第23話 「もうすぐ魔術体育祭」

「まぁ! もう今年もそんな時期になりましたのね。ふふっ、私が在学中の頃を思い出しますわ」

 コルティ家に帰宅し、俺は魔術体育祭の事をペトリーナに話した。この祭りは毎年魔術学校で行われる、生徒の魔術師としての実力を競い合うイベントだ。国中から観客が訪れる、規模としては国内最大の祭典。当然注目も集まるし、生徒達のやる気も桁違いだ。


「俺も出れるのか? 魔術体育祭」

「えぇ。もちろんですわ。新入生とはいえアレイヤさんも立派な魔術学生。ハンドレド王国中に見せつけてあげましょう! 期待の新人アレイヤ参上! と!」

 ペトリーナは指を天井目がけて掲げた。自分が参加するでもないのに意気揚々と盛り上がっている。それだけのエンターテインメント性が、この大会にはある訳だ。


 これはチャンスだ。有名な大会で結果を残れば、十分に目立つはず。その話題はグリミラズの耳にも届くだろう。奴を誘き出す絶好の機会だ。


「そっか。ワクワクしてきたな。俺も魔術体育祭に出る! そして目指すは優勝だ!」

「その意気ですわアレイヤさん!」

 新たな目標が見つかった。魔術体育祭の優勝旗を持ち帰る。1組の実力を見た後だと、簡単な目標じゃないのは明白だ。だからこそ、俺はやる気を出していた。


「でも、その前に三者面談がありますわね。明日、私もご一緒に学校に行きますわ」

「三者面談? 何だそれ」

「ご存知ありません? 先生と生徒と保護者、三人で先生の進路について話すのです」

 へー、そんな時間が設けられてるのか。人術教室では無かったな。そもそも皆孤児だったから、グリミラズ以外の保護者なんていなかった。

「俺の保護者はペトリーナなのか」

「ご不満でしたか? しかし、異世界人のアレイヤさんの保護者となると他には……」

「いや、ごめん。不満ではないけど、随分若い保護者だなって」

 現在俺の身元保証人になってくれているのはペトリーナだ。親の代わり、に近い存在だろう。でも歳のあまり変わらないペトリーナが保護者なのは、少し変な気分だった。

「ズォリアは忙しいのか?」

「お父様は明日から王室の召集を受けて留守になりますの。サブヴァータの件で会議があるとか」

 そうか。無理もない。神降宮の宮守となると、先日のテロリスト襲撃を無視出来ない立場だろう。サブヴァータの脅威は世界中で騒がれている。多忙なズォリアを学校の用事では呼び出せまい。


「分かった。明日は一緒に登校しようか」

「はい! 楽しみにしてますわ!」

 そんなに楽しみにするものなのだろうか、三者面談は。ウキウキ気分のペトリーナを見てたら、そんなツッコミは野暮に思えた。


「で、なんでお前らまで来てんだ?」

 翌日、三者面談の朝。俺の登校に同行したのはペトリーナだけじゃなかった。イブ、オリオ、ユーリン。孤児院の仲良し三人組も一緒だった。


「アレイヤ兄ちゃんのすっげえとこ、僕も見る! 見たい!」

 オリオは俺にしがみ付いて懇願した。最近オリオは俺に懐き始めている。ペトリーナを救出したヒーローとして慕ってくれているらしい。

「ねぇねぇ、アレイヤ兄ちゃんって四つ星の魔術師に勝ったんでしょ! すっごい!」

 イブも目を輝かせて俺について来る。キョウカとの決闘は、魔術学校以外にも噂として広まっていた。俺はちょっとした話題の人だ。目立つのは嬉しいけど、子供達に憧れの目で見られると恥ずかしさと「期待を裏切れない」という責任感で足が浮きそうな気分だ。


