第26話 「第二競技 魔術双六」

 かくして学生証争奪戦は波乱の幕開けとなった。

 スタートダッシュを切れて自信はあったけど、最終結果は3位だった。1位はあのエムネェス。彼女の『アルコホリック・パーティ』で酒に誘惑や思考停止の効果を付与すれば、襲ってきた生徒達を一網打尽に出来ただろう。


 2位はキョウカだった。『トラップメーカー』もまた、このルールでは猛威を振るう。なんとキョウカは1組の学生証も奪えたらしい。


 俺の知り合いでトップ10に入れたのは、他にはザハドだけだった。後は知らない名前が連なる。殆どが上級生の1組だそうだ。


 そして、次の競技が始まる。


「準備はいいか若者達! ってかアタイもそこそこ若いけどな! 第二競技は毎年恒例、『魔術双六まじゅつすごろく』だああああああああ!!」

 続いての競技の時間を迎え、司会のシャルロットはハイテンション続行だ。

 すごろく? 体育祭なのに、双六で遊ぶのか? 何だか随分インドアな競技になりそうだな。


 俺は子供の頃遊んだ双六を思い出した。サイコロの目で喜んだり嘆いたり、運が絡むからこその盛り上がりがあった。

 そんな俺の想像は、まさしく陳腐だった。ここは魔術学校。俺の常識では語れない。

 第二競技はインドアどころか、全力で体を動かす競技だったと知る。


「まずはパートナーを決める。抽選はこっちで厳正に行うから暫し待て!」

 パートナー? それに抽選って何だ?

 周囲の学生が騒ぎ始める。試合が始まる前からすごい盛り上がりだ。第一競技で既に圧倒的な点差が開いているのに、諦めのムードも慢心の態度も見当たらない。むしろ本番はこれからだと言わんばかりに気合いに満ちた空気だった。


 しばらく経った後、シャルロットは手元の板を見ながら叫んだ。

「オッケー! 抽選が決まった! 今から連れ去ってやるから準備しときな! うっかり防護魔術で抵抗するなよ!」

 シャルロットは人差し指を立てて指揮棒のように振った。するといきなり俺の足元に黒い霧のようなものが漂う。俺だけじゃなく、他の生徒の足元も黒色に染まった。


「これは……!?」

 霧は無数の手のような形に変わり、俺の体を縛った。強い力は感じないのに、何故か体が上手く動かない。抵抗出来ず俺は黒い手に覆われていく。

 何が何やら分からなかった。だけど他の生徒は黒い手に抗わず受け入れている。これは競技の一環? それとも『連れ去る』ってこれの事か?

 地面が溶けるように柔らかくなる。俺は黒い何かに段々と吸い込まれていった。


 この感覚は覚えがあった。グリミラズを追ってこの世界に転移した時と似ていた。体まるごと、空間を飛んで移動する不思議な感覚。


 俺の体が全て吸い込まれた時、意識が朦朧となった。何も見えず何も聞こえなくなって……いつの間にか光に包まれた。朝目が覚めた瞬間のような気分になって、俺は意識をハッキリさせた。


