第58話
次の日、礼二は早朝に目を覚ました。魔王城に行くのは明日。今日は最終チェックだ。
掛け布団をはねのけ、顔を洗う。すぐそばで存在感をいかんなく発揮している大鎌を無造作につかんで、礼二は外に出た。
(・・・・・少し離れるか)
さすがに民家を壊すわけにもいかない。村のはずれまで歩き、手ごろな木を見つけた。
「これでいっか」
大鎌を地面に突き刺し、軽く準備運動をする。木を目の前にスーツを展開し、ゆったりと構えを取った。
(まずは、成人男性の場合)
頭の中に、背の高い成人男性をイメージして、木を攻撃し始める。高速で放つ拳に、体近くで急激に伸びるキック。
合気道の体捌きを基本としたそれらの攻撃は、ほぼ一瞬で木を粉砕してしまった。
(次、成人女性)
隣の木に移り、なるべく露出が多く、目のやり場に困るような女性をイメージする。鮮明なイメージとは裏腹に、殺気をはらんだ攻撃は先ほどよりも激しかった。
容赦のない前蹴りが股関節を粉砕し、ひるんだ顎を掌底で抑え込むように打ち上げる。空いた喉に、必殺の手刀。
木を貫通するほどの攻撃が礼二の身体から繰り出された。
「シッーーーーー」
静かに、細く早く呼吸を整える。
(次、幼児体型)
また別の木に指の先で、自分の膝くらいの高さにしるしをつけた。軽く距離を取りる。わざと呼吸から動きをずらし、渾身のキックを打ち込む。
木が悲鳴を上げているかのような軋んだ音を立て、礼二はさらに一歩踏み込んだ。高速の拳打は、肘から先が蛇のようにうなり、しるしに三連撃を加えていた。
(・・・・大鎌もやらなきゃな)
大鎌を地面から引き抜き、ためしに木に打ち込んでみた。刃が触れたと思った瞬間、木が豆腐でも切ったかのように割れた。
(威力は申し分ないんだよなあ)
少し開けた場所に移動し、いつかの鏡を想像しながら鎌を振るっていく。礼二の頭に、他の天使のことはまったくない。ゆえに援護のことも考慮していなかった。
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数時間、そんな風に訓練していると、村のほうが騒がしくなってきた。礼二は大鎌を担いで、村に戻った。
「お、おはようごぜえます」
畑にでも行くのだろうか、鍬を握り締めている村人がチラチラと鎌に目をやりながら言った。
「ああ、おはよう」
「へ、へえ」
ペコペコと頭を下げてくる男の顔には、尊敬よりも恐怖が色濃く出ていた。
(・・・・・やっぱり俺には勇者だとか天使だとかは似合わないな)
※次回更新 6月10日 水曜日 0:00
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