第24話 「ペトリーナ誘拐事件の黒幕」

 魔術王国ハンドレドが、来たる魔術体育祭に向けて盛り上がりを見せている頃。

 サブヴァータは先日の誘拐事件を経てハンドレド王国を脱出し、クライアントの元へ辿り着いていた。

 そのクライアントとは、何を隠そうザガゼロール王国。魔術を使わずしてハンドレドと戦争を繰り広げた、軍事国家である。


 休戦中とはいえハンドレド王国と敵対しているザガゼロール王国が、サブヴァータに依頼してコルティ家の令嬢を誘拐した。その意味は一つしか無い。

「ただいま戻りましたよ、っと。ザガゼロール国王サマ」

 王の御前とは思えないような軽々しい態度で立つのは、サブヴァータのリーダーを務めるフォクセル。その隣に立つのは彼の最も信頼するパートナー、ラクゥネであった。

 サブヴァータの顔とも呼べる二人が王座の間で国王と謁見している。この光景は、王室の一部の人間以外には見せてはいけない。世界的犯罪者と一国の王が繋がりを持っているなど、世間に知れたら暴動が起こりかねない程の大スキャンダルだ。


「フォクセル貴様……。任務に失敗しておいてよくもまぁ厚い面の皮を見せていられるな」

 静かな怒気を孕ませてフォクセルを睨むのは、ザガゼロール国王。その名はクルドフ。

 クルドフ王は手段を選ばない君主だった。魔術を使えない自分の国が、魔術大国と同等に渡り合うためには何が必要か。それを常に考えていた。

 たとえ悪魔に魂を売ろうと構わない。サブヴァータというテロリストも、クルドフは利用する覚悟でいた。当然、契約は秘密裏に。


 ペトリーナ誘拐事件の黒幕がクルドフ王だと露呈すれば、休戦協定は破られ再び戦争が起こる。兵隊の疲弊も激しく、予算や資源が不足した現在に、戦争を再開させる訳にはいかない。だがハンドレド王国に下手に出たくもない。

 そこで提案されたのは暗殺計画だ。コルティ家の跡取りを暗殺すればハンドレド王国は揺らぐ。サブヴァータが金目当てに誘拐して、その弾みで殺してしまった事にすれば、ザガゼロール王国に疑いは向けられない。

 世界中が憎む巨悪に全ての責任を擦りつけるつもりで、クルドフ王はサブヴァータを雇ったのだ。


 その程度の浅い『知略』くらい、フォクセルも分かっていた。理解した上でクルドフ王と契約したのだ。フォクセルもまた、ザガゼロール王国を利用する気でいたから。


「すまねぇな、おっさん。オレとした事がしくじっちまった」

 フォクセルは王様相手でも慄かない。権力に跪くなど、フォクセルが絶対にしない行為だ。

「魔術師相手なら無敵ではなかったのか? 貴様は」

「そりゃその通りだが、聞いてくれよ。人術使いってのがいてな。知ってるか?」

「言い訳など聞きたくない! 仕事で結果を見せるのがプロであろう! 世界一の悪党とやらが、情けない!」

 クルドフは冷静になりきれず怒号を発した。一国の君主がする発言とは思えない内容だが、本人は気付いていない。

 その『悪党』に頼らざるを得ない王様は情けなくないのか? と内心毒づくフォクセルだが、口にはしない。口論するために帰ってきた訳ではない。


「万が一誘拐事件の黒幕が余だと知れたら、どうしてくれる! この国は終わりだぞ!」

「万が一、ね」

 想像通りの甘い想定に、フォクセルは軽蔑した。『万が一』なんて低い確率ではない。既に一人、誘拐事件の黒幕がフォクセルではないと看破した男がいる。アレイヤだ。

「そりゃ本当にすまねぇと思ってるぜ。オレだって仕事を失敗したくはねぇ。報酬も貰えねぇしな」

 これは本心だった。フォクセルも、まさか暗殺任務をしくじるとは思っていなかった。それだけ自信があったのだ。アレイヤという障害さえいなければフォクセルはペトリーナを殺せていたはずだった。


「だから次は必ず完遂するぜ。オレは同じ相手に二度負けねぇ」

「次が貰えると思っているのか。失敗しておきながら!」

「あぁ、そう。オレはクビか? それならそれでいいぜ。また前みたいに、敵同士って事でよろしくやろうか」

 フォクセルは余裕を維持していた。任務を失敗した立場とは思えない程に。

 それがフォクセルだ。『反省』なら自分一人で存分にやった。具体的なアレイヤ対策も既に練ってある。今更第三者に偉そうに説教される意味など無かった。その事実を、フォクセルは冷静に理解している。