「あたしね、アレイヤ兄ちゃんとなら結婚してあげてもいいよ。えへへ」

 ニカっと笑ってイブは花を一輪差し出した。

「気持ちは嬉しいけどイブはまだ子供だろ。ダメだ」

 って、俺は何真面目に答えてるんだ。この年頃の子供は気軽に結婚だの何だの口にするじゃないか。冗談みたいなもので、それを本気にしてどうする。

「そ、そうですよ! 駄目です! 許しません!」

 ペトリーナはあたふたしつつイブを嗜めた。お前も本気にしてどうする。そんな大声で言わなくてもいいだろ。ちょっとビックリしたぞ。俺が。


「けっ、何鼻の下伸ばしてんねんアレイヤ。伸びたのは鼻の下だけじゃないってオチか? このロリコン!」

 ユーリンは根も葉もない罵倒を繰り出しつつ俺を蹴った。心外極まりない。

「はいはい。みんな騒がしくするなよ。怒られるのはペトリーナだからな」

 ユーリンの言いがかりを軽くいなしつつ、俺は子供達を案内した。これはもう、観念して全員で学校に行くしかない。文句言っても聞くような子達じゃないし。


「天国やー!」

 学校の敷地に入ってすぐ、ユーリンは俺の注意を無視して騒いだ。

「制服姿の若い女がたくさん……しかも、べっぴんさんばっかやんけ! 学校は美少女天国か!」

 学生達とすれ違っての感想がそれか。5歳の女の子とは思えない。と言うか、男子学生の存在は無視ですか?

「アレイヤはこんな華やかな空間で日々を過ごしとったんか。摘み食い放題やん!」

「お前を摘み出してやろうか」

「すまんすまん。許してえや。ワイとした事が、内なる情欲を抑えられへんようになっとった」

 ユーリンはおちゃらけた態度で謝った。絶対抑える気無いなこいつ。


「あらぁ? アレイヤじゃない。大所帯の登校ね。実は子持ちだったの?」

 校門付近の俺達を見つけたのはエムネェスだった。彼女は意外と早起きなのか。

「そんな訳あるか。コルティ家の孤児達だよ」

「あー、あの。ってかアレイヤがなんでコルティ家の御令嬢と一緒に学校来てるのよ。デート? やるじゃない」

「違う違う。俺はコルティ家で居候させて貰ってんだ。で、今日は三者面談だからペトリーナについて来て貰ってる。な?」

 俺はペトリーナの方を見た。彼女は手をしきりに振って「そそそうです! デートだなんてそんな……」と早口で言った。

 ペトリーナが慌ててる? 珍しいな。なんでだろう。

「あのコルティ家に居候? 結構なニュースじゃない、それ。デートじゃないとか言ってるけど、コルティ家の一人娘をいい男が連れ回してたら勘違いされない方が難しいわよ」

「そんな事言われたって……」

 エムネェスは浮いた話ばかりするから、ちょっと話題についていけない。俺とペトリーナはそういう関係じゃないのに。


「そこのネーチャン! 何食ったらそんなデカ乳になんねん!」

 目を離した隙にユーリンがエムネェスの胸を揉みしだいていた。俺が止める間も無く行われた迅速な変態的行動。彼女の無駄なスピードと度肝を抜く言動に俺は背筋が凍った。何だこの幼女!?

「おいやめろユーリン!」

 俺が叱ってもユーリンは意に介さず。エムネェスは戸惑いながらもクスクス笑っていた。

「うふっ。面白い子ね。でもダメじゃないアレイヤ。幼い子に変な事教えちゃ」

「いや俺のせいじゃないよ!?」

 それ見たことか! ユーリンが変な事すると俺のせいにされる! 怒られるのはいつも子供じゃなくて保護者なんだぞ!


「ぐへへへ……。牛みたいな乳しおって誘っとんのか? おん?」

「酔ったおじさんみたいな話し方するのね、あなた」

「失敬な! ワイはピッチピチの5歳児やで!」

「ピッチピチの5歳児は自分の事ピッチピチの5歳児って言わないと思うけど」

「こりゃ一本取られたわ! ワイの負けやな!」

 何の勝負だよ。

 面倒くさい奴と面倒くさい奴との邂逅は、エムネェスの勝利(?)に終わったらしい。


 紆余曲折ありつつも、俺達は面談室へと辿り着いた。6人で行う三者面談……字面からして既におかしいけど、ワットムは全く気にしていない。「おやおや。賑やかですねー」といつも通りに気の抜けた反応をしていた。


 面談が始まってしばらくは、ペトリーナもワットムも俺を褒めてばかりいた。天才だの何だの目の前で言われて正直照れる。だけど、俺自身は俺をそんなに褒められなかった。人術なら自信があるけど、魔術師としては俺はまだ未熟だ。この前ちょっと魔術を扱えた程度だ。

「俺、つい最近魔術を使えるようになった素人ですよ」

 そう俺は言うが、ワットムは首を横に振る。

「基礎を学ぶ前から魔術を使えるなんて、センスがある証拠です。君は十分才能がありますよー」

 ワットムは本気で俺に期待してくれている。そうなると俺も乗せられて頑張る気になるのだから、ワットムは手練れの教師だ。


「アレイヤ君は授業も真面目に受けてくれて、座学の面でも優秀ですよー。魔術基礎理論もすぐに覚えちゃって」

 ワットムは俺の勉強熱心さに感心していた。勉強は嫌いじゃないし、グリミラズの教室にいた頃も一心不乱に続けていた。だから得意分野ではある。魔術の実技ではクラスメイトに及ばなくても、筆記試験ならすぐに追い付けそうな勢いだった。

