第三章 〜魔術体育祭、開幕〜

第25話 「魔術体育祭第一競技 学生証争奪戦」

 その日はついにやって来た。

「てめえらああああああああ! この優勝旗が欲しいかああああああああああ!」

 司会役の声が、マイクも使ってないのに会場全体に広がる。火をつけられたみたいに学生達は熱狂の叫びをあげた。

「いい返事だ! 今年もやる気は十分だな!」

 途轍もなく広い校庭に、全校生徒が集まっていた。皆の視線が向かう先、そこは空だった。長い黒髪を揺らす美人教師が、宙に浮いて校庭を見下ろしている。人が空を飛ぶ現象も、魔術学校では驚くべき事でもなかった。


「さぁ始まるぞ魔術体育祭! 司会を務めるのはこのアタイ! 二十三組担任シャルロット・ビーだ! 今日は全身全霊、アツくなって盛り上がるぞおおおおおおおおお!」

 シャルロットは巨大な優勝旗を掲げた。その荘厳さに一同は目を惹かれる。誰しもが求める栄光が、そこにあった。


 魔術体育祭は生徒や先生だけでなく、生徒の保護者やマスコミ、野次馬や暇人、OBやOG、さらには王族や商会のVIPまでもが観戦に来ていた。その注目度は尋常じゃない。

 ペトリーナ達も見に来ると言っていた。張り切って挑むしかない。


「準備はいいか未来ある若者共! てめえらの未来はてめえで掴め! 年に一度の魔術バトル、開催だああああああああっ!」

 シャルロットの宣言で幕は上がった。校庭は歓声に包まれた。


 第一種目は『学生証争奪戦』だ。学生全員に配布されている学生証を奪い合う、シンプルなバトル。

「舞台は魔術学校の敷地内全て。殺しと、敷地外の侵入と、学生証の複製以外の反則は無し。壊れちゃ困る物には五つ星魔術師が防護魔術をかけたから、てめえらは全力で暴れな。制限時間を超えた瞬間、自分の学生証を持っていた奴には10点。他人の学生証持ってたら一つにつき50点と交換するよ! ちなみに自分の学生証を奪われたらマイナス200点だ。気張れよ!」

 シャルロットはルールを説明した。初っ端から激しい戦いになりそうだ。「全力で暴れていい」という許可と、「その気になれば何千何万もの得点を得られる」チャンス。他の生徒と一気に差をつけられる状況に、皆が目を光らせている。


「あと、今年からの特別ルールだが……」

 シャルロットは少し貯めて、ニヤリと笑った。

「1組生徒の学生証を奪えば500点と交換する! 1組は強いからな!」

「な……」

 何だと!? 1組限定のハンデか!?

 それってつまり、自分の学生証を奪われるリスクを負っても1組の学生証を奪った方がリターンがあるって意味じゃないか! そんなルールにしたら全員……。

「500……」

「500点か……」

 1組以外の生徒が、一斉に俺を見た。四つ星に勝利した1組の新人として、俺はある程度有名になっている。この状況において俺は、格好の的だった。


「では位置について……よーい、奪い合ええええええええええ!!」

 シャルロットの威勢の良い号令が合図となり、学生達は一気に動き出した。当然、高得点の俺を狙って。

「新人だ!」

「1組の新入生!」

「アレイヤを狙えーっ!」

 周囲の学生達が俺を取り囲み襲い掛かる。開始直後に四面楚歌。いきなり楽はさせてくれなかった。


「これが魔術体育祭……!」

 何十人もの魔術師との同時戦闘。有名になった対価がこの逆境だ。

 だがそれでいい。この程度で弱音を吐くようならグリミラズには到底及ばない!

「狙われるのはお前らも同じだ!」

 俺は右手で目の前をなぎ払った。授業で習ったように、意識を手に集中する。

 


「『ウィンド・ストロール』!」

 風魔術の基本、『ウィンド・ストロール』。腕から風を巻き起こし周囲を吹き飛ばす技だ。キョウカとの決闘でやったように、目の前の敵を払い除けるイメージを浮かべた。

 風は周囲の学生達を押し除けた。しかし敵の数は多く、初級魔術の威力では全員を吹き飛ばすには至らない。


 風を乗り越え、学生達は俺に接近する。この程度の魔術じゃ駄目だ。もっと強力な一撃を叩き込まないと、飢えた獣のような彼らは倒せない。

「だったら……『ウィンド・スクリーム』!」

 俺は両手を天高く掲げた。辺りに凄まじい台風が発生する。中心にいる俺は台風の目で、風の被害から唯一退いていた。

「うおおっ!?」

「上級魔術!? しまった!」

 学生達は風に抵抗するもし切れず、地面から引き剥がされ宙に浮いた。

 『ウィンド・スクリーム』は上級の風魔術。『ウィンド・ストロール』より魔力消費が激しく難易度も高いが、その分威力は抜群だ。


 ワットムは授業で言っていた。同じ属性の具現化魔術でも種類は豊富で、その階級もピンからキリまである。初級では軽い突風を起こすだけの魔術も、最上位になれば街を滅ぼす大災害に変わる。

 上級魔術を扱える生徒は少ない。戦闘においては初級でも十分な威力が見込めるので、上級を目指す人は少ない。

 だが「存分に暴れていい」このルールでは、初級と上級の差は勝敗を分かつ。


 悲鳴を上げながら天高く飛ばされる学生達。ただ吹き飛ばしただけじゃ意味が無い。魔術を当てた、『その後』が重要だ。

 動体視力強化の《光追眼こうついがん》と、視力強化の《精霊覗せいれいのぞき》を同時に発動する。舞い上がる生徒達のポケットから、学生証が飛び出るのが視認出来た。

 すかさず俺は《しつ》と《てん》で脚力と旋回性能を上げる。目にも留まらぬ速さで、学生の手から離れた学生証を掠め取った。


「なっ……速っ!?」

 学生達は驚く事しか出来ない。その隙に俺は遠くへ逃げた。全員の学生証は奪えなかったけど、十数枚は取れた。上出来だろう。


「なんといきなり動きがあった模様! アレイヤ選手、多勢に無勢を乗り越えて大反撃! 一気に800点獲得で暫定1位だーっ!」

 司会のシャルロットは上空から俺の様子を見つつ、会場に競技状況を訴えた。会場全体を見渡せるシャルロットの飛行魔術と、何故か知らないけど全員に届く彼女の肉声(多分声の魔術?)は、司会役として非常に適していた。


 学校全土の注目が、暫定一位の標的に集まる。いきなり800点もの差を付けられればそりゃ焦るだろう。一層俺が狙われやすくなった訳だが、スタートダッシュとしては最高だった。


 見てるかグリミラズ。お前はこの大舞台に来ているか。来てなくても、お前の《千里耳せんりじ》で聞いているならそれでいい。

 俺はここにいるぞ。逃げも隠れもしない。そしてお前を逃さない。

 俺を殺したいなら来てみろ。もうあの時のように怯えるだけの俺じゃない。仲間の仇を取ってみせる。


 お前の望み通り俺は頂点の座に再び立って、復讐の時を待っているぞ!

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