究極の選択
寝不足で痛む頭を抱えながら、食堂にやって来た。既にハーピー達は着席していて、リーリが食器を並べている。
「あ……」
「お、おはようございます……」
その中で、先に座っていたリュカと目が合う。それは一瞬だけで、お互い赤くなって顔をそらした。どうにも気恥ずかしくて、上手く話せる自信がない。
席に座って見てみると、今朝の食卓は鳥づくしだった。鳥の唐揚げ、焼き鳥、鳥のレモン煮、親子丼。朝から食べるには重たいことこの上ないが、リュカの料理を食べない訳にもいかず、フォークとナイフを手に取る。
ハーピー達は皆青い顔をして、お通夜のように静かだ。しかし、そんな彼を置き去りに、
「あ、これいけるやん。リュカちゃん腕上げたなぁ」
アヤさんは一切気にする様子もなく、次々と鶏肉を口に放り込んでいく。彼女の前には、エールのジョッキが二つ、既に空になっていた。
「ちょっとこれ切りづらいわぁ。リューシちゃん、食べさせてくれん?」
「はいはい。ちょっと待って下さい」
串から外した焼き鳥をフォークで刺して、アヤさんの口元へ持っていく。その途中でリュカが卓を叩いて立ち上がった。
「エドガーさま、また浮気ですかっ!?」
「いや、これは別にさぁ……」
実際本当に食べ辛そうにしてるし。リーリも幼いハーピー達の食事の手伝いに忙しそうにしている。
「おや、良い匂いがするな。朝から豪華ではないか」
そして、朝の自主鍛錬から帰ってきた団長が席につく。全裸だった。
「何をしてるんだ貴様は!!」
「ちょっと団長さん!!」
「おぉ、いかんいかん。ついクセでな」
おそらく汗を軽く風呂で流してきたのだろう。美しい髪が少し濡れていた。いや、魔王の屋敷で自由すぎるだろ。何考えてんだ。
「エドガーさまも、いやらしい目を!! ……送っていませんね……」
オレは普通に食事に集中していた。親子丼が美味い。ダシが良いな。ちなみに、これは魔界ではうずめ飯と言うのだそうだ。焼き鳥ははしまき、唐揚げはあご野焼きとそれぞれ呼ぶ。全て島根県の名物料理名である。これはいつか日本全国津々浦々の名物料理を制覇しそうだ。
「とっとと服を着てこい! 子供もいるんだぞ!」
「あはは。すまないすまない」
全く反省の色を見せない団長が、リーリに追い出されている。そして彼女と入れ違いに魔女も食堂に入ってきた。ところどころが透けた扇情的な黒のネグリジェ姿で、むしろこっちの方がドキドキする。
「何これ。朝から重た過ぎない?」
「堪忍なぁ。ちょっとリュカちゃんオコなんよ」
結構頻繁にオコというワードが出てくるな。鳥づくしの食卓に魔女が少し嫌な顔をした。すると、パチンと指を鳴らし、空中にパンとコーヒーを召喚してみせた。あまりの早さに感心する。この人はリーリと違って詠唱とかしないな。
「マミン様。ちょっと頼みがあるんですが……」
今度は新聞のような物を召喚した魔女に話しを持ちかける。宙に浮いた新聞紙が自動的にめくられていく。
「何かしら?」
「魔界アイドルレヴィアの独唱会のチケットが欲しいんですけど、譲ってくれませんか?」
魔女は目だけをこちらに向けてくる。その長い脚を組み見直す。
「別に良いけど、何で?」
その黒い瞳は闇のように底が知れない。適当にはぐらかすつもりだったが、これは誤魔化し切れないな。雰囲気だけでそれを悟る。
「勇者の更生のために必要なんです」
重要な事をカミングアウトすると言う、王城でも似たようなことがあった。しかしここでは、誰一人手を止めることなく食事を進める。
「あ、リュカちゃん、そこのソースとってや」
「はい。どうぞ」
「リーリ姉! これ切れないよ!」
「切れないよ!」
「分かった分かった。少し待て」
いや、気にしなさ過ぎだろ。平和か。
「更生ね。引きこもってるって言う勇者のために、サインが必要なの?」
「そうです」
「ふーん。何か面倒くさい事になってるのね。ねぇ、ティナ・クリスティアさん」
「何だ?」
魔女がコーヒーを飲みながら、服を着て帰ってきた団長に話し掛ける。
「この坊やは、あなた達、人間側なのかしら?」
「いや、違うな。どちらかと言えば魔界側だ」
平然と会話を交わしているが、お互い初対面で敵同士のはずだ。
「グリフォース様がダーリンを我が騎士団に迎え入れようとしていたが、断られてしまった。魔界に婚約者がいるからと言ってな」
リュカがその顔を上げてオレを見た。オレはそちらを見ない。
「そう。でも勇者を外に引っ張り出したい……。見えてこないわね。あなたは何なの? 何を考えているの?」
