それを目視でチェックしている。


 オッサンたちは潜伏ステルスのスキルを使っておらず、ルーコやチコも普通に目視できていた。

 街中にいる時のようにコソコソしておらず、ここでは俺たちがルールだ、みたいに堂々としている。


 これらのことを総合して、考えてみると……。

 ここはどうやら本当に、ヤツらのアジトみたいだな。


 ルーコはさっそくヤツらを捕まえようとしたが、俺は引き止めた。



「待て、ルーコ! ここがヤツらのアジトである以上、奥にはどれだけ仲間がいるかわからない! 戦力がわからない以上、迂闊に手を出すのは危険だ! ヤツらを倒すにしても、気付かれずにやる必要がある!」



「不意打ちを仕掛けるということでありますか? 私は不意打ちなどしたことがないのであります!」



「ここは俺に任せて、陰から見ているんだ。危なくなった時だけ助けにきてくれ、いいな?」



 俺はルーコとチコに言い含めてから、ゆっくりと物陰から出る。

 春風に吹かれるようにのんびりと漂い、バリケードまで近づいていく。


 見張りのオッサンたちは俺に気付くなり、イタズラ小僧を叱るように声をかけてきた。



「おいおい坊主、こんな所でなにやってんだ!」「こんな所で遊んでないで、あっちいってろ!」



「ふわぁ、びっくりしたふわ。ふわふわ、ぼくはウイルスふわ」



 精一杯かわいいウイルスを装ってみる。

 一緒についてきていたルールルには、『その喋り方、なんかムカつきますね』と不評だったが、オッサンたちの顔はすぐにほころんだ。



「そうかそうか、お前、ウイルスの坊主か。ウイルスにしちゃ、かわいいなぁ」「脅かして悪かったな、こっちへおいで」



「ふわふわ。おじさんたち、ぼくとあそぶふわ」



 俺はオッサンに甘えるフリをして、身体をこすりつけた。



「あははっ! コイツ、本当にかわいいなぁ! くすぐったいって! ……うぐっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?」



 ……パァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 まず片方のオッサンを、憑依ポゼッションでやっつける。

 残りのオッサンが「なっ……!?」と唖然としているうちに、



血栓フィブリンっ!」



 ……しゅばっ!



 口から吐いた糸で、動きを封じる。

 そこでルーコとチコが物陰から飛び出してきて、動けないオッサンを、ボッコボコに……!


 これで騒ぎになることなく、見張りを倒すことができた。



 名前 なし

 LV 3 ⇒ 4

 HP 30 ⇒ 40

 MP 30 ⇒ 40

 VP 0 ⇒ 10


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  看破インサイト

  増殖レプリカント

  血栓フィブリン

  耐冷レジストコールド

  NEW! 膨張エクスパン



 そして待望の、レベルアップ……!


 ステータス上昇のほかに、『膨張エクスパン』のスキルが増えた。

 これはルールルによると、MPを一定量消費して、しばらくのあいだ数十倍の大きさになれるという。


 これから敵のアジトに本格的に乗り込むにあたって、試しに使ってみることにした。

 どんな効果なのかあらかじめ知っておけば、いざという時に役に立つかもしれないからだ。



膨張エクスパンっ!」



 と叫ぶと、俺の身体は、



 ……ほにょにょにょにょにょにょにょ……!



 と空気を入れて膨らませたみたに、いっきに膨れ上がり……。

 赤ちゃんハムスターだったはずの俺が、いまや巨大風船もかくやという大きさに……!



「うわぁ! とっても大きいのであります!」



「これなら全身で、カウルをモフモフできるのだーっ!」



 ルーコはのけぞるほどに驚き、チコは諸手をあげて俺に突っ込んできた。

 想像では、チコの全身は、もふーっと俺に埋まり込むはずだったのだが……。



 ……すかっ!



 と、マタドールのマントにスカされた闘牛のように、通り抜けていった。

 それで俺も気付く。



「ああっ、よく見たら、カウルは薄っぺらになっているのだ!」



「本当であります! これでは膨らんだというより、引っ張って伸ばされただけであります!」



 確かにいまの俺は厚みがなくて、巨大な包装紙みたいにペラペラだった。

 これでも膨張といえば膨張だけど、まさか二次元的に大きくなるだなんて……。


 しかも、面積が広がったものの重さは変わっていないので、よけい風の影響を受けやすくなったような気がする。

 こうして宙にペラペラと浮いているだけで、洞窟を吹き渡る風に飛ばされそうになってしまう。


 これじゃあ、使い道はほとんどなさそうだなぁ。

 と思って俺は、すぐに赤ちゃんハムスターのサイズに戻る。


 しかしこのスキルの出番は、このあとすぐにやってきた。

 それも、意外すぎる用途で……!


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