第23話 先生! 飲み会ですよ飲み会!

 とある日、明神みょうじん風春かぜはる先輩に誘われて、飲み会を開くことになった。

 参加者は明神先輩とその彼氏さん、私――花園はなぞの美咲みさきと恋人の袖野そでの白雪しらゆきさん。

 同性愛者のカップル同士で一杯やろう、という趣旨らしい。

「――カンパーイ!」

 満員御礼の居酒屋で、四人がけのテーブル席に座った私達はひとまずビールのジョッキを打ち鳴らす。

「明神先輩の彼氏さん、ピアスがよくお似合いですね」

「ありがとー。よくピアス褒められるんだ、なんでかわかんないけど」

 彼氏さんは両耳にピアスを開けていたが、不良というわけではないらしく、黒髪のツンツンした短髪だしスーツを着ている。会社ではピアス外してるのか、それとも会社で認められているのか、問い詰めたい気持ちをなんとか抑える。

「明神先輩にはいつもいつも、たいへんお世話になっております」

「やめてくれよ、花園さん。そういうの言わなくていいから」

「だろ~? コイツ有能だからたくさんお世話されるといいよ」

「おい、お前もう出来上がってんのか?」

 ペコリと頭を下げる私に、慌てて制止する明神先輩に、ビールを飲みながらヘラヘラ笑う彼氏さん、そして明神先輩は彼氏さんを睨みつける。

「風春は会社ではどんな感じ? ゲイってバレてない?」

「編集長は把握してるみたいですけど、周りの女の子は多分気づいてませんね、私含めいっぱいモテてますし」

「へえ……?」

 彼氏さんの目が酔ってるせいなのか据わっている。怖い怖い。

「今夜はお仕置きだなあ、風春……?」

「お前はエロ漫画の読みすぎだ」

 私と白雪さんがしたことある会話の内容に、思わず吹き出しそうになる。

 当の白雪さんは無言で日本酒を飲んでいた。いつの間に注文したんだろう。

「白雪さん、何か食べます? 好きなもの頼んでいいですよ」

「では、唐揚げを」

 私は手を上げて店員を呼び止め、オーダーする。

 ついでにみんな各々で好きな食べ物をチョイスしていた。ちなみに私は焼き鳥の皮とレバー。

「しっかし、袖野白雪さん、だっけ? すっげー美人ですね~。俺がゲイじゃなかったら惚れてたかも」

「すいませんね、コイツ本とか読まないんですよ。だから袖野先生のこともよく知らなくて」

 彼氏さんの脇腹を肘で突きながら、明神先輩は申し訳無さそうに非礼を詫びる。

「ああ、そうなのですね。そちらのほうが気が楽です。皆さん、わたくしが『袖野白雪』だと知った途端に態度が変わりますので」

 白雪さんのファンである私にも耳の痛い話だ。

 それにしても、白雪さんは居酒屋に慣れていないのか人見知りなのか、いつもより口数少なく酒を飲みながら唐揚げをかじっている。

 ……連れてきたの、失敗だったかな? と気が気でない。

「あ、あー。そういや袖野先生って女性同士の恋愛小説書いてましたよね? 風春が夢中で読んでて俺の相手してくれないから俺、すっかり拗ねちゃって~」

「そういう、いらんことは言わなくていい!」

 彼氏さんの言葉に、恥ずかしそうに顔を赤らめる先輩。……先輩、恋人の前だとそういう顔もするんだなあ。

「いやいや、俺が言いたいのはね、女性同士っていう俺たち男でしかもゲイには理解できないテーマの本をそうやって夢中で読ませる袖野先生の技量に感心したっていうか。読み終わったあと風春が優しくしてくれたから結果オーライだし」