魔女が新聞紙を畳んだ。オレに質問しているのに、何故かその目はリュカに向けられていた。アヤさん以外の全員の視線がオレに集まる。
「オレは……この世界を救うために、異世界からやってきたんだ。元々この世界の住人じゃないんだよ」
意を決して告白したつもりだったが、はっきり言って、オレのこの言葉をきちんと理解出来ている者はいないように思えた。
「勇者もそうだ。オレとあいつは、この世界を救うために転移してきた存在だ」
「……勇者もって事は、あなた達二人は、人間側から見て、世界を救う存在なのね」
「ああ、だが、勇者に魔王を倒す意思はないし、オレもそうです。オレは、引きこもっちまってる勇者に外に出て欲しいから、それだけのためにサインが必要なんです」
魔女が、自分のこめかみに指を当て、難しい顔で目を瞑る。
「つまり、あなたと勇者は、私達魔族の敵としてこの世界にやってきたけど、今はそうじゃない……」
「はい。オレの今の目的は、勇者にきちんとした生活を送ってもらうことと、この世界の、人と魔の争いを無くすことです」
何とも庶民的な目的と、随分壮大な目標だった。自分でも呆れてしまうくらい極端だ。
「一応、朧気だけど見えてきたわ。とりあえず、あなたが敵じゃないことが分かったことは収穫ね。勇者も同じ考えなことも良いニュースだわ」
「オレの話は以上です。それでも良いと納得してくれたなら、チケットを譲って下さい」
何故か少しだけ、食堂の空気が変化していた。皆静かにナイフとフォークを動かしているが、どこか上の空に見える。
「じゃあ、最後に一つだけ。異世界って何? イメージ出来ないんだけど」
「そうですね。この世界とは別の、平行世界のことです。国がたくさんあるように、世界もたくさんあるんです」
「にわかには信じ難いけど、でも、それならその不思議な右腕についても説明出来そうね。あなたの世界では皆そうなの?」
「いや、これはオレの特別仕様です」
魔女がその唇をペロリと舐めた。瞳には喜びの炎が燃えている。
「フフ、フフフ。楽しくなってきたわね。まさかこんな形で未知のものに遭遇出来るなんて。チケットはあげるわ。レヴィアは必ず私の所に送ってくるんだけど、いつも領民達に譲ってたのよ」
「そうすか!」
よし。これで独唱会に参加出来る。
「それに、私のコネでレヴィアに直接会わせてあげるわ」
「っ! マジすか!」
魔女のこの言葉に反応したのはオレだけではなかった。リュカも団長もハーピー達も、リーリでさえ眉をピクリと上げる。
「ただし、もちろん条件があるわ。あなたのその右腕、鱗か爪を頂戴」
「そ、それだけで良いんですか?」
「本当は骨か筋肉が良いんだけど、くれるの?」
「いえ、爪でお願いします」
すると、魔女はまた指を鳴らした。何もなかったはずのその指に、二枚の紙切れが挟まれている。
「二枚あるわ。好きな誰かと行きなさいな」
「ダーリン! 私と行こう!」
即座に挙手したのは団長だった。
「ず、ずるい!
遅れてリュカも手を挙げる。
「私も行きたい!」
「行きたい!」
「僕らも!」
ハーピー達も羽をバタつかせる。さっきまで黙っていた皆が突然賑やかになる。な、何なんだこれは。
「あらあら、やっぱ人気やなぁ」
「まあ、レヴィアの独唱会だからね」
大人の女性二人は落ち着いているが、それ以外は興奮した様子で主張を繰り返している。
「私も、一度で良いから行ってみたかったんだ!」
「わ、私だって、まだ行ったことないです!」
「リュカは老い先長いんだ。人間の私に譲れ!」
「あなた騎士団長でしょう! 私の方が適役です!」
団長とリュカが激しく口論を始める。ハーピー達も喧嘩をしていた。
「ほ、本当に人気なんだな……」
呆気にとられていると、一人配膳をしていたリーリが、オレの服の裾をこっそり引っ張った。
「わ、私も連れて行って欲しい……」
「……お前、散々忌々しいとか言ってたくせに」
「そ、それとこれとは話が別なのだ。どうだ、私ならあの二人とは違って大して煩わしい思いをせずに一緒に行けるはずだ」
「おい貴様! 何を抜け駆けしている!」
「リーリもずるい!」
気づいた二人がこちらに近づいてくる。椅子に座るオレをリュカと団長、リーリが囲む。
『さぁ、誰と行くんだ!?』
「いや、あの、オレは……」
『誰!?』
整った顔の三人が、必死な目でオレを睨んできていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます