Track3 リスタート

Song.19 5Stars

「えっと、楽器屋さんがメンテナンスをしてくれているのでその間に連絡事項をお伝えしますね。まず部長が御堂くん、副部長については書いてなかったのですが野崎くんで申請しました。すんなりいくと思ったんですけど、過去に軽音部員が飲酒、喫煙をしていたということがあったので、再び条件を提示されました。それが、文化祭で演奏し、先生たちを納得させてほしいとのことでした」



 放課後の物理室。五人が集まってすぐに、先生は簡潔に述べた。その後ろでは、

 アズミさんが機材のメンテナンスをしている。

 確か先生は職員会議で、軽音楽部設立を申請していたはず。前々から嫌な顔をされて、やっとの思いで条件を満たしたと思っていたのに、まだ認めてくれないなんてどれだけ俺たちのことを嫌っているのか。



「九月中旬に行う文化祭。作間くんは一年生なので知らないかもしれませんが、他の皆さんは文化祭についてよく知っていると思います。その文化祭の開催式で各部活動が簡単な発表を行っています。その短い時間で演奏して、先生たちを納得させてほしいとのことです。例年通りでしたら、持ち時間は二十分。準備から片づけまで含めますから、できるのは二曲ほどでしょうかね」

「ってことは新曲とあともう一曲必要じゃん。頑張って作りなよ、音楽馬鹿さん」


 俺の顔を見て、ニヤリとしながら言う悠真は、俺のことを馬鹿にしていることは間違いなかった。



「そりゃ俺のことかよ。否定はしねえけど。とりあえず……全員の注意を引き付ける曲がやりたいところだよな」



 今の持ち曲は一つ。前に練習していた曲もあるが、出来がいまいち。その曲をやっても、先生たちを納得させることはできないと思う。でも、もう一曲作るとなると完成に間に合うかどうか微妙なところである。悠真の協力があれば、早くに作れるかもしれない。悠真が協力するかと言うと、察しの通りである。



「じゃあじゃあ! NoKやろうぜ! 俺、歌えるように練習してるし!」

「ちょっと、大輝。それ秘密って言ったでしょ。秒で漏らさないでよ」

「わりい、ユーマ! でも見せたくってさ! な、とりあえずバンドやろうぜ!」



 大輝と悠真の間で隠していたことはこれか。少年漫画にあるような秘密の特訓みたいでうらやましい。今までないと思っていた中二病が発症しそうだ。



「確かに、NoKの曲を頭にやって、注目を集めるのは手ですね。一番視聴回数が多い曲なら、認知度も高いと思いますが……」



 瑞樹は言葉を濁す。その続きを聞くため、全員が黙って瑞樹の顔を見た。



「一番人気がある曲……あの曲は特に難易度高いのではないかと……」



 NoKとして最大の技術とセンスを用いて作った曲。NoKの名前が知られるようになったのは、その曲のおかげでもある。最初から最後まで休みなく激しく、常時盛り上がり続けると思う。自分で作りながら、楽しくなってしまい、全パートにおいてどんどん演奏が難しくなってしまった。



「瑞樹は要は……鋼太郎のドラムが心配なんだろ?」



 次は瑞樹から鋼太郎へと視線を移す。突然注目の的となった鋼太郎は、一瞬肩をびくつかせたが、すぐにニヤッと笑う。



「はっ。俺も、初心者のまま……なんていられねえからな」



 鋼太郎は今までと違い、難しいと聞いても臆することなく、自信にあふれていた。大輝たちと同じく、練習をしてきたのだろうか。その自信の根拠が知りたくて、似たような企みを含めた顔で言葉を返す。



「見せてもらおうじゃねえか!」



 ワイワイと話すその裏で、メンテナンスをしていたアズミさんから小さな笑い声が聞こえた。





 メンテナンスを終えたアンプへ、ベースをつなぐ。

 電源を入れ、つまみをまわしてボリュームを調節。指で弦をはじくと、低い音があたりの空気を震わせた。同時に俺の心も震える。


 今日は借り物のベースではない。自分の体に馴染んだ自分のベースだ。真っ黒のボディに溶け込むピックガード。肩から伝わる重みが、しっくりくる。

 瑞樹も同じようで、音を調整し、ジャンと大きな音を鳴らしては口角を上げて楽しそうな顔をしていた。



「ベースはチューニングして準備できたぞ。ギターは?」

「オッケーだよ」


「キーボード!」

「うん。平気」


「ドラム!」

「いけるぞ」


「マイ……」

「俺はいつでもオッケー! 任せとけ!」



 全員のスタンバイが完了した。

 そしてカウントもしないまま、なめらかなキーボードを悠真が鳴らす。

 悠真と二人で作った曲。丁寧で静かな音が流れる。そこへ狂いもなく、ジャストなタイミングで加わるドラム。的確に刻むリズムはとても最近始めたドラム初心者とは言えないほど、技術が上がっている。


 そこへギターとベースが入ることで、最初に与えるバラードのような印象から打って変わり、ロックな曲になる。


 細かい音を作る瑞樹。スロースターターのはずが、最初から乗ってきている。ソロになれば細かく指が動き、大きな音で辺りを切り裂く。


 低いベース音は、ドラムと一緒にリズムを刻む。目立たないようにも思えるが、必要な音。短いが、ベースソロもあり、そこでは主役になる。もちろん、寸分の狂いもない音で曲を支えて盛り上げる。


 そんな中加わるのは、ボーカル。大輝の声だ。

 楽器の音とは喧嘩しない、覇気のある声。かといって、うるさく感じさせるようなものではない。歌詞と相まって自然と曲に溶け込むような声が、演奏しているこっちまで励まされる、そんな気がした。


 ふと、瑞樹と大輝、三人で初めて演奏した時のことを思い出した。有名な曲であったが、うろ覚えの歌詞。声が裏返っては、音が外れることもあった。

 それが今では、全く見られない。ちゃんと音をとれているし、息が続いていた。

 初めて全員で合わせたとは思えないほど、ズレもない曲ができた。



「――ふぅ……」



 曲が終わり、大輝が息を吐いた。額からは汗がにじんでいる。



「さすがですね。正直、私の予想以上でした。オリジナルの曲でありながら、完成度が高い。各々の技術も高いですね。色々あったようですが、相当練習してきたのだと分かります」



 パチパチと小さな拍手をしつつ、先生は感想を述べた。



「あら、だって私が教えたのよ。うまくなってないとおかしいじゃない。ね?」



 いつの間にか先生の隣にいたアズミさんは、不気味なウインクをしてきた。どうやらそれは、誰でもない鋼太郎に向けたものらしい。前に一緒に店へ行ったときは、圧倒されて引きつった顔をしていたくせに、今はもうスンとしている。長い間、アズミさんと関わらなければここまでの領域に達することはないだろう。



「こっちからだよね? ちょっと覗いてみない?」

「うわ……また来た」



 廊下から聞こえた女子の高い声に、いつも取り巻きのように女子にまとわりつかれている悠真が、心底嫌そうな顔を浮かべて本心が言葉として出てしまった。

 防音になっていない物理室から漏れた音を聞いてやってきたらしい女子は、そっと物理室の扉を開けようとした。



「失礼し……きゃあああ」



 扉の近くにいたのはアズミさん。その姿を見た女子は、叫び声を上げながら逃げるように走り去って行った。



「んもう。失礼しちゃうわね! どうなってるのよ、今の高校生は!」



 いかつい体で、ぷりぷり怒る姿に全員が苦笑いした。

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