Song.20 心のもや

 練習に次ぐ練習。迫りくる文化祭に向けてそれしかやれることはない。

 悠真と作った曲とNoKとして作った曲の譜面スコアを渡し、並行して練習する。やっていくうちにメンバーの意見を取り入れてアレンジが加わり、瑞樹と俺がコーラスとして加わるまでに変化した。


 演奏するたびに音が体を震わせる。

 でも、何かが足らない。何かが足らなくて、もやもやする。



「うん。上出来ではないでしょうか」



 いつも先生は褒めるばかりだ。毎日の練習最後に見て聞いて貰っては、改善点を教えてくれる。その都度改善した結果、先生的には最高にまで達したらしい。

 客観的に見ればそうなのかもしれない。でも足りない何かを埋めたい。

 そう思いながら、文化祭が明日にまで迫ってきていた。



「いい? 僕たちがトップバッター。だから準備にかける時間は考えなくていい。簡単な自己紹介を大輝がやっている間に、全員がスタンバイする。曲が終わったら、即座に撤収。僕たちが機材の電源を切るけど、撤収時に運ぶのは大輝が前にいた部活の人たちに協力してもらう……わかった?」



 各部長に渡されたスケジュールが書かれた用紙を見ながら悠真がつらつらと説明する。開会式を始める前から機材を搬入し、準備しておく。だから他の生徒より早く登校しなければならない。



「オッケーだぜ! ちゃんとみんなに連絡しておいた! そしたら、やってくれるってよ! 時間も伝えといたぜ」



 親指を立ててキメ顔をする大輝は、ウキウキとした顔で、声までもが弾んでいた。



「あー、うん。よろしく。で、明日の集合時間は機材のセッティングをしなきゃだから、朝の七時半に物理室集合で。機材を運んで準備をしておく。そのあと朝のホームルームが終わったらすぐに体育館袖に集合」



 相変わらず大輝を適当に扱う悠真は、そのまま続けた。

 明日が初めての勝負所。ここで先生たちを納得させなければ、バンフェスになんて出られない。

 自信はあるが、不安もある。

 何かが足らない気がしていること、ここで先生たちを納得させられなければ、バンフェスにすら出られないということ。それが不安材料になっている。自分たちで作り上げた音楽が、みんなを笑顔にすることなんてできるののだろうか。

みんながぽかんとした顔をしていたらどうしようか。



「大丈夫。僕たちなら」



 不安が顔に出てたのかもしれない。

 隣で瑞樹がニッコリと、いつもの笑顔を向ける。その言葉に、優しさに毎回支えられてきた。

 親父を亡くしたときも、入学した高校に軽音部がなかったときも、集まったメンバーが散り散りになったときも。絶望したときにはいつも、傍で支えてくれた。



「そうだな」



 瑞樹が言うのであれば大丈夫。瑞樹がいれば大丈夫。

 一人じゃないのだから、やれる。

 必ず、全員が納得できるような、わかせる音楽をやってやる。

 そう固く決意し、俺たちは文化祭当日を迎えた。




 文化祭当日。七時三十分。

 約束していた時刻、約束していた場所。そこに集まったのは――四人。



「おっせえな……瑞樹のやつ。あいつが連絡もなしに遅れるなんて考えられねえけど……」



 譜面スコアとにらめっこする鋼太郎。スケジュール表を何度も確認する悠真。そしてその二人にちょっかいを出す大輝。物理室には、瑞樹以外のメンバーが集まっていた。

 いくら時間が過ぎても、瑞樹が来る気配がない。何度もメッセージを送ってみたが返事は返ってこなかった。



「もう待てないよ。とりあえず、機材の準備しないと」



 朝のホームルームは八時半から。それまでに部室棟にしまってある機材を体育館へ運ばなければならない。



「そうだな、わかった。瑞樹にも連絡しとく」



 瑞樹は一体何をしてるんだか。遅れるなら連絡してくれればいいのに。

 一言簡単なメッセージを送り、四人で準備を始めた。



 機材を運び始めて三十分ほど。一般生徒が次々と登校し始めた。

 来客受付をするテントや「第72回羽宮祭」と書かれた手作りのアーチが置かれ、にぎやかになった校門からやって来る生徒。その生徒たちが、大きな声で話していたので、嫌でも内容が耳に入って来る。



「やばくない? 車がぴしゃんって」

「朝の事故っしょ? 学校近くだったらしいじゃん。怪我した人がいるとかなんとかって」

「そうそう。んでその人なんだけど……」



 大輝と鋼太郎へ機材の設置について指示を出しながら、その噂に耳を傾けた。



「巻き込まれた人って、うちの学校の一年らしいよ。ほら、例の二年のパシリにされてたっていう可愛い系の……」



 まるで心臓が止まったようだった。

 二年のパシリになっている一年と言えば、瑞樹しか考えられない。他に思い当たる一年の噂など聞いたことがない。だから会話からするに、瑞樹が事故に巻き込まれたということになる。

 車が破損するような事故に。


 車。事故。

 その言葉だけで、親父の事故を思い出させる。

 でも、あくまで噂だ。だから何度も首を振って、嫌な思考を振り払う。



「た、大変です……!」



 朝から騒がしいのは生徒だけだはなかった。

 珍しく白衣を着ていない先生が、息を切らしながら俺たちの元へやってきた。



「あれ、せんせー。おはざーす」

「お、おはようございますっ……ってそれどころじゃないんです! 作間くんが……作間くんが事故に巻き込まれて、病院に運ばれたようですっ!」



 心臓が強く大きな音を立てた。それなのに全身からサッと血の気が引いていくのが自分でもわかる。


 瑞樹が事故に? 病院に?

 それって親父と一緒じゃないか。

 親父は車同士の事故にあって、それで……ってことは、瑞樹も?

 俺はまた大切な人を――……。



「はっはっ……はぁっ……」



 呼吸ができない。

 心臓の音がうるさい。

 胸が苦しい。

 今までどうやって息をしていたのかわからない。体が、頭が酸素を求めているのに、やり方がわからない。

 気持ち悪い脂汗が体からにじみ出てくる。


 体にも力が入らなくなって、膝から崩れ落ちた。

 地面に体をぶつけても、その痛みより息苦しさが辛い。胸を押さえて体を丸くする。

 息を吸っているのに、吸えていない。ちゃんと目を開けているはずなのに、視界がぼやけてくる。

 体を揺さぶる大輝が何度も「キョウちゃん」と呼ぶ声が聞こえる。でも、声を出すことも、その顔を見ることもできない。


 苦しい。


 短く浅い呼吸のまま、瞼を開いていられなくなってきた。

 そしてそのまま俺の意識は暗闇に落ちていった。


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