第20話 違和感


 Σ


 朝ご飯を食べ終わると、やることがなくなった。

 ヒュンドル討伐があるなら準備運動するなり道具を確認するなり作戦を練るなりすることもあるが。

 その予定がなくなれば最早することはない。


 そもそも。

 モンスターには仕事も学校もない。

 やるべきことなど一つもないのだ。


「なあ、お前ら、どう思う」


 俺は納屋で同じく暇を持て余しているラキラキとブルータスに、聞いてみた。


「どう、って何がじゃ」


 腹をさすりながら、壁に寄り掛かっていたブルータスが言った。


「セシリアのことだよ。どうして、急に気が変わったのか」

「さあの。面倒くさくなったんじゃないかの」

「面倒くさく?」

「そうだ。ワッシが頼みごとを断るのはそういう時じゃ」

「ばっかねー」


 妖精の姿に戻って、俺の肩に座っているラキラキが言った。


「ほんと、ブルータスは“人間”のことが分かってないわね」

「なんじゃ」

「つまり、セシリアはルルブロに“遠慮”ってのをしてるのよ」

「エンリョ?」

「そ。迷惑をかけちゃいけないな。図々しいことしちゃったらはしたないわ。人間ってのは、すーぐそんな風に思っちゃうわけ」


 ラキラキは顎をつんと上げ、ドヤ顔で説明した。

 ブルータスは「はえー」と間抜けな声を出して感心した。


「ラキラキはほんと、なんでも知っとるの」

「当然でしょ」


 ラキラキは腰に手を当て、嬉しそうに胸を張った。

 こいつは褒められるのが大好きだ。


 ふむ、と俺は唸った。

 確かに、遠慮もあるだろう。

 俺の身を案じたのも本当だろう。


 しかし――もっと他に、セシリアには別の感情があるんじゃないか。

 そんな気がした。


「なーによ、ルルブロ。神妙な顔して。あたしの推理に文句でもあるわけ」


 ラキラキが口を尖らせて言った。


「いや。お前の言うことも当たってると思うよ」

「“も”ってなによ、“も”って」

「まあ、ちょっとな」

「まあいいけどさ。これで、私達の仕事も省けた訳だし」

「まあ、なあ」


 俺は前肢で後頭部を掻いた。


「けど、ちょっとヒュンドルってやつに会ってみたかったな」

「なにそれ。ルルブロ、そいつと戦いたいの?」

「いや。ちょっと話を聞いてみてーっつうか」

「なんで? どうして?」

「いやな、そいつ、なんで人間の世界にいるんだろって思ってさ。人間を襲って食うわけじゃねえなら、わざわざ人間の近くに住む理由もねえだろ?」

「……たしかに」


 ラキラキは神妙に頷いた。


「でも、もうどうでもいいわ。次のダンジョンに向けて出発するんだし」


 だがすぐにパッと表情を変え、そう言って肩を竦めた。


「……そうだな。もう、関係のないことだ」


 俺は言った。

 だが心の中では、どこか釈然としないものが残っていた。


 Σ


 午後になり、イザベラが顔を見せにやって来た。

 セシリアの言う通り、昨晩とは別人のように顔色が良くなっていた。

 とはいえ、まだ病み上がりで足もとも覚束ない様子だった。

 大丈夫なのか、無理するな、と言っても、彼女は嬉しそうに笑い、


「すいません。年甲斐もなく、はしゃいでます。驚くほど調子が良いのです。歩けることが、嬉しいのです」


 そう言って、なかなか座ろうとはしなかった。


 俺はセシリアからヒュンドル討伐を断るという旨を聞いたことを伝えた。

 するとイザベラはそこでようやく椅子に腰掛けると、神妙な顔つきになった。

 

「今朝、話を聞いたときは驚きました。まさか領主様の命令を断るなどと、セシリアがそんな風に考えてるとは思ってませんでしたから。でも、私はあの子の意思を尊重したい。どのような沙汰が下されるのかは分かりませんが――ルルブロさん、あなたを危険な目に会わせるのは、私も心苦しいのです。命の恩人ですから」

「エリザベートの怒りを買うのは、覚悟の上、なんだな」

「はい」


 イザベラは顎を引いた。


「それに、私が元気になれば、薬代も必要ない。これからは私自身も働きに出られますし、恐らく、生きていけるはず」


 イザベラは語った。

 そうか、と俺は頷いた。

 どうやら、不利益を被ることに、恐れはないようだ。


 それにしても――と俺は目線を外した。


 それにしても、この違和感はなんだろうか。

 二人を見ていると、どうにも心がざわついて落ち着かない。

 言葉にはしにくいんだが――


 セシリアもイザベラも、どこかおかしい。


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