第28話 「不運メイド少女サナ」

 進行は概ね順調だったように思える。難しいマス目も多かったけど、むしろ高得点獲得のチャンスと捉えた。

 ゴーレムや教員との戦闘とか、魔力量測定とか、魔術クイズとか。日頃きちんと授業を受けていれば、こなせない程の難易度じゃない。


 俺はサナと雑談するくらいの余裕があった。

「そういやサナっていつもメイド服着てるよな。メイドの仕事してるのか?」

「あっ。その……。メイドはしてるんですけどアルバイトです」

「バイトなんだ」

 だとしても普段からメイド服着る必要は無いと思うけど。可愛いから気に入ってるのかな?

「その格好可愛いよな」

「か、可愛いですか!? えへへ……ありがとうございます……。あっ、うちじゃなくて服が可愛いって意味ですよね。分かってます……」

「いやサナも可愛いと思うぞ。自信持っていいんじゃないか?」

 実際、サナは他クラスで人気だ。献身的で謙虚な性格が好感を呼ぶのかもしれない。少々謙虚すぎる部分はあるけど。


「は、はひいいっ! う、うちが可愛い!? 勿体ないお言葉ですぅ……! で、でも! 可愛いだけじゃないんですよこの服! とっても丈夫なメイド服なんです!」

 照れ隠しなのか、サナは大声でメイド服の自慢を始めた。

「うち、仕事でしょっちゅう転んだりぶつかったりするので……ドジだって怒られるんですけど、この服のおかげでボロボロの格好せずに済んでます」

「へぇ……。大変だなサナは」

 サナは不運な出来事に遭いがちだ。自他共に認めるドジだからこそ、丈夫な服が必要だった訳だ。彼女の苦労が思い浮かぶ。なのによく頑張っていて、サナは健気だ。


 さて。双六も半分近く進んだところで鬼門が立ち塞がった。

 6マス先には「スタートへ戻る」の文字。双六で一番行きたくないマス代表だ。ゴールを目指すのなら、このマスだけは避けなければならない。

「まぁでも、今まで小さな数字だけだったし大丈夫だろ」

 俺が引いた出目は1〜4だけ。5と6は一度も無かった。なかなか進めなかった悪運は、ここでは好機に繋がる。


「ひいいいっ! それ、絶対うちが振っちゃ駄目な賽子ですっ!」

 サナは6マス後の文字を見て戦慄していた。俺は冗談交じりに笑って言う。

「ははっ。心配するなよ。6以外ならいいんだろ? ハズレの確率は6分の1。そうそう引かないさ」

 そして俺は光る賽を振った。


 出目は6だった。


 俺とサナは最初の教室に立っていた。今までの奮闘は虚しく無に帰し、ゴールは遠ざかった。

「や、やっぱりいいいいっ! うちのせいですうううっ! ごめんなさあああああい!」

 サナは涙目になって口元をぷるぷる震わせた。平常心を乱すサナを俺は宥める。

「ま、まぁそういう事もあるだろ。気にするな。お前のせいじゃないし……」

「いいえ! 違うんです! うちのせいなんです! うちの不運魔術が発動しちゃったからなんですううううううう!」

 サナはついに泣き崩れた。不運魔術? それって一体……。

「サナ?」

「う、うちの魔術は……『アンラッキールート』。勝手に発動して、うちを不運に……するんです……。うちの周りにいる人も……運が悪くなっちゃって……うちは、疫病神なんですっ! 皆さんに迷惑をかけてばかりの、嫌われ者なんですっ!」

 しゃっくりで途切れ途切れになりながら言った。不運魔術『アンラッキールート』。それがサナの能力なのか。


 自分や周りを勝手に不運にしてしまう力。それで、サナは日頃から転んだり舌を噛んだりしてしまったのか。

 合点がいった。サナがドジっ子な理由も、サナが周りに謝ってばかりの理由も。


 サナは全部自分が悪いと思い込んでいる。『アンラッキールート』で他人を不運にしてしまったと自責の念に駆られている。魔術が自動的に発動したせいなんだから、サナは一切悪くない。なのにサナは優しいから、「魔術のせいだ」と割り切れない。彼女の道徳心が彼女を蝕んでいる。


 俺はサナの素早い土下座を思い出した。彼女があんなにも無駄ない動きで謝罪出来るようになるまで、何度土下座を繰り返したのだろう。


「……謝らなくていい」

 俺は言わずにはいられなかった。

「えっ……?」

「謝らなくていいんだ! お前は何も悪くない! こんなの事故と同じだろ!」

「事故だとしてもうちが原因なんです! 許されるためには必死に謝らないと……」

「許す! そもそも俺は一切怒ってないし、許すも許さないも無い!」

「でもスタートに戻っちゃいました……」

「それがどうした。仮に俺達が負けても、俺は絶対にお前のせいにしない。敗北を人のせいにする奴が頂点に立てる訳ないしな。って言うか勝つ。俺は絶対勝つ! お前の不運魔術とか知った事か」


 サナは何も言わず口を開閉して俺を見上げていた。俺の決意が伝わったかは知らないけど、彼女の涙が止まったからそれで充分だ。

「うち……第一競技で一個も学生証を取れませんでした。それどころか自分の取られちゃったからマイナス200点……。こんなうちが、アレイヤ君の足を引っ張らない訳ないです」

「全部奪い取られたのか?」

「いいえ。途中でうっかり落としちゃって……。誰かに拾われちゃいました」

「だったらお前は悪くないし弱くもない。お前は運が悪かっただけだ。それだけなんだ」

「『だけ』でも! それだけで全部台無しになるんです! アレイヤ君が頑張ってくれてるのに……」

「気にするなよ。俺は『不運』なんかに負けない。世の中幸運が巡ってくる方が珍しいしな。今更だ」

「うちのせいでアレイヤ君まで不幸になったら、うちどうすれば……」

「お前の魔術は『不運魔術』であって『不幸魔術』じゃないんだろ? 不運と不幸は違う。それを今から教えてやるよ」

「そんなの……言葉遊びです」

「人術は言葉遊びと相性がいいんだ。言葉や考えが変われば結果は変わる。それが人術。安心してくれ。俺は気休めは言わない」

 本心からの言葉だった。人術は人の力の過大解釈。解釈次第で力は進化する。思考を変え、言葉を変え、未来を変える。俺がグリミラズから学んだのは、そういう技術だ。


「俺に賽子を振らせてくれ。お前の『不運』なんて俺が上書きしてやる」

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