第25話 謁見


 Σ


 セシリアは二人の前に立つと、片膝をつき、右手を胸に当てて頭を下げた。

 忠誠を誓うポーズ。


「セシリア。今日はヒュンドル討伐の命に対し、貴様から何やら話があるということだが」


 公爵とエリザベートの横に立っていた、文官らしき男が口を開いた。


「一体、何用だ。よもや、既に彼奴きゃつを討ち取ったか」


 男は良い知らせだと思っているのか、僅かに微笑んでいた。

 セシリアは顔を上げ、「いえ」と短く首を振った。


「なんだ。では何の用だ」

「実は、今日はとある案を進言に参りました」

「とある案?」

「はい。ヒュンドル討伐に対し、計画の変更をお願いしたいのです」

「ほう。変更とな」


 文官はラティス公を見た。

 すると、ラティス公は面倒くさそうに目を細め、


「なんじゃ。申してみよ」


 と、言った。

 はい、とセシリアは頷いた。


「畏れながら。わたくしはラティス様の命を受けてからこれまで、自分自身へ問いかけておりました。自らの強さを測っておりました。そして、確信しました。私では、勝ち目がない、と」


 ラティス公はたっぷりと蓄えた黒ひげを絞り、目を細めた。

 それから「だからなんじゃ」と先を促した。


 ですから、とセシリアは続けた。


「ラティス様が本当に彼奴を滅ぼしたいのであれば、軍隊を投入すべきかと思います。軍には私よりも手練れがおります。きっと、それが最も被害が少ない」

「つまり、おぬしは手を引きたいと申すか」

「申し訳ございません。私の腕では、ヒュンドルには勝てません。私一人では――」


 ただの犬死になりますかと。


 セシリアはそう言って、首を垂れた。


 ラティス公と文官は目を合わせた。

 お互いに目配せをして、短く頷いた。


「話は分かった。吟味するので、家に戻って沙汰を待て」

「申し訳ございません」

「良い。もう下がれ」


 ラティス公は早々に話を打ち切り、顎をしゃくった。


 それは不機嫌というより、配慮のように感じた。

 この地方の王様が、まるで何かに気を使っているような――

 

「ちょっと待ちなさい」


 と、その時である。

 駄々広い玉座に、少女の声が響いた。


「なーに舐めたこと言ってるのよ」


 と、エリザベートは言った。


「領主の命令に背くなんて許されるわけないでしょ。セシリア=ルートヴィヒ。あなたはヒュンドル討伐に選ばれたの。ただの犬死、大いに結構じゃない。国のため、国民のため、我がラティス家のために、立派に散ってきなさい」


 エリザベートはだらしなく足を組み、顔を黒扇子で覆いながら冷たく言い放った。


「しかし」

「しかしも何もないわ。あなたは父のおかげで生かされているのよ。あなたの住んでいるあの家は私たち一族の恩赦で与えられたもの。断ればあなたは罪人よ」


 それでもいいのかしら、とエリザベートは言った。


「構いません」

 セシリアは反論した。

「どのような罰を受けようとも構いません。エリザベート様。私はもう――あなたの思うようには動きません」


 セシリアは立ち上がり、エリザベートを見た。

 目線を強めて、いっそ睨みつけるような視線で。


 なんですってぇ、とエリザベートは色めきだった。


「良くも父の前でそのような戯言が言えたわね。いいわ。それじゃあ、あなたの罰は私が決めてあげる。処刑よ。それも公開処刑がいいわね。ディアノス広場に大きな断頭台を用意しましょう」

「お待ちください、エリザベート様」


 文官が口を挟んだ。


「よもや、本気でそのようなことを仰っているわけではないでしょうな」

「本気に決まってるでしょ。私がどのような人間か、マテオ、あなたもよく知っているでしょう」


 文官――マテオはごくりと息を吞んだ。

 エリザベートはなおも続けた。


「そうね。ちょうどいいから、この際、ルートヴィヒ家は根絶やしにしましょうか。この者の母親も一緒に首を刎ねてやりましょう」

「こ、こら、エリザベート」


 ラティス公は慌てた様子で口を挟んだ。


「そのような真似が出来るはずがあるまい。公開処刑はよほどの罪人でなければならぬ。民衆の全てが賛成するほどの極悪人でなければ」

「あら、そんなことを気にしてたの」


 エリザベートは口元に手を当て、にやり、と嗤い、それから目を細めた。


「罪がないなら捏造(つく)ればいいじゃないの」

「なんじゃと?」

「だってそうでしょ? ルートヴィヒ家は移民の家柄。もともと嫌われているんだから、どんな汚名を着せたって誰も疑いやしないわ。気が違って通り行く無辜の民をなで斬りに臥したとか、国家転覆を企てて父の首を狙ったとか――ああ、もっと民の憎悪を煽るようなもののほうが良いわね」


 ラティス公は口ごもった。

 先ほどまでの威光はなりを潜めて、困ったように眉を下げている。

 どうやら――この親父、娘にはてんで頭が上がらないようだ。


「言っておくけど、私はやると言ったらやるわよ。もう決めたんだから!」


 エリザベートはヒステリックに叫ぶと、周りにいる兵士たちに命じた。


「さあ、あなたたち! この憎っくき反乱分子を捕えなさい!」


 兵士たちはたちまちの内にセシリアを取り囲んだ。


 俺は刹那、どうすべきか迷った。

 このままでは彼女は捕まってしまう。

 しかし、モンスターである俺たちが、いきなり姿を現して彼女を助けるというのも――


 「さっきから聞いてたらなんなのよあんた!」


 そのように考えていた、次の瞬間。

 肩にとまっていたラキラキがおもむろに飛び立ち、いきなり“透明傘”の効果領域テリトリーから飛び出して――


「いい加減にしなさいよ、このブス!」


 思いっきり、そう叫んだのだった。


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