 だがクルドフ王は冷静でいられなかった。暗殺失敗の焦りと、自分に責任が追及される恐怖で思考を壊されていた。


「こ、こ、この無礼者が! 余は王であるぞ! それに貴様の雇い主だ! 任務さえまともに出来ないならず者の貴様とは天と地程に離れておる! 立つ場所が違うのだ!」

「ふーん。で?」

 クルドフの怒りなどフォクセルは微塵も興味が無かった。権力の有無、立場の違い、そんなもので自分の『偉さ』を誇示する人間など、侮蔑の対象でしかない。それがフォクセルだ。

 無礼者で当然。世界一の犯罪者が王への無礼を恥じるものか。

「ぐ、ぐ、ぐぐぐう……貴様」

 クルドフ王は言葉に詰まった。「死刑にしてやる」と豪語したかった。だが、その発言をしてしまえば完全にサブヴァータとは決別する。その損失が想像出来ない程感情的にはなっていなかった。


 本心ではクルドフ王も分かっているのだ。立場が弱いのは自分の方だと。サブヴァータと戦い逮捕する力すら、今のザガゼロール王国には無い。正面切って戦うには脅威でしかないサブヴァータを、懐柔し利益に変える絶好のチャンスが今なのだ。ここでサブヴァータを失えばハンドレド王国に頭を垂れる羽目になる。

 クルドフ王はサブヴァータに縋るしかない。その状況が真実だ。


 だが真実とはいえ素直に認められるかと言えば、また別の話。王としてのプライドが、そして責務が、サブヴァータへ遜る選択肢を奪わせた。


 全てフォクセルには分かっている。国家だろうと権力者だろうと、フォクセルは対等に……否、それ以上の立場で交渉する。『リーダー』としての器は、この時点で歴然の差だった。

「貴様らの代わりに暗殺任務を行える者などこの国にはいないのだぞ! もっと自分の任務の重要性と責任を思い知れ! 金を貰う以上、それが最低限の対価だ!」

 クルドフは自分の葛藤を誤魔化すかのように叫んだ。「サブヴァータ以外に頼れる相手はいない」と弱みを堂々と喋ってしまう失態を、クルドフ王は自覚していない。

「はいはい。怒鳴られなくたって分かってるぜ。あのガキ、次見つけたらぶっ殺す。当然、ペトリーナ・コルティもな」

 態度は軽いが、任務への執念をフォクセルは捨てていない。「次こそは」と強く強く決意していた。

 敗北は許さない。強者に屈するのは、二度と御免だ。


「いいか! やがて次の任務を言い渡す。失敗は許さんぞ!」

 クルドフ王はこれ以上叫んで疲れたくないので、説教を終わりにした。お気に入りの香水を取り出して身体中に振りかける。頭に血が上った時はこの香水で気分を落ち着かせるようにしていた。

「いい年した男が香水かよ」

「ふん。これだから下賎の者は。高貴なる者は服装だけでなく体臭も一流でなければならない。香水に男も女も老いも若いもあるものか」

 クルドフ王にしては一理あると、フォクセルは頷いた。サブヴァータは見た目や匂いなどの第一印象に拘らないが、王となれば別だろう。人の上に立つ仕事は、人に与える印象が重要だ。王族は皆豪勢な格好をし、香水を振り撒き、その威厳を示していた。

 しかしクルドフ王は極端であった。くどくない匂いの高級香水も、馬鹿みたいにかければ強烈な匂いだ。近くにいる人間にも僅かに移るくらいに。


「……程々にしといた方がいいぜ、それ。鼻の効くクソガキに、裏事情まで嗅ぎ付けられるかもしれねぇからな」

「はぁ?」

 フォクセルの忠告は、クルドフ王には通じなかった。どうせ聞く気ないだろと諦めつつ、フォクセルは王座の間を後にする。

 フォクセルに付着した香水の匂いから、アレイヤは黒幕の存在を推測した。本来ならバレないような僅かな痕跡も、人術使いには見抜かれる。

 クルドフ王はまだ、バレていないと高を括っている。現実を知っているのはフォクセルだけだ。


「馬鹿なクライアントを持つと疲れるな」

 無能な権力者にフォクセルは辟易した。それ以上に、人術使いという新たな脅威に戦慄もしていた。

「アレイヤ……とか言ったか。あのガキ。強い奴だったなぁ」

 腹立たしいが、認めるしかない。アレイヤは直近、サブヴァータの最大の敵だ。『魔術師狩り』も狩れない人術使いという脅威。

「どうするつもり? フォクセル。魔術師対策はアレイヤには通用しないわよ」

 ラクゥネは尋ねた。サブヴァータの今後を考えても、アレイヤの存在は無視出来ない。

「決まってんだろ。アレイヤ用の対策を練ればいい。もうあいつを殺す手段は考えてあるんだぜ」

 強敵が相手だろうと、フォクセルは怯まず。今までもそうやって、強大な権力や暴力を討ち倒してきた。


 サブヴァータは『強きもの』の敵だ。どうしようもない流れへの反逆者だ。

 目の前に強敵がいるのなら、今こそ牙を剥いて革命を起こそう。


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