 魔術とは、人間が持つ『魔力』というエネルギーを腕などを通じて変換し生まれるものだ。電気が熱や音に変わるように、魔力エネルギーも使い方次第で姿を変える。鉄や水などの物体を作り出す『具現化魔術』や、生命の再生力を高める『回復魔術』など、その種類は様々。想像力と才能次第で、魔力はどんな現象にも変化するらしい。


 その話を聞いて、俺は「人術と似てるな」と思った。人術は人間の力を最大限引き出すための技術。想像力を働かせ、人間の才能を過大解釈する事で、どんな現象をも引き起こす……とグリミラズは教えていた。

 魔術も人術も、想像力が生み出す力。だからキョウカとの決闘で、俺が人術を編み出そうとして働かせた想像力は、魔術として開花したのだろう。


「まぁ、すごいですわアレイヤさん。ところで、アレイヤさんはクラスの皆さんと仲良くされてますの?」

「えぇ、それはもう。アレイヤ君は1組の生徒にしては珍しく常識人ですからー。毎日起きる喧嘩騒ぎをいつも収めてくれて。気が付けばクラスの中心人物って感じですー」

 ペトリーナとワットムは話に花を咲かせていた。俺が珍しく常識人って……つまり他は非常識って事か? ワットムの裏表の無いとこは好感持てるけど、他の生徒が聞いてたら結構失礼な発言だな……。

 でも変な奴らばかりなのは俺も否定出来ない。ごめんな。


「良かった。アレイヤさんに居場所が出来て。魔術学校に推薦した甲斐がありましたわ」

 ペトリーナはホッとした表情だった。もしかして、異世界から遭難して身内のいない俺のために、居場所を作らせたくてペトリーナは俺を魔術学校に推薦したのか? だとしたら、ペトリーナの気遣いに後でお礼言っとかないとな。おかげで……少しは寂しさを忘れられたかもしれない。


「それで、今後の教育方針についてなんですがね。ボクとしては授業の難易度を上げてもいいと思っています。アレイヤ君ならついて来れそうですからねー」

「その一環が、魔術体育祭ですか?」

「グッドタイミングでしたー。新入生がのし上がるには厳しい舞台ですが、そのくらいが丁度いいでしょう。アレイヤ君の成長のため、このワットム心を鬼にしますー」

 そう言ってワットムは人差し指を突き立てて頭の上に乗せた。鬼のポーズらしいけど、ワットムの声が陽気すぎて全然怖くない。


「そんなに厳しい大会なんですか? 魔術体育祭って」

 質問したのは俺だった。つい最近この世界に来たばかりの俺には、魔術体育祭の空気が全く分からなかった。てっきり、みんなで騒ぐ楽しいお祭りの雰囲気かと。

「はいー。何せ魔術体育祭での優勝は今後の魔術師人生を大きく左右しますからねー。王様からの勲章も貰えますし、そりゃ皆さん大張り切りです。賞品、賞金、名誉、名声、コネ、全て規格外のものが手に入ります。全員が全力の競い合いですから、勝ち上がるのも大変な訳です」

「それは……楽しくなりそうですね」

 俺の返答にワットムは存分に満足したようだった。ただでさえ陽気な声がさらに高くなる。

「その答えを待ってましたーっ。逆境を楽しめてこその魔術師。恐れる道理はありません。あぁちなみに、魔術体育祭は個人戦です。チームを組む場合もありますけど、それは例外。数千人もの魔術師から、たった一人の優勝者を選ぶ、言ってみれば戦争です」

「じゃあ大丈夫ですね」

 戦争なら前の世界で嫌になる程味わわされた。敵が数千人だろうと、凡人ならざる魔術師だろうと、ルールの上で行われる『戦争』なんて、本当の恐怖とは程遠い。

 仮に恐れるべきだとして。戦いの高揚はきっと、恐怖を塗り潰す。


 御託は余計だ。俺は結局、思う存分暴れて清々しい汗を流したいだけだった。

 そのための最高の舞台が用意されているなら、お言葉に甘えて楽しませてもらうのは悪い事か?


「本番は15日後。準備は万全に整えておいて下さいねー」

 ワットムは挑戦的に言う。これは期待の裏返しでもあるんだろう。教師として生徒の成長を見たい。そのために、過酷な舞台も用意する。

 俺だけじゃない。みんなが試されている。平等に与えられた挑戦権を握りしめ、俺は頷いた。


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