 ここは教室か? 机と椅子が一つだけある教室だ。他に変哲も無い……事も無かった。

 この部屋には出入口が無い。窓もドアも存在せず、電灯の光だけが空間を照らす。部屋としてあり得ない場所だった。

 あの黒い霧みたいなのが転移魔術なら、俺はワープしてこの部屋に来たのだろう。でもどうやって出れるんだ? 閉じ込められてしまったようだが。壁を壊せば出れるだろうか。


「あ。あひぃぃ……シャルロット先生の『アブダクト・ブラックミスト』は毎回変な気分になって慣れないです……」

 教室の床に、サナが倒れていた。いつの間に居たのだろう。彼女もワープしてこの教室に飛ばされたのか。

「サナ? 大丈夫か?」

「は! はひひひぃ! うちのパートナーはアレイヤ君ですか! うちがダメダメだからアレイヤ君にご迷惑を……す、すいませえええええん!」

 サナは俺を見つけるなり涙目になって土下座した。流れるような迅速な所作に俺は一瞬硬直した。

「ど、どうしたサナ! やめろやめろそれ!」

 俺はしゃがんでサナの頭を持ち上げようとした。サナは必死の抵抗で頭を下げ続ける。

「謝らせて下さい! うちなんかがパートナーになっちゃってアレイヤ君は怒ってるはずなんですう! 全部うちのせいなんですううううう!」

「ってか何だその力! 頭下げる力だけ異様に強い! いやお前なんで謝るんだよ! 俺何も怒ってないし!」

 いきなり騒々しい謝罪をされて理解が追いつかなかった。サナは普段から誰かに謝ってばかりの女子だけど、今回は特に脈絡の無い謝罪に思えた。


「よおし! 全員転送し終わったな! 全校生徒分の転移魔術とか疲れるわホント! 疲れすぎてテンション下がるううううううう!」

 ハイテンションで騒ぐシャルロットの声。ここにいない彼女の声がハッキリと聞こえた。今更その程度で驚いたりはしない。

「今てめえらがいる場所がスタート地点だ! パートナーは確認したか? 抽選結果に異議申し立ては認めねえ! 仲良くやれよ? そういう競技だからな!」

 俺のパートナーはサナか。魔術体育祭は個人戦だと聞いていたけど、この競技は例外なのか?


「そっか。よろしくな、サナ」

 二人で戦う競技か。知り合いで、しかも1組の生徒が味方なら心強い。何をする競技かは知らないけど。

「よ、よろしくされる程の人間じゃないです、うちは……。アレイヤ君の足元にも及ばない劣等生……。足を引っ張るだけが得意な役立たず……」

「いや何でそんな卑屈なんだよ!」

 いつも弱気なサナだけど、今は殊更弱気だ。何かあったのだろうか。


「ではルールを説明するぞ。有名な競技だからみんな知ってるかもしれねえが、一応な!」

 シャルロットの解説が始まる。魔術双六はそんなメジャーな競技なのか。異世界から来た俺は知らないけど。

「そこの机に賽子があるだろ? 部屋ごとのイベントを完了したらそれが光る。で、光ってる時に振ったらそれが出目だ。一度出た目は変えらんねえ。観念して運命に従いな」

 えっと……つまりは普通の双六と同じか? 賽子が光るのは普通じゃないけど。でも『部屋ごとのイベント』て何だ。「3マス進む」とか「一回休み」みたいなアレか? マスが書かれた紙はどこだろう。


「スタートからゴールまでの道のりは、地図に書いてある。机の引き出し見てみな? あるだろ? 無かったら言えよ」

 シャルロットに言われ俺は机を確認した。ちゃんと地図はあった。マス目に書かれているのは「戦闘:三つ星級」「15分間賽子が光らない」とか、双六では見慣れない言葉だった。


「普通の双六と違って、順番に賽子は振らねえ。光ったら好きなタイミングで振れ。同じグループが10回振る間に他のグループは1回しか振れねえかもだが、そりゃ実力の差だ。文句言うなよ。で、先にゴール出来た奴から順にボーナス得点をやる。当然早い方が高得点だ。急げ急げ!」

 魔術双六は他のプレイヤーを待たずとも先に進めるらしい。という事は、この競技も一位と最下位の差が激しくなりそうだ。

「制限時間内にゴール出来なかったグループは二人共持ち得点が半減だ。学生証争奪戦で高得点だった奴は特に頑張れよ! せっかくの点数がガッツリ減るかもしれねえからな!」

 そして別の特殊ルールが。ゴール出来なかったら得点半減という、大きなペナルティだ。こんな事言われたら、みんな焦ってゴールを目指すだろう。

 早くイベントをこなして、さっさと賽子を光らせて振る。そういうゲームか。そのイベントとは、多分魔術の力を求められるような試練だ。真っ先に思いつくものとしては、戦闘だな。

 二人で挑む競技なのは、そういう理由か? 例えば、一人だとこなせない試練があるとか。


「でも地味な競技だな。ここでずっと賽子を振るのか」

 俺が言うと、サナは首を横に振った。

「違いますよ。移動します。うちら自身が双六の駒なんですよ」

 俺達が駒? どういう事かと思ったらシャルロットが俺達を焚きつけた。

「ほらほらルール説明は以上だ! マス目ごとの指示はそん時に話す! さっさと賽を振りな!」

 早く賽子を振らないと、遅くなってゴール出来ないかもしれない。焦る訳じゃないけど、ダラダラする気も無いから俺は光る賽子を振った。


 出目は4。それが見えた瞬間、周囲の空間が歪んだ。

 そして教室は消え、代わりに草原が広がった。

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