「お前なあ……」

 そういえば、その小説の喧嘩シーンに感情移入したって前に話してくれたっけ、明神先輩。

「そう言っていただけると、書いた甲斐があったというものです」

 日本酒を傾けながら、白雪さんは落ち着いた口調で答える。

「袖野先生って結構お酒強いんスね?」

 彼氏さんは日本酒を飲む白雪さんを眺めながら言う。

「いえ、普段缶チューハイで酔っ払う人なんですけど……」

 私も珍しく度数の高いお酒飲んでるな、とは思っていた。

「……ああ、すみません。実は緊張しているので強めのお酒飲んだら少しは和らぐかな、と」

「そういうの良くないッスよ。緊張してるならそう言ってくれればいいのに~。すんません、烏龍茶お願いします」

 彼氏さんはよく気がつくらしく、店員を呼び止めて烏龍茶を頼んでくれた。

「す、すみません! 本来ならパートナーの私が気が付かなきゃいけないのに……!」

 私はペコペコ頭を下げる。

「あー、いいッスよそんなの。俺らみたいなのに会うの初めてなら緊張してもしょうがないですし。それに、実は花園さんも俺に緊張してるでしょ?」

 彼氏さんは歯を見せてニカッと笑う。

「緊張してたら周りのことなんて気づかないし、しょうがないしょうがない。俺も美人二人を目の前にしてキンチョーしてるし?」

「お前……いいこと言ってると思ったら最後で全部台無しだぞ」

 明神先輩が呆れた顔をしていた。

「あらまあ、白雪さんはともかく私まで美人って言われたの初めてかも」

「ん~、美人っていうか、可愛い系? もっと自信持っていいと思うよ」

「あはは、ありがとうございます」

 私と彼氏さんが談笑していると、突然白雪さんが私の腕に抱きついた。

「どうしました? 白雪さん」

「あげませんよ」

 と一言だけ言われて、一同は「?」という顔をする。

「美咲さんは、あげませんよ」

 白雪さんは完全にできあがっているのか、顔を真赤にして目が据わっていた。

「はいはい、私は白雪さんのものですよ。烏龍茶飲みましょうね」

「カーッ、袖野先生も可愛い系だったか~。風春、俺たちもイチャイチャするか」

「しねえよ!」

 彼氏さんは笑いながら自分の額を手のひらでパァンと叩いていた。

 そのあとはお互い緊張の糸も解けたのか、会話が弾んだ。

「実はバレンタインに明神先輩にチョコをあげたことあったんですけどフラれちゃって~」

「ガハハ! お前こんな可愛い子にもったいないことしたな!」

「いや、その頃既にお前と付き合ってただろ」

「あーそっか、そういやそのバレンタインでお前と一緒にもらったチョコ食ってたな?」

「ちょっと、先輩? 私があげたチョコ、彼氏さんと食べたんですか!?」

「い、いや、いっぱいもらってしまったから僕一人では食べ切れなくて……」

「モテる男はツラいよなあ! ちなみに俺も結構チョコもらった」

 とか、

「そういえば同性間で結婚できるかもって法案が国会で出されたよな」

「おいおい、風春ぅ~。こんな酒の席でそんな小難しい話題出すなよぉ~」

「いや、何も難しくないが」

「実はその法案を提出したの、わたくしの父でして」

「えっ、袖野先生のお父さんだったの、あのオッサン!? いや、名字同じだな~とは思ってたけど」

 とか。

 私達は酒を飲み、食べ物をつまみながらしばらく談笑していた。

「いや~、同性カップルとこうして話す機会ってなかなかないから楽しいッスわ。ありがとね、二人とも」

「いえいえ、私達も勉強になりました」

「お互い、幸せに暮らせるといいッスね。さっき話した国会の法案が通ればさ、結婚もできるようになるし」

 彼氏さんは手に持ったビールのジョッキを見つめながら独り言のように言う。

「やっぱ男同士のカップルってどうしても嫌悪感抱く人、いるんスよね。後ろ指さされて、後ろめたい思いして。俺なんて、風春とのことで両親と喧嘩して半ば家出みたいな状態で風春の家に転がり込んでるし」

風間かざま……」

 彼氏さん――風間という名前らしい、やっと名前が判明した――の言葉に、明神先輩は切ない表情を浮かべる。

「あーあ、その点、女の子のカップルはいいよなあ。百合漫画とか、女性でも結構平気で読める人とかいるじゃないッスか。なんでこんなに差がつくんだろうなあ」

 確かに、女の子同士のカップルを描いた作品は、男性同士よりもウケはいい気がする、と私は編集者目線で思う。

 ……そういえば、白雪さんとのこと、まだ両親に話してないんだよなあ。いずれは紹介しないと……。

「風間さん、その……親御さんと和解できるといいですね」

「あー、できるとは思えないッスけどね。他人の価値観なんて簡単には変えられないじゃないッスか。年取ったジジババなら尚更ッスよ」

 ガハハ、と豪快に笑う風間さんを見ながら、私は不安に駆られる。

 もし、私の両親も白雪さんとの関係を認めてくれなかったら――?

 親子の縁を切られてしまったりしないだろうか。

 思わず隣の白雪さんを見ると、お酒でぽやーっとした顔で、こちらを見つめて微笑みながら小首をかしげていた。

 ……可愛い。私の恋人可愛すぎる。

 もう両親にどう思われてもいいや。白雪さんは私が幸せにするんだ。

 私は密かにそんな決意を固めたのであった。


 宴もたけなわだが、そろそろ夜も更けてきたし、お開きにしようかという流れになった。

 みんな仕事もあるし、オールするのもしんどいものがある。

「また飲み会しよーね、花園さん、袖野先生」

「はい、よかったらまた誘ってください」

 親しげにひらひら手をふる風間さんに、ペコリと私は頭を下げる。

 だいぶ飲んでほろ酔い状態になっている風間さんの肩を支えながら、「じゃあまた明日」と明神先輩は歩き去っていった。

「わたくしたちも帰りましょうか、美咲さん」

「はい」

 白雪さんはすっかり酔いもさめたようであった。まあ最初のビールと日本酒を飲み終えたあとはずっと烏龍茶を飲ませたおかげだろう。

「……白雪さん」

「なんですか、美咲さん」

「その、……うちの親に、白雪さんを紹介したいんですけど……」

 私は内心ドキドキしながら白雪さんに申し出た。

 嫌な顔されないだろうか、と顔色をうかがうと、

「――紹介してくださるんですか? 美咲さんの、ご家族に?」

 白雪さんの闇色の瞳が、星空のように輝いていた。それは、白雪さんが嬉しいときにする表情で。

「是非! 是非美咲さんのご家族にお会いしてみたいわ!」

 美咲さんのご家族なら、きっと優しい方々のはずだもの。

 白雪さんは一ミリの疑いも恐れもなく、満面の笑みを浮かべていた。

 ――ああ、やっぱりこの人に恋してよかったなあ。

 私は自分も幸福感に包まれ、そのまま自分の両親に白雪さんを会わせる約束を交わしたのであった。


〈続く